15 仮置き令息は最後の始末を一人でする
あれから、マリーシャ様本人からの謝罪がなかったため、リュシアは本当に国際裁判に侮辱罪と虚偽罪、私が追加した暴行罪で訴え、勝訴した。
マリーシャ様には私への接近禁止、慰謝料の支払いと臣籍降下が命じられ、公爵となり、現在は夫となったランドル様と王家が管理する領地に移ったという。
二人が大層苦労しているというのを、風の噂で聞いた。
マリーシャ様の代わりに王太子に選ばれたのは、王兄様の庶子で、マリーシャ様と同い年の青年だった。
王兄様は病気を理由に生涯独身であったが、ある令嬢と懇意になり一夜を共にして、その時にできた子だという。
事情を知った令嬢の親が王兄様と協力し彼女と一緒に隣国に逃がしていたため、王も知らずにいたらしい。
一度会って挨拶したが、真面目そうな目の奥に野心が見える男だった。戴冠後は多少警戒しておいたほうがよさそうだ。
貴金属の窃盗に関しては、一度でも私に付いた事のある使用人と護衛騎士全員を処刑するという異例の事態になった。
もちろん反発は大きかったが、窃盗に直接関わっていなくても私に付いた事がある者全員がその事を知っていて誰一人罪悪感無く十年以上過ごしたため同罪として、王太子が裁いた。お義父さん曰く「王家に仕える者であるのに王配になる者を敬わずに軽んじると言う恥ずべき行為をしたと考えたのだろう」との事。
確かに、仮置きの伯爵令息だったから問題が表沙汰にならなかったが、これが私より爵位が上の令息や、国外からの入り婿だったら……。
「適当」だからと私のように扱ってしまっていたら大問題になるところだ。
更に、所有権が「伯爵令息」ではなく「王家」としたため大事になったらしい。
かなりの人数が裁かれ、城内は一時混乱したという。
その後、国に居づらくなったと思われる彼らの親族がカランド国の門をくぐろうとしたが、全て追い返した。何故なら、私が「親族共々足を踏み入れるな」と言った家の者だったからだ。
他国に行くにはカランドを抜けるか、他の辺境伯領を抜けなければならない。だが、そちらの方は砂漠や山岳地帯、荒野が広がっていて、安全な陸路と海路があるのがカランド周辺だけだった。交易のために整備されているからだ。
私の言葉の意味を今更理解したらしい彼らは謝罪してきたが、全てが「自分は関係無いから許してくれ」というものだった。
もちろん、受け入れなかったが。
その事を国を通して抗議しようとした者もいたが、王太子はもちろん、他国も聞き入れなかったらしい。
私の対応でようやく事の重大さに気付いた彼らは、それ以上騒ぐ事無く別ルートで国外に出ていった。そのため周辺国には「カランドは現状を罰として考えている」と宣言した。これ以上の処罰は与えないという事だ。
その後の対応は各国の判断に任せたが、今のところ、彼らは移住先で問題を起こさず慎ましく暮らしているから様子を見ているという。
ともあれ、これで解決したかのように思われたのだが……。
一年ほど経った頃、マリーシャ様の子を見てほしいと呼ばれた。私にそっくりだと、またマリーシャ様が主張しているのだという。
判決は出ているのだから放っておいても良いのだが、後々面倒になるのも嫌だったので、産後のリュシアをお義母さんに任せて、念のため護衛を多めに連れて隣国に向かった。
謁見の間には、体調を崩し休養している王に代わって王太子が座り、上座にはこの場の証人に呼ばれた役人、下座にはマリーシャ様とランドル様、その後ろに赤子を抱いた女が控えている。
久しぶりに姿を見たマリーシャ様は更に痩せ細り、髪の艶も失っていたが、私を見る赤い目だけは宝石のようにギラギラと光っていた。
「アーヴィン! ほらご覧なさい! お前の子よ!」
勝ち誇ったようにマリーシャ様が叫び、恐らく彼女に味方しているのだろう、どや顔の乳母が赤子を私に押し付けてくる。だが、抱き上げたら彼女達から何を言われるか分からないから指一本触ってはいない。
その赤子は、黒髪に赤い目の男児だった。
「王太子様、この子は私の子ではありません」
「何言ってるの! お前の黒髪に私の赤い目じゃない!」
「……と、言っていますが?」
「エイジアの血筋の目は、私と同じ青灰色になります。目の色が違う時点で私の子ではありません。証明が必要なら、私の兄妹や甥もいますし、リュシアが産んだ子もいます」
そもそも、私もマリーシャ様も肌の色が同じなのに、この子は褐色だ。恐らく、黒髪に濃灰色の目の男を探して交わり、黒髪と肌の色を受け継いだのだろう。そうでなければ、この肌の色にはならない。
そこを指摘して王太子を見ると無表情のままマリーシャ様を見下ろしている。そのマリーシャ様はこの期に及んでまだ違うと否定し続け、ランドル様は私を睨んだまま動かない。
王太子に処遇をどうするかと問われ、私は少し考える。
「……まず、私がこの場に来たのは改めて『父親は私ではない』と証明して宣言するためです。目的は果たされましたが、母親は裁判所からの接近禁止命令を破ったので、規則に従い罰金を請求させていただきます」
「な、そっちから来たのに、何をバカな事を!」
ランドル様が怒鳴って私に向かってくるが、すぐに護衛に押さえられる。
私は、この国の伯爵令息ではない。今やカランドの王族。
ルベルク公爵家の居候であり、爵位を持たないただの令息に成り下がったランドル様が今のように断りなく近寄って話しかける事ができない存在。
不敬だと騒いでいるが、私が望めばその首をこの場で跳ねる事もできる。現に視線で王太子に問われたが、私は首を横に振って返した。
「赤子に会いに来たのは、先程言った通りです。これは先触れにも書きましたし、王太子様も貴方方に伝えたはずです。私に赤子を会わせるだけなら、乳母と、ランドル様……貴方だけこの場にいて、母親は別室で控えさせればよかっただけでしょう」
「それは……」
ランドル様が言い淀む。
分かっていて、だが何らかの意図があってこの場にマリーシャ様も同席させたのだろう。
生活に困っているという話をよく聞くから、もしかしたら接近禁止令の罰金を私に払わせるつもりだったのかもしれない。
「それに、夫人。私と貴方とはもう無関係です。いや、そもそも最初から『関係性』など無かった。なので、こちらから話す事は何もありません」
マリーシャ様は傷付いたような顔で、嘘だ、私に会いたかったのでしょう、と言い募るが、無視する。本来であれば言葉を交わす事も禁止されているのだが、あれだけは面と向かって言いたかった。
さすがにこれ以上罰金を重ねさせると後が面倒そうだったから、私はマリーシャ様から目を逸らす。
決して、マリーシャ様とランドル様を思っているのではない。リュシアにもカランドにも負担をかけたくないだけだった。
……それに王太子は、マリーシャ様とランドル様に立場を思い知らせるついでに金を吐き出させる魂胆のようだ。接近禁止命令を破る行為だと分かっていて、マリーシャ様を止めなかったのも、敢えてだろう。
……荷担したのだから、今度はこちらの要求を叶えてもらう。
「罰金については私が責任をもって払わせます。子の処遇も任せてもらえれば、悪いようにはしません」
「では、まず……あの赤子は私ともカランド家とも無関係であると宣言します。カランド王の継承権は女王リュシアの子にあり、王配である私の子にはありません」
私の言葉にマリーシャ様とランドル様が息を飲んだ。
……なるほど、マリーシャ様はどこかおかしくされたのかと思ってしまったが、違うようだ。
どうやら二人は「王配の子」にも王位継承権があると思って、それを狙ったのだろう。王個人の援助で生活しているが、元は王女と公爵令息、格を落とした生活に嫌気がさしていると聞いていた。
それでもこの国の下位貴族よりも良い暮らしをしているはずなのだが……。
カランド王族の地位と財を目当てにしたようだったが、どちらにