09 利己的な王女はまだそれに気付かない
私は、マリーシャ。この国唯一の王女。
美しい金髪とルビーのような赤い目が自慢。もちろん見た目も、誰にも負けない。子どもの頃から天使のようだと讃えられてきたわ。
そんな私の周りには王配……私の伴侶を狙う令息がいっぱい纏わり付いてきていたけど、その中でもルベルク公爵家のランドルは、私と並んでも遜色ないくらい美しかった。
だから王であるお父様に言って、婚約をお願いしてもらったの。
ランドルも私の事を好きだと言ったから楽しみにしていたのに、ランドルのお父様とお母様が事故で亡くなってしまう。そのせいで婚約の発表を遅らせる事になったのだけど、ランドルと彼のお兄様の後見人になった叔父というのが貴族派と懇意になったから、私とランドルの婚約が無くなってしまった。
あの美しいお気に入りが、私以外の女の横に立つなんて嫌に決まっている。
だからまたお父様にお願いして、ランドルのお兄様が成人したらまた王族派に戻れるようにしてもらった。お父様もお兄様も望んでいたし、ランドルも当然私と婚約できる日を待つと約束してくれた。
だけど、いつになるかも分からないランドルを待つ間、王女である私に婚約者もいないのは体裁が悪いからと、婚約者を仮置きする事になった。
美しい私に似合う男を希望したのに父が選んだのは、黒髪に濃灰色の目でぱっとしない容姿のアーヴィン・エイジアだった。
もちろん文句を言ったけど、私に似合う男だとランドルが嫉妬して不安になるかもしれないからとお父様に言われて、私のものなんだから関係ないのにと思いながら、ランドルを焦らすのも悪くないのではと思い、頷いた。
だけど、失敗だったわ。
あの男は地味な上に愚鈍で気が利かない。私が嫌うもの全てが詰め込まれた者だった。
それでも私に媚びるなら、侍らせてる男たちの末端にでも置いてやったのに。あの男は媚びるどころか、私に一切見向きもしなかった。
笑顔も見せない。口も開かない。贈り物も誕生日にしか用意しない、しかも中を見るまでもなく質素な物。
まるで仕方なく私の婚約者になったとでもいうような態度。
……こんな屈辱ってあるかしら。
格下どころか底辺が何様のつもりなの。
ただまあ、あの男は愚かだから「王女の婚約者」という立場になって、自分が偉くなったのだと勘違いしたのだろう。
なら、罰を与えなければならない。
王配教育の様子を見て愚鈍だと叱り、私と話題が合わないのを不勉強だと叱り、鞭を打つ。
私の方が格上なのだし、仮置きとはいえあの男は私の婚約者なのだから。「役立たず」だろうとちゃんとしてもらうための、必要な躾だ。
実際あの男は周囲に助けを求めた事は一度も無かった。本人も何か思うところがあったのだと思っていたけど、私が軽んじるから使用人まで軽んじて、あの男が孤立していただけなのを私は知らなかった。
知っていても、仮置きの男なんて、私には関係無い事だけど。
愚かなだけならともかく、地味なのも減点。
仕方なく夜会でエスコートさせてやっていたのだけど、毎回貴族派の女に「可哀想に」と嗤われる。しかもあの女どもはランドルに手を出して挑発してくるから、うざいったらない。
ダンスも楽しくなくてあの男の足を何度も踏んでやった。最初の頃は痛がって面白かったのに、段々と反応しなくなった。面白くない。
ダンスが終わったあとは放置して、私を慕う男たちと話していても、あの男は無反応だった。
まるで私がどうでもいいとでも言いように。
だから何度も躾するのに、あの男は「私の婚約者」という立場を理解しない。
本当なら私の仕事だってあの男がやる事なのに、立場も理解できないほどの馬鹿だから任せられなくて、仕方なく私がやっていたの。
馬鹿でも補佐くらいならできるだろうと任せても、ミスが多い。だから毎日叱っていたのだけど、一向に改善しない。その事で更にストレスが溜まっていった。
でも私は気付いた。言った事も忘れるような愚鈍な男は何を言っても気にしないだろう、と。
だから私はあの男をストレスの捌け口にした。そもそもストレスの原因なのだから、自業自得というやつだ。私は悪くない。
あの男が婚約者に仮置きされて十五年。
やっとランドルが私の手元に戻ってきた。
ランドルは見た目だけじゃなく、学生時代も上位を維持するほど優秀だから、あの男でも完了させた王配教育もすぐに終わらせて、私の代わりに仕事もしてくれると思うと嬉しかった。
あの男はランドルに手を出していた貴族派の女にやろうと思ったのに「辺境の枯れ葉」が欲しがったから、そっちにやった。
男たちがあの枯れ葉女に母性を感じるだの甘やかされたいだの言って、更に「王女と人気を二分する令嬢」とかほざいていた事があった。
その時の、私の美貌に足元にも及ばない格下の娼婦紛いの女と並ばされた屈辱を、私は忘れていない。
あの女にはあの程度の男がお似合いよ。
なのにあの男、枯れ葉女に向けて、初めて微笑んだ。
黙っていると地味な顔のくせに、笑うと、ランドルや周りにいる男にはない可愛らしさがある。
初対面の時みたいな汚い愛想笑いじゃなく、あの笑顔なら、私にも向けていたらちょっとは大事にしてやったし、なんだったらランドルの次にしてやっても良かったのに……。
……いや、まだ遅くはない。
私はその日の夜、あの男の……アーヴィンの部屋を訪ねた。既成事実を作るために。実際にしなくても、裸で一緒に寝てるのを誰かに見られるだけでいい。
ランドルと婚約はしたけど、もう一人王配がいても良いだろう。予備というやつよ。
私の部屋でも良いけど、アーヴィンが私を招いたのだという事にすれば、あの枯れ葉女を傷つけられるし、諦めて私にアーヴィンを返すと思った。
なのに、アーヴィンは部屋にいなかった。
アーヴィンに付いていた使用人は知らないと首を横に振るだけ。この役立たず!
怒りのままに部屋で暴れた事で多少気が済んだから、その晩は部屋に戻り、一番上手い従者を呼びつけて、明け方まで行為に耽った。もちろん避妊はしているから心配は無い。
次の日にランドルに会った頃にはすっかりアーヴィンの事は忘れて、お父様に枯れ葉女の正式な婚約者になったと聞かされても「あっそ」程度の男になった。
冷静になって考えたら、ちょっと笑ったら可愛いだけで愚鈍で使えないのは変わらないんだから、だったらランドルの方が良いに決まっているわ。
危うく私の体をタダで触らせるところだった。
なのに、どうして……。
カランド辺境伯領だけで「幻の布」と呼ばれていたヴェディン布の交易がされて、それがアーヴィンの功績だと聞かされた時は、信じられなかった。
調べさせると、アーヴィンは私ですら使えない周辺国の言語をいくつも使えて、カランドの外交を担当して交易の場で活躍し、新たな商品を次々と領内に入れているという。
しかもカランド領は王都に商品を卸さないという契約をしているから、ヴェディン布も異国の珍しい品も、王都には何一つ流れてこない。
お父様にお願いしたけど、無理だとカランドに断られた。
あの陰湿な枯れ葉女の嫌がらせに決まってる!
それに、アーヴィン!
私の手元にいた時は役立たずだったくせに!
しかも秋の大夜会に現れたアーヴィンは、痩せこけて気持ち悪かった容姿が、少し肥えて男らしい体つきになり、表情も柔らかくなっていた。
令嬢たちが隣にいる婚約者や夫を忘れて見入っている、優しい目も、甘い微笑みも、枯れ葉女にだけ向けている。
私の隣にいた時の、地味で、愛想のない、嗤われていた不出来な男はもういない。
否、あの男は、私の隣にしかいなかった。
きっとわざと地味で愚鈍なふりをして、あの容姿と能力を隠していたのだろう。
アーヴィンのくせに小賢しい真似をして!
あの男はずっと私を軽んじていたんだわ!
絶対に許さない! だけど、ランドルに問題がある今、あの能力は惜しい。欲しい。
考えて、私はアーヴィンを手元に戻す方法を思い付き、お父様にお願いした。お父様もアーヴィンの能力が惜しかったようで協力すると言ってくれた。
ランドルに意見は言わせなかった。
代わりに枯れ葉女の元にやると言ったら随分喜んでいたし、その程度で別に良いだろう。
慰謝料と言われても、そんなのランドルに騙された私が欲しいくらいなのだから。