04 現辺境伯の親心と娘婿の対する心境
私は、現カランド辺境伯。リュシア・カランドの父。
娘はカランドの血筋で唯一の女児であり、目に入れても痛くない可愛い可愛い存在だ。更に嫡子だから遠くに嫁に行く事も無い。
……どこぞの馬の骨とも知らぬ男にやると思うと腹立たしいが。
辺境伯の血筋唯一の女児で、更に嫡子という立場上、幼い頃から令息に囲まれる事が多いのは私も分かってたが、まさか……自分の娘が……特殊な性癖の対象に見られているとは思わなかった。
娘より年上の男が、娘に幼子のように扱われたいだの、おぞましい。
年頃の娘のようにどこの令息が素敵だの、どこの舞台俳優が素敵だのという話が一切出てこないと妻と不思議がっていたが、男が恐ろしかったという。それはそうだ。
しかも、もしリュシアが打ち明けていなければ、知らずに変態を宛がってしまっていたかと思うと、私まで恐ろしくなる。
かといって、リュシアが選んだアーヴィン・エイジア伯爵令息が最良だと、その時の私は思えなかった。
エイジア伯爵令息は王女マリーシャの仮置きの婚約者に選ばれた青年で、容姿も中身も平凡だと聞いていた。
リュシアは少しぼんやりとしたところがあるが、それでも将来は辺境伯を継ぐ娘。知識もマナーも完璧に仕込んでいる。その娘を支えるのに足りるのか……。
それが杞憂だったと分かったのは、エイジア伯爵令息をゲストハウスに連れ帰り、ディナーを共にした時だった。
所作が完璧だったのだ。
半年遅れとはいえ、彼は王配教育を全て終えた令息だ。マナーも知識も水準以上である事は間違いなかった。
更によく話を聞けば、外国語が苦手だというマリーシャ殿下の代わりに周辺国の言語を全て覚えたと言う。試しに交易で接する機会の多い隣国の言語で話してみたが、少々発音が怪しかった程度で会話するのに問題は無かった。
「言語は特に、原書で読みたい本が多かったので、力を入れて学びました」
「本が好きなのか。亡くなった父が乱読家でね、作った離れが図書館のようになっているんだ。色んな本があるから、あちらに帰ったら覗いてみなさい。気に入ったら離れを君の好きに使って良い」
「楽しみです、ありがとうございます」
城でも感じたが、エイジア伯爵令息の言動は誠実だ。娘が忌み嫌った不埒な輩とは違うように感じた。
今も娘と視線を合わせて穏やかに会話をしているが、彼の目に娘へ向ける欲情らしいものはない。噂で聞いていたのとは真逆の、好印象の青年だ。
笑顔はぎこちないが、どこかむくむくとした犬を思い出してしまい、撫で回したい衝動に駆られる。
さすがに二十五の青年に対して突然触れはしないが。
少し話しただけで私は彼が気に入ってしまった。
……だが、男親の意地なのか、どうしても粗探ししてしまうのは、許して欲しい、娘よ……。
次の日。エイジア伯爵令息が城で過ごした私室の整理を自分でしたいと言ったので、私と護衛が同行する事にした。その間にリュシアにはドレスや普段着を新調させるのに侍女と出掛けてもらった。
私の方にも護衛をつけたのは、リュシアが「もしかしたらマリーシャ殿下がアーヴィン様を取り戻しに動くかもしれないから、守って欲しい」と言ったからだ。
長く望んでいたルベルク公爵令息と婚約したのに何故、と思ったが、マリーシャ殿下が無人のエイジア伯爵令息の私室に昨夜訪れたと聞いて、娘が懸念する何らかの意図を私も感じざるを得なかった。
しかしエイジア伯爵令息はマリーシャ殿下の行動を不思議に思いながらも、彼女に関心は無いようだった。
そもそもエイジア伯爵令息はその与えられた部屋ではなく、別の場所、今は利用する者のいない施設で過ごし、その事を誰にも話していなかった。理由を訊けば「自分を訪ねて来る人も、気にする人もいなかったので」とあっさりとした口調で答えた。
従者は早い段階でいなくなり、身支度や掃除は全て自分でやっていたという。食事も調理場に自分で貰いに行っていたため、本当に誰も彼が城内に与えられた部屋をほとんど使っていなかった事を知らないらしい。
現に片付けの最中に使用人の誰かが手伝いに来る気配は無かったし、去る時も、王以外に礼を言いたいとも言わなかった。
しかもエイジア伯爵令息は知らなかったようだが、彼が与えられた部屋は、仮置きとはいえマリーシャ殿下の婚約者であったのに一番格の低いもので、マリーシャ殿下の部屋から一番遠く離れた場所だった。
……そこまで冷遇して、蔑ろにしておきながら、何故今更……。
マリーシャ殿下の元にルベルク公爵令息が訪れていると聞いたため、今は行動を起こさないだろうと見て護衛にエイジア伯爵令息を任せ、私は一人で陛下と謁見する。
エイジア伯爵令息を連れていって、余計な言葉を聞かせたくないと思ったからだ。
「マリーシャの影と護衛をそのまま付けておけと?」
「はい。昨夜殿下がエイジア伯爵令息が使われていた部屋を訪れたと聞きました」
「それがどうした。仮初めとはいえ、婚約者だったのだから情も少しはあったという事だろう」
マリーシャ殿下の夜這いを認めているかのような王の言葉に、内心驚いてしまった。
つい昨日、同じ口でリュシアとの婚約を命じたというのに。
「……いえ。今までそういった事もなく、エイジア伯爵令息も夜に呼ばれた事は一度も無かったと言っておりました。それらの証明は殿下の影がするでしょう。……彼は現在は娘の婚約者となりました。不要な軋轢は避けたいと考えております」
「……あのような凡庸な者に何を見出だしたか知らんが、大方自分のものが人の手に渡って僅かでも良く見えたのだろう。……だが、こちらもカランドを敵に回したくはない。影と護衛の件は分かった。そちらでも対応してくれ」
……ここの奴等が悉く人を見る目が無い事が分かった。
かくいう私も最初は噂だけを信じて惑わされていたが、エイジア伯爵令息と面と向かって会話をすれば、王配教育を完了させた穏やかな好青年だと分かる。
何よりリュシアに対して誠実で、彼は娘に対して不埒な性癖を向ける事は無いという信頼がある。
マリーシャ殿下は恐らくその一辺を垣間見て、欲しくなったのだろう。
だが、娘が気に入った者をくれてやる気は無い。
しかも先にそちらが不要だと捨てたものだ。
王が娘可愛さにエイジア伯爵令息を……アーヴィン君をマリーシャ殿下の側仕えにするとでも言い出したら、この場で辺境伯領の独立を持ち出してでも抵抗しようと考えていた。
しかし人を見る目が無くて良かった。
私も、そこまでの労力をこいつらに使うのは勿体無いと思ったところだ。