16 仮置き令息と辺境の寵花を照らす光
庭から楽しそうな子どもたちの声が聞こえる。
私とリュシアは仕事の手を止めて、顔を合わせて、微笑み合う。
使用人たちと追いかけっこをしているらしく、広い庭を走り回っている。ころころと子犬が駆け回るような愛らしさに、いつもは気むずかしい顔をしている執事も破顔している。
窓を開ければ気付いた長男のイアレットが手を振り、次男のルートラインが振り返る。日の下で見る二人の目は、私譲りの青灰色だ。
「お父さま! お母さま! おしごとはおわりですか?」
「もう少しよ。でも二人が楽しそうだったから気になっちゃって」
「はやくおわらせて、ふたりでにいさまをつかまえるのをてつだってください!」
「あ、ルトずるいぞ!」
「ぼくはおとうとだから、ずるくありません。にいさまはにいさまなのだから、がまんしてください」
私を真似て本を読むようになったのは良いが、最近なにを読んだのか、ルートラインがイアレットの物を何でも欲しがる上に、イアレットに兄だからと我慢を強いるような発言をするようになってしまって、困っている。
イアレットは良い子だから、嫌がっても、最後には譲ってしまうのだけど、それが癖になって困るのはルートラインだ。
何度かルートラインを注意をして、使用人にも二人を気を付けて見てもらい、少し落ち着いてはきているが……。正直、気を抜けばどちらも可愛い我が子なので、我が儘だと分かっていても聞いてしまいそうになる。
「ルト、三対一は公平じゃない。私が手伝おう」
「おとうさまは、おかあさまにあまいから、いやです!」
……いや、自覚はあるが、全員で笑う事は無いだろう。リュシアまで隣で笑っている。
「お仕事が終わったら、一緒に遊びましょうね」
リュシアの言葉に二人が頷き、今度はブランコで遊び始める。これは二つあるから取り合いにはならない。どちらが高くこげるか競うようだ。開けっぱなしにした窓から声が聞こえる。
「……さて、どこまで話したんだったかな」
「マリーシャ様とランドル様が前王と王妃と一緒に行方が分からなくなった、ってところね。最後の目撃情報が西の辺境伯領行きの馬車だというから、今頃は国外にいるのでは、との事だけど」
戴冠式を終え、王太子は国王となった。
私とリュシアもその式典に参加したのだが、そこで明かされたのは、前王が実兄を……王太子の父親を病死に見せかけるために何十年も毒を飲ませていた事実だった。
その後、前王は裁判から逃れるように前王妃と共にマリーシャ様の元に逃げて、そのまま四人は姿をくらませた。
国際指名手配がかけられたため、カランドにも連絡と捜査協力が来ている。
「周辺五か国とイグニシア帝国はあの四人を受け入れないと声明を出しているから、あとは砂漠にある集落くらいしか行き場がないと思うのだけど……」
「先に所持金が尽きて捕まるのも時間の問題だと思うよ。ご老人二人と、浪費癖のひどい二人。あの領地まで行って馬車に乗れたことのが奇跡じゃないかな。……幸いなのは、あの子を置いていった事かな」
マリーシャ様とランドル様は、あの子を置いていった。
あれから利用価値がなくなったと言わんばかりに育児放棄されていて、王太子が死なない程度に様子を見ていたという。そして今回置いていかれた事で無関係と判断され、今は王太子が保護し、ルベルク家の親戚に養子に出される予定だと聞いた。
……健やかに育てるように、と言ったのに。
自分とは関わりない子とはいえ、後味は悪い。
「……復讐の片棒を担がされていた気分ね」
「その辺りの利害が、たまたま一致してしまったからね。それに、彼らがこちらに行動を起こした際には手を貸すといった条約の提案もあるし」
動向の読めなかった王太子だったが、カランドに対し友好条約を提案してきた。
彼が望んだ前王の失脚と、その子であるマリーシャ様の破滅。それが粗方果たされた今、私たちに禍根を残すのは得策ではないと思ったのだろう。
今なお私たちには帝国の後ろ楯と周辺五か国の繋がりがあり、敵に回す利点はない。
こちらも、わざわざすぐ横に敵対勢力を作る利点はない。
その条約に、どれだけこちらに有利な条件をつけられるかの話し合いもしていたところだった。
「お父様は存分に足元を見てやれって言うけど」
「あまりやりすぎて、逆に噛みつかれても困るからね。この条件でいこうか」
宰相も、妥当でしょう、と頷いた。
部下に後を任せて、私とリュシアは庭に向かう。
待っているのは、愛するリュシアと可愛い子どもたちとの時間。
あれから、六年経った。
息子二人に恵まれ、派閥もできたが今のところは性別問わず長子が継承権一位だと公言しているからか、双方の雰囲気は穏やかだ。
国内も建国時のごたつきがやっと落ち着いた。何も問題が無いわけではないが、国を揺るがすような大きな出来事は、今のところ無い。
お義父さんとお義母さんは敷地内に新しく建てた離れに住んでいて、時々……否、ほぼ毎日孫二人の様子を見に来てくれる。
義弟も結婚した。相手は隣国の中立派筆頭だったティアラーク公爵家の令嬢で、政略結婚だがまるで恋愛結婚かのように互いを思い合っていて、とても仲が良い。夫婦で私と一緒にリュシアを支えてくれている。
私とリュシアの馴れ初めは演劇になり、国内外でも公演されている。多少演劇用に脚色はされているが。人気の演目らしく、カランドでの結婚観が少しだけ緩く変わったそうだ。
カランドでは平民も政略結婚が多かったらしく、今も基本変わらないが、恋愛結婚や感情を否定する声が減ったという。
……まあ、否定してしまうと、女王であるリュシアと王配の私を、更には王弟夫婦まで否定するようなものだからだろう。
順風満帆な日々ばかりではないが、幸福の中で、心穏やかに過ごせている。
マリーシャ様の元にいた頃は、こんな日々を過ごせるなんて考えもしなかった。
誰からも疎まれて、罵られ、必要とされずに、独りで死んでいくのだと。それが当然だと思っていた。
「ヴィー? どうしたの?」
リュシアが振り返る。
見つめ返せば、いつも黄色の目に赤みが差す。
抱きしめれば、抱きしめ返してくれる。
幸せだと呟けば、私もよ、と返ってくる。
「ねえ、リュー。もう一人増えたら、もっと幸せになるかな?」
まあ、子作りのためじゃなくても触れたいのだけど。
そう囁くと背中をぺしぺしと叩かれる。照れたリュシアの仕業だろう。可愛くて仕方が無い。
そのまま戯れていると後ろに控えていた従者の咳払いが聞こえたので、渋々離れる。
頬と目を赤く染めたリュシアが、もう俯く必要の無くなった私の青灰色の目に映っているだろう。
手を差し出せば、重なる掌の暖かさ。
幸せそうに微笑む、愛しい、日溜まりの人。
彼女に、そして彼女が与えてくれた暖かい光に触れるたび、私はこの先何度も、この光を生涯大切にして守ると心に誓うだろう。




