02 辺境の寵花の不本意な好意と秘めた恋
私は、リュシア・カランド。
この国の辺境伯家長女で、嫡子。下に弟が一人いるけれど、我が家は長子が継ぐ決まりとなっているから、私が将来カランド辺境伯を名乗る。
そのためか、幼い頃から婿になりたいと希望する三男や四男の方々からの釣書が絶えなかった。
更にカランドの血筋が男系で、産まれた女児が私だけという事も重なって親類の、特に男性が総出で私を可愛がって下さっていた。
そういった経緯から私は常に殿方に囲まれていたため、いつからか「辺境の寵花」と呼ばれていた。
皆様からお世辞でも可愛いと褒めそやされて調子に乗っていた事もあった、と言われても否定はできないし、自分には「純粋な好意」しか向けられないと思っていた……。
ずっとそうだったから。
産まれてからずっと辺境伯の領地で過ごしていたため、学校が私にとって初めての外界だった。
物語でしか知らなかった友人を得られるかもしれない期待に胸を膨らませていたけれど、私は初日から令嬢方の不興をかってしまう。
先にも言ったように、私には伴侶になりたいと言う殿方が近寄ってくる。そのため、「辺境の寵花」が入学したと聞き付け、初日から同じクラスの方や、先輩たちに話しかけられた。
男性に囲まれて育ったので慣れていた私はその状態を一切気にしていなかったのだけど、他の方達から見ると「男性を侍るはしたない令嬢」に見えたらしい。
次の日から私は影で「娼婦」と蔑まれ、茶色の髪と黄色の目から「辺境の枯れ葉」と嗤われるようになった。
それでも近寄ってくる方は純粋で友好的な意味での好意だと信じていたのだけど、いつからか婚約者がいる方まで近寄ってくるようになった。
婚約者の令嬢を思うと友好的にもできないので、その方を私は冷たくあしらった。他人にそうするのは初めてだったけど、こればかりははっきりしなければいけない。
ただでさえ私は周囲から良い目で見られていないのだから。
なのに、何故そういう思考になったのか。
その方が婚約を破棄して私に改めて近寄ってきた時は、血の気が引いた。
お父様に相談して婚約を解消された令嬢に謝罪したけれど、私のせいで複数の方々が婚約破棄したという尾びれの付いた噂は卒業後まで語り草にされてしまった。
悪い事は重なるのか、同じ時期に先輩の令息方が私の話をしているのを偶然聞いてしまったのだけど……内容が酷かった。
私に母性を感じる。
たわわな乳房に顔を埋めて、頭を撫でられたい。
彼女に幼子のように扱われたい、と。
気持ち悪いとしか言いようがない。
しかもその場にいた方全員が同意を示し、好き勝手に妄想を語っていた。
聞くに堪えず、私はその場から逃げた。
純粋な好意と信じていたとはいえ、多少の欲情もあるだろうとは、少し思っていた。殿方の視線が時々私の胸元に落ちる事に気付いていたから。
だけど、私に幼子のように扱われたい?
そんな性癖に付き合う気はない!
以降、私は自分に寄ってくる殿方が恐ろしく、そして気持ち悪くなり、婚約者を決める時期を逃してしまうのだけど、まさかお父様に「自分を不埒な目で見るから男性が恐ろしい」「そんな方に触れられたくない、体を許したくない」とは言えず、一人で思い悩んでいた。
だけど、私はあの方に出会った。
秋に行われる、国の豊作を祝う大夜会。
お酒が多く振る舞われるため未成年の参加は任意である事を利用して、私は毎年不参加を貫いていた。
だけど、豊作を祝うこの夜会だけは別だ。
普段は領地が王都から遠く離れている事と、カランドの名前のおかげでお咎め無く領地に引き籠って仕事をしているお父様も、この夜会にだけは毎年参加していた。
学校を卒業して成人したばかりの私も、渋々とお父様の代理として初めての大夜会に参加したのだけど、会場に漂うアルコールの匂いで酔ってしまった。
護衛を兼ねて同行させた侍女が防いでいたけど、何人かの殿方が私を休憩室に連れ込もうとしていたらしい。
それでなくても男性の厭らしい視線や、私を蔑んで嗤う声があちこちから聞こえた気がしていて、ずっと逃げ出したかった。体調もどんどん悪くなっていく。
もう立っているのもやっとだった、その時。
『大丈夫ですか?』
明らかに他とは雰囲気が違う殿方の声に驚いて顔を上げると、私を心配そうに窺う目と視線が合った。
その目に欲情のようなものは一切無く、ただ私を気遣う視線。
