30. ヘルダム・シン調査報告
古代遺跡〈ヘルダム・シン〉における調査の結果、コアをいくつか飲み込み変質した巨大スライムと中央コア制御層の断裂を発見。
調査隊にて断裂部の修復を試みる。理の循環経路の一部再稼働を確認。
遺跡は研究拠点ではなく、防衛都市として機能していた可能性が高い。
外的脅威を示す壁画を発見し、理の暴走は沈静化傾向にある。
残存機構の自動修復を観測中。以後、長期観測およびデータ転送を継続する。
――――――――――――
「……というわけで、調査報告は以上です」
イリスが最後のページを閉じると、会議室の照明が静かに落ちた。
アーカム・ネリアの中心部にある冒険者ギルドで行われていた報告会がようやく終わり、カイトは深く息をついた。
向かいの席には珍しく外に出てきた教授。
薄暗い明かりの中、眼鏡の奥で赤い瞳が静かに光る。
「ふむ、つまり“観測によって理が安定した”と。……面白い結果ね」
「観測じゃなくて、修復ですよ。見てるだけじゃ止まらなかったですし」
カイトの訂正に、エリカはわずかに唇を緩める。
「そうね。理屈だけでなく、行動でも世界を動かしたわけだ」
マチルダは窓際の後ろの椅子に座りながら、頬杖をつく。
「ま、無事に終わって何よりだな。私もそれなりに暴れられたし。あのスライムがもう一匹いたら遺跡ごと吹き飛ばせたのに」
「笑えない冗談やめてください」
「冗談じゃないさ」
イリスの小言を軽く受け流し、マチルダは楽しげに笑った。
エリカは報告書を叩く。
「データは十分。次は解析に回すわ。……それにしても、防衛都市とは、さすがにそんなに差がある事は考えていなかったわね。
古代の人々は“理を守る”より、“理に守られる”構造を作っていたのかも」
手にしていたトマトジュースを一口飲み、少し沈黙する。
「まぁ古代文明にとっての外的脅威についても考えなきゃだし、今日は終わりね。
まだ何かあるかしら? ないなら解散。
私は帰って寝るわ」
そう言い残して、白衣の背中はあっという間に扉の向こうへ消えた。
「……教授、なんでわざわざギルドでの報告会にしたんだろうな。研究室で待ってれば帰る手間も減るのに」
カイトが苦笑する。
「でも、来ただけでも奇跡ですよ。普段は研究室から連れ出すの、毎回一苦労なんですから」
イリスが肩をすくめた。
「まぁ、あれでエリカなりに“おかえり”と労いの気持ちも込めてるんだろ」
マチルダが笑う。
借りていた会議室をギルドの担当者と片付けて三人も部屋の外に出ると、カウンターに見知った赤い長髪の女性とケットシーの二人組がいる事に気づく。
「シルヴィー! ダルニャータ!」
「ニャ? カイト! 奇遇だニャ!」
「あら、早くも依頼をこなしてきたの?」
どうやら二人は依頼完了報告に来ていたらしい。
「む、そちらの御仁はハートランド女史だニャ? カイトは知り合いだったんだニャ?」
「おや、私を知っているのかい?」
「ニャハハハ、人族最強を知らない冒険者なんていないニャ」
「マチルダ・ハートランドよね? 噂に聞いてたけど、直接話すのは初めてね。ところでどうして三人で?」
「そっちも有名人だよ。シルヴィーとダルニャータ、魔導バイクで大陸横断する腕のいい二等級冒険者だろ?
あぁ、私はこの子達と遺跡探索のパーティーを組んでたんだ」
二人は軽く拳を合わせ、笑った。
ダルニャータが尻尾を揺らしながら言う。
「せっかく顔を合わせたニャ。これも“風と縁”の巡り合わせニャ。晩餐でもどうニャ?」
「いいね、それ。ちょうど腹も減ってたところだ」
マチルダが即答し、イリスが笑った。
「じゃあ、“風巡り亭”にしましょう。あそこのスープ、好きなんです」
「教授は?」
「さっきまでいたけど帰っちゃったよ。たぶんもう寝てる」
全員が顔を見合わせ、同時に頷いた。
夜のアーカム・ネリアは、魔導灯が柔らかく灯り、風に乗って街の笑い声が流れていた。
〈風巡り亭〉の木扉を開けると、温かなスープの香りと音楽が迎えてくれる。
昼とは違い、夜の店内は依頼を終えた冒険者や大学帰りの研究者たちで賑わい、木の梁に吊るされたランタンがゆっくりと揺れていた。
「ニャー、変質した巨大スライムに、コアの修復ニャんて、最初からハードな依頼をこなしたニャ」
「それにしてもコアから溢れる魔力の横流しなんて随分無茶したわね。イリスちゃんもカイトも大きな怪我はない?」
話題は尽きず、笑い声が広がる。
食堂の外では、夜風が吹き抜け、遠くで鐘の音が鳴る。空には穏やかに星が輝いている。
カイトは星空を仰ぎ、ふと息をついた。理も、まだ眠りきってはいない――。
ヘルダム・シンはいまも静かに再生を続けていた。
これにて初めての遺跡探索は終了です^^
この後2〜3話挟んで次の古代遺跡に向かうつもりです
ちょっと準備しますm(_ _)m
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