2.墜ちた森で出会う
湿った風が、頬を撫でた。
見上げると、見知らぬ森。
木々の葉は光を反射して淡く輝き、聞き慣れない鳥の鳴き声がこだましている。
「……どこだ、ここ?」
声が震える。
少し冷静になろうとして、深呼吸を繰り返す。
現実逃避するには、あまりにも五感が鮮明だった。
草の匂い、肌にまとわりつく湿気、耳の奥に響く虫の声。
まるで、夢ではないと示すために存在しているようだ。
「日本……じゃないよな?」
見たことありそうな植物と、まったく見覚えのないものが混在している。
太陽の光は木々の隙間からまばらに差し込み、影が揺れ動いていた。
どちらに進めばいいのか、まるで見当がつかない。
考えをまとめようとするが、頭が空回りする。
見知らぬ土地で微かに聞こえる遠吠え。
焦りが波のように押し寄せてきた。
「……よし、とりあえず落ち着け、俺。こういうときは……あれだ、自己紹介だ」
自分に言い聞かせるように、声を出す。
「ココハドコ、ワタシハダレ
ここは見知らぬ森、私は丸山海斗。ええと……生きてます」
現状を確認する。
服装は家を出たときのまま、怪我もなし。
ポケットにはスマートフォン、財布、家の鍵。落としたものはない。
スマホを取り出して確認する。
「……圏外、だよな。…ですよねー」
心を落ち着かせるように、目を閉じゆっくりと深呼吸をする。
小さく息を吐き、あたりを見回す。
コケの生え方から方角を推定しようとするが、うろ覚えの知識が心許ない。
「木の根のコケが北を向く、んだっけ……? いや、そもそもここ、地球なのか?」
独り言が増えていく。
焦りはまだ消えないが、思考が動き出したことで少しだけ冷静さが戻ってくる。
「呼吸も普通。重力もある。酸素も……たぶん平気。音も匂いもリアル。
よし、死んでる線は……今のところ、薄い」
乾いた笑いがこぼれた。
冗談でも言っていないと、現実味が持てない。
――そのときだった。
森の奥から、重い唸り声が聞こえる。
遠く感じていた遠吠えに似ている。
空気が震える。
音ではなく、地面を通して伝わる“何か”の振動。
「……やな予感しかしない」
静寂。
風が止み、鳥の声も消える。
木々の間から、巨大な影が動いた。
それは、獣――。
だが、獣と呼ぶには大きすぎた。
四足の巨体、灰色の鱗に覆われた体。
その眼が、真っ直ぐこちらを捉える。
「……嘘、だろ……?」
喉が動かない。
息をすることすら忘れ、海斗はただ、その生物を凝視していた。
――逃げろ。
脳が叫んだ瞬間、足が勝手に動く。
体が悲鳴を上げるほどの速度で走り出し、木々をかき分ける。
背後から聞こえるのは、地面を抉る重い足音。
逃げても、追いつかれる。そう理解した瞬間、胃の底が冷たくなった。
枝が頬をかすめ、土が跳ねる。
息が切れ、視界が揺れる。
――どうすればいい。武器なんてない。助けを呼ぶ人間もいない。
「……終わった……」
諦めかけ、振り返ったその瞬間、世界が静止した。
灰色の巨体が跳びかかる。
顎の中に覗く牙。鉄をも砕くであろうその一撃が――。
「……誰か、助け――!」
叫びかけた声が、風にかき消された。
そして――
閃光、轟音。
世界が震え、爆風が背中を押した。
視界の端で、銀の閃光。
巨体が横に吹き飛び、樹木をなぎ倒して転がる。
「……え?」
理解が追いつかないまま、呆然と立ち尽くす。
木々の間から、軽い足音が近づいてきた。
「ふむ、運が良いニャ。あんなものに襲われて、まだ生きてるとは」
声の主を見た瞬間、海斗の思考が止まった。
そこにいたのは、赤いマントをまとった――二足歩行の猫だった。
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