結局、私は具合が悪すぎて喋る事もできず、対応を全て侍女に任せてしまったけど、彼は終始私と侍女にまで気を遣ってくれた。何か言われても自分が帰したと言うから、と遠慮する私と侍女を帰してくれた。
後で侍女から彼は王女マリーシャの婚約者であるアーヴィン・エイジア伯爵令息だと聞き、驚いた。
とても優しい方で、伴侶となるマリーシャ様は幸せだなと、彼女を心底羨ましいと思った瞬間に、私は初恋を自覚し、同時に失恋をしたのだった。
それから季節が一つ過ぎて、一方的な失恋の痛手が少し薄らいで、ようやく積まれた釣書を手に取って見るようになった頃。王家から手紙が届いた。
手紙を読んだお父様に呼ばれて入った執務室には、難しい顔をしたお父様とお母様がいて、領地や執務に何かあったのかと不安を抱えながらソファに座る。
「まず。マリーシャ王女が、ランドル・ルベルク公爵令息と正式に婚約する事が決定した」
「…………え?」
アーヴィン様と婚約していたのに「正式に」とはどういう事なのだろうと続きを待つと、お父様は深く溜め息を吐いた。
「仮置きで婚約されていたアーヴィン・エイジア伯爵令息の次の婚約者として、まだ婚約者がいないお前に打診が来た」
「え」
「彼の評判はあまり良くはないと聞いている。王配教育を予定していたより半年も遅れてどうにか終了して、今はマリーシャ王女の補佐をされているようだが……マリーシャ王女は常々不出来だと不満をもらしているという。辺境伯を継ぐお前を支えられるような男かどうか……」
「お、おおおおおお、お父様!!!!」
私は思わず、立ち上がってしまった。
「仮置き」が聞き捨てならなかったけど、それよりもこの好機を逃してはいけない!
私は、今まで言いづらくて黙っていた事を打ち明けた。男性から向けられる不埒な視線と欲求、それが恐ろしくそして気持ち悪く感じて男性を忌避していた事、しかし夜会でのアーヴィン様の対応にはとても好感を持った事。
一番は、私が強くアーヴィン様との婚約を望んでいる事。
お父様とお母様は黙って私の話を聞き、そして……。
「……分かった。リュシアの言葉を信じよう。ただし、彼もそこら辺の不埒な輩と同じだと感じたら私の権限で婚約は解消する。いいね」
「ありがとう、お父様!」
私は嬉しくて跳ねるように、頷いてくれた両親に抱き付いた。
……お父様とお母様が話の途中「……処刑」と呟いていたのは、聞かなかった事にした。
そうして私は呼ばれた王城で、どこまでもアーヴィン様を軽んじる周囲に怒りを覚えた。
マリーシャ様は婚約解消と新たな婚約届けにサインをすると、アーヴィン様に労いの言葉も別れの言葉も何一つも無く新しい婚約者の元に駆け寄って抱擁し合う。周囲は拍手を送り「真実の方と結ばれて良かった」と涙まで流す方もいた。
更に、要らないという意思を隠しもせずにアーヴィン様を押し付け合う。彼は無表情だったけど、傷付いて……もしかしたら慣れて麻痺してしまっているのかもしれない。
私は我慢ならず、お父様に目配せして、自らアーヴィン様の婚約者にと名乗り出た。
あからさまに安堵する周囲と、明らかに怪訝そうな様子のアーヴィン様に、彼が周囲から長く侮られ軽んじられていた事を悟ってしまった。
だけどまさか、アーヴィン様が夜会の事を、私の事を覚えているとは思わなかった。
思わずはしゃぎそうになったのを抑えて、私だけを見つめる彼に緊張しながらやっと直接お礼を言えた。一応お礼の手紙を王城宛に送ってもいたが、彼の元には届いていなかったらしい。
逆に馬車乗り場まで送れなかった事を謝られてしまったので、大丈夫だと返そうとすると貴族派の令嬢が「運命の出会い」と口を挟んできた。けれど、私にとっては事実なので口に出して否定はしなかった。
ただ、アーヴィン様にとっては分からない。
彼にももしかしたら懸想する方がいるのかもしれないと気付き、少し不安になってしまって隣にいる彼を見上げる。
目が合ったアーヴィン様が、私にだけ、そっと微笑んでくれた。
(か………………可愛い!!!!)
少し眉尻が下がって困ったように見えるけど、そのぎこちなさが却って庇護慾というか……何かを掻き立てられる。
ただ、マリーシャ様が「そんな顔できたの」と驚いていた事に、こちらも驚いた。
まさかと思うけど、十五年も婚約していたのに、一度もアーヴィン様の笑顔を見られないような……彼が笑うような対応をしなかったという事なの?
私は怒りを覚え、今更物欲しげにアーヴィン様を見るマリーシャ様に絶対アーヴィン様は返さない事を、そして絶対に彼の笑顔を守る事を心に誓った。