03 仮置き令息が城で過ごした時間の重さ
リュシア様との婚約が王命で結ばれた日、私はそのまま王都にあるカランド辺境伯のゲストハウスに連れていかれた。
何故かと問えば、念のため、とリュシア様に言われたが、私にはその意味がわからず首を傾げているうちに入浴と食事と客室を与えられ、気付けば久しぶりに柔らかい寝台でぐっすりと眠った。
次の日に、城で頂いた私室の整理をしたいと言ったら、何故か護衛を数人付けられ、更にカランド辺境伯まで同行して、仰々しい様子で城に上がり驚かせてしまった。
……まぁ、それ以上に私の使っていた部屋が荒らされていた事の方が驚いたけれど。
物取りか、とカランド辺境伯に心配されたが、近くを通った兵から「夜にマリーシャ様が貴方の部屋を訪れたが、いなかったため腹を立てて荒らして帰ったと聞いています」と言われ、首を傾げた。
「殿下から私に会いに来た事は今まで一度も無かったのですが、何か急用でもあったのでしょうか」
「一度も……全く無かったのか?」
「はい、昼間に出先で呼び出される事は多かったですが、大体が書類や資料のミスについてでした」
そもそも私はこの私室を与えられたが、実際に使っていたのは、今は使われていない図書館の管理人室だった。
何故なら、頂いたこの私室よりもその図書館の方がマリーシャ様の執務室に近かったからだ。昼間マリーシャ様や宰相にミスを指摘された書類を持ち帰って、時間のある夜に修正していたのだけど、睡眠時間確保のためにできるだけ時間を節約したかったのだ。
マリーシャ様や彼女の側近はあの図書館は利用しないため、恐らく私が使っていた事は知らなかっただろう。
「私物は全部別の場所に置いてあります」と言うと、カランド辺境伯らに首を傾げられたが、先の理由を言うと納得したようだった。
荒らされた室内を片付けている間にマリーシャ様が来るかと思ったが、その気配もなく、王家側の手伝いも見張りもないまま終えて、使っていた図書館に向かう。
城の外にひっそりと佇む煉瓦の壁に蔦が這う図書館は、恐らく何代か前の読書好きな王族の誰かが個人で建てたのだろう。その誰かが集めたらしい書籍が大量に収められている。
「まるで秘密基地のようだな」
「はい。私もそこが気に入って、城に上がってからずっとここを使っていたんです」
そう。ここを使うようになったのは、一年の準備期間を経て城に上がった十一歳の時から。十四年間使ったが見つかったのは一人だけだった。
あの荒らされた私室は城に上がった日に頂いたが、全く落ち着かなくて、あの部屋を使ったのは夜会前の支度を整える時だけだった。
何故なら、仕立てた礼服がそこに届けられるから。それだけの事だ。
管理人室は与えられた部屋の半分もないが、田舎で質素に暮らしていた私にはこの広さがちょうどよく、落ち着けた。
マットレスが潰れた固いベッドと、備え付けの小さなクローゼット、そして備品の入れ換えで捨てられていたのを持ってきた机と椅子。その周辺には学生時代から使っている辞書や自分で購入した書籍、書き損じた書類等が散乱している。
「確かに、あの部屋よりずっと生活感があるな。施錠がしてあったが、鍵はどこで?」
「外の鉢植えの下に。……実は、最初は勝手に使ってしまっていたのですが、生前の王兄様に『鍵を見つけたなら自由に使いなさい』と許可を頂いたので、その後はお言葉に甘える形で使わせて頂いていました」
八年前に病死した現王の兄。不治の病に侵されていたため、王が即位した後は離れに住まわれて、そこで最期まで療養されていたと聞いている。
私がここを使っているのを唯一知っていた方だ。
虐げられる私を庇いもしなかったが、他のように蔑みも疎みもしなかった。直接話をしたのはその時だけだったが。
「書き損じた書類は内容が分からないように細切れにして、ついでに学生時代の教科書やノートも一緒に破棄しましょうか。制服や礼服はどうしますか?」
「礼服は、あちらの予算で仕立てられたものなので、確認します。制服は使わないので破棄して下さい」
「……ずいぶん着古されたように見えますし、そうしましょう」
そう言って護衛の一人は、繕った箇所の多い制服を「破棄」と書かれた箱に入れた。気付いて、気を遣ったのだろうな、と護衛の方に曖昧に笑って返す。
カランド辺境伯が「王と話をつけてくる」と言って不在の中、私は護衛の方と荷物整理をしている。だがほとんどが破棄するもので、持っていく荷物はトランク二つ分といったところだろうか。
粗方片付いたところでカランド辺境伯が戻ってきた。
マリーシャ様から会いに来た事がなかったのは事実なのか、私から会いに行った事がないのも事実なのか、何度も確認していたが、しかしカランド辺境伯はその事についてもう何も言わなかった。
「仕度は済んだかい」
「はい。あとはこちらで仕立てて頂いた礼服をどうするかと」
「新しく仕立てるから、全部処分しなさい」
「……えっと」
「出費の事は気にしなくていい。全部処分しなさい」
「あ、はい……」
確かに、作った礼服全てにマリーシャ様の色である「赤」が入っている。私はリュシア様と婚約したから、これらはもう着る事はできない。
税金で買われたものだから勿体ないと思ったが、私はマリーシャ様の色が入った礼服や装飾品をまとめて「破棄」と書かれた箱に入れた。
余談だが、マリーシャ様は私の色の入ったものを使った事は一度もなく、思い返せばランドル様の色である「緑」が多かった気がする。
仮置きでも婚約者だったから、マリーシャ様の誕生日に私の色を使った物を贈ってはいたが、使っているのを見た事は一度も無かった。
私が破棄した物の処分を王城の従者に任せて、私はトランク二つ分の荷物を持って城を去る。ここで十四年過ごしたのか、と少しだけ感傷に耽ったが、どう考えても美しい思い出は何一つ無かった。
王に最後の挨拶すべきか悩んだが、カランド辺境伯に「私が代わりにしてきたから必要無い」と言われたため、私は世話になった礼を誰にもする事なく馬車に乗った。
数日王都に滞在し、馬車での長距離移動の準備をした後、まずは二週間かけてエイジア伯爵領に戻る。私の家族に改めてリュシア様との婚約を報告し、そこからおよそ一ヶ月かけてカランド辺境伯領に移動する。
私が次に王都に来るのは、今年の秋の大夜会だろう。半年ほど先の事になるが、特に何も感じなかった。
……強いて言えば、もうマリーシャ様の八つ当たりを受けなくて済むのか、くらいだろうか。
マリーシャ様もようやく愛しいランドル様と結ばれたのだから、今年から夜会も機嫌良く参加される事だろう。
……私にはもう何の関係もない事だが。
十四年過ごした割りに、軽い。