26. 下層にて理を繋ぐ
どれほど走っただろうか。
息を切らせて扉をくぐった瞬間、背後の音が途絶えた。
広間の中は、奇妙なほど整っていた。
青白い光を放つ魔導ランタンが等間隔に灯り、壁も床も磨き上げられたまま。
上層で見た崩壊や歪みの跡は一切ない。
砂塵も漂わず、まるで時そのものが止まっているかのようだった。
「……ふぅ。何とか撒いたか」
カイトが壁に背を預け、息を整える。
マチルダは涼しい顔のまま髪を払った。
「なに、少し運動しただけだ。スライムの動きも悪くなってきてたし、すぐに戻ることはないだろう」
「その“すぐに戻ることはない”が一番面倒ですけどね」
イリスが呆れたように言う。
魔導板を展開したイリスの指先が、宙をなぞる。
「……地図が使えません。ここ、既存の記録範囲外です」
「つまり、どこにいるかも分からないってことか」
カイトの言葉に、イリスは小さく頷いた。
部屋の中央には金属製の柱が一本立っていた。
そこから微かに魔力が流れ出し、周囲の空間を循環している。
遺跡そのものが、まだ脈動しているように感じられた。
「さて、これからどうする?」
マチルダが剣の柄に腕を預け、軽く顎を上げる。
「このまま上層に戻るのは危険です。スライムが通路を塞いでいる可能性もあります」
「……だとしたら、やはり切り飛ばすしかないな」
「待ってください、もしかして光剣を使う気ですか⁉︎ あんなの使ったら遺跡が崩れますよ!」
「む? ……光剣はだめかい?」
「光剣?」
カイトが聞き返す。マチルダは口元をゆるめ、得意げに答えた。
「ああ、私の代名詞みたいなものさ。簡単に言ってしまえば、光のエネルギーを集めて増幅し、刃状に凝縮する技術でね。
サイズを自由に変えられて、何でも切断できるヒートナイフみたいなものだよ。大きければ余波もそれなりだけど」
マチルダは刃先を指で軽く叩く。金属音が静かな室内に響いた。
「……小さくするとスライムの核に届かなくて、大きくすると遺跡を壊すと」
「そういうことだね。どうするんだい?」
カイトは腕を組み、少し考えるように視線を落とす。
「スライムが動かない前提なら、最小限の大きさの光剣でいける?」
「ふむ、動かないなら。わざわざ大きさも数も必要ないな。
核を切れるサイズで一太刀すればおしまいだ。だが、どうやって動きを止める?」
マチルダは楽しげに笑い、少年の答えを待つように顎を傾けた。
「確認だけど、イリスは風と氷の魔法が得意なんだよね? イリスの力だけでスライムを凍らせることは出来る?」
「残念ですが、私の魔法では止められません。コアを吸収して理が暴走しているので、生半可な魔法じゃ効きませんし、打てたとしても私では魔力が足りません」
「じゃあ、遺跡の魔力を横流ししよう」
カイトの声に、イリスがぱっと顔を上げた。
「横流し、ですか?」
「うん。あの柱――たぶん中央区画の魔力循環路につながってる。
理の流れを少しだけずらして、氷結魔法の出力を底上げできるかもしれない」
「なるほど……遺跡そのものを魔導炉として使うわけですね」
イリスが思案気に頷く。目が少し輝いた。
「それならコアルームに近い場所を探しましょう。中央から溢れる魔力を利用できれば、氷結魔法を増幅できます。
凍らせて固定してから、マチルダさんの一撃で止めを――理論上は可能です。後は実際に横流しする方法ですが……」
「多分、出来る……はず。出たとこ勝負だけど、やってみるしかない」
カイトは笑って言う。恐れよりも興味の方が勝っていた。
「なに、もしダメなら遺跡ごと吹き飛ばせばいい。私がいれば大丈夫だ」
「その発想が一番ダメなんですけど⁉︎」
マチルダの締めに、イリスが即座にツッコみ、カイトが苦笑しながら立ち上がった。
再び息を整え、カイトが通路の奥を見やる。
青白く輝く光が導くように続いていた。
未知の領域――その先に“理”の核心が待っている。
三人は頷き合い、静かに歩き出した。
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