07 辺境の寵花は仮置き令息を愛している
「アーヴィン様は誤解されています!」
私は、悲しくなった。
カランドに来てからアーヴィン様は目に見えて生き生きと過ごすようになったと思っていたから。
お好きだという読書をして、私と父の仕事を手伝って、港で外国の使者とも楽しそうに話されていた。
城にいた頃にはさせてもらえなかった事ばかりだと言って、嬉しそうにされていた。
なのに、そこにアーヴィン様の心が無かったかのような言葉だった。
マリーシャ様はアーヴィン様を軽んじて「役立たず」だと言っていたけれど、実際のアーヴィン様は王配教育を全て終えた方なのだから、今やその辺りの令息より優れている。
「役立たず」だと言われるようになったミスの多さだって、マリーシャ様と側近の方達がアーヴィン様を毎日長時間酷使したせいだと知っている。アーヴィン様はそれが当たり前になってしまったから気付いていなかったけれど、そんな状態で頭がまともに動くはずがない。
実務の時間を決めて休憩もちゃんとさせたら、アーヴィン様はミスをするどころか些細な事に気付いて直したり、提案したりしてくれる。
更に周辺国の言語も操り、各国の歴史や風土に詳しい。ヴェディン布が「求婚」に使われている事は知らなかったけど、贈り物として使われている事は知っていたそうだ。
アーヴィン様に劣ったところなど無い。
これまでの功績は、全てアーヴィン様の能力とお人柄で得た信頼からのものだ。
なのに……。
「どんなに知識があったって、使えなければ意味がありません! アーヴィン様が正しく使われたからこそ、今までの結果があるのです! 私や父が気付けなかった事もアーヴィン様だったから! ヴェディン布だって、アーヴィン様が担当者の方と出会っていなければ! それにアーヴィン様が知っていたから叶った事で……私や父にはできなかった事です! それにアーヴィン様は、ヴェディン布が「求婚」の意で贈るからってだけで、婚約者だからってだけで、私に贈って下さったのですか?!」
伝えたい事はあるのに、滅茶苦茶だった。
私はその場で泣き崩れる。
……泣くつもりはなかった。アーヴィン様を困らせるから。
だけどアーヴィン様は、黙ったまま部屋から出ていってしまった。
……好きなのに。
あの人が好きなだけなのに。
私に心が無くたって、アーヴィン様がここで自由になって心が癒されたら、それで良いと思っていたのに。
笑顔を向けて下さる事が増えて、私は浮かれて気付かなかった。
いまだに名前も呼んでもらえていない事に。
あの人の心は、まだ、どこにもいられないくらい、傷が癒えていなかった事に……。
どれくらい時間が経ったか。
侍女の気遣いも分からないほど弱って床に座ったまま泣いていた私の前に、アーヴィン様が戻ってきた。
「泣かせてしまって、申し訳ありません……」
そして、跪いて私に差し出したのは……。
「……私はずっと誰からも必要とされませんでした。私の言動はほとんど無視されるか、嗤われるかで、……殿下には怒られて打たれていましたが。だから価値の無いものだと思っていました。貴方の補佐も、交易の手伝いも、私はカランドへの恩返しと……可能ならここに居させてもらえればという思いからでした。「役立たず」でなければ、私が愛想を尽かされても、知識を利用するために置いて下さるかと……」
アーヴィン様はあの城で、そうして生きてきたのだろう。
そうしなければ、生きられなかったのだろう……。
「あなたが私を婚約者にと選んだのも、ハンカチを貸した恩があったからだと思っていたんです。それでもあなたは、私の言葉を聞いてくださった」
そう。
アーヴィン様はいつも嬉しそうに私とお話して下さる。
私もそれが嬉しくて、時間を忘れてしまいそうになる。
「それが嬉しかったんです。例え愛想を尽かされても、貴方の側にいたいと思うほど。だから私はヴェディン布を贈りました。あれだけは打算じゃありません。………リュシア様、私はきっとまだまだ足りないものだらけです。そのせいで、今のように貴方を泣かせてしまう事があるかもしれない。……それでも、側にいたいと思う私を、婿にして下さいますか?」
ああ、本当に。足りないものだらけだ。
きっとまだこの人は自分の価値を正しく理解していない。
恩じゃなく、好きだから選んだのだと言っても、きっとまだ理解しない。
だけど。
当然私は、差し出されていた、私の好きな花をヴェディン布の端切れでまとめた小さな花束を受け取る。
女性の好きな花を贈るのは、この国での「求婚」の一つだった。受けとると女性も男性を愛しているという返事になる。
アーヴィン様も知っていたらしく、少し顔を赤くして驚かれた。
「大丈夫です、アーヴィン様の足りないものは、これから私が分からせていきますからね」
「お手柔らかにお願いします……リュシア様」
その後、私を泣かせたという事がばれてアーヴィン様はお父様にも同じく叱られていたが、心なしか二人ともどこか嬉しそうに見えた。
どうやらアーヴィン様はお父様に叱られて「人として見てもらえて嬉しい」と思ったらしく、根深いな、と改めて感じてしまった。
お父様の方は「人間味が出てきて良かった」と言いながら、私をもらっていく男にちょっとやり返したかったらしい。
そういうものなのかと私には理解できなかったが、この日以降アーヴィン様とお父様の距離が縮まったので良いと思う事にした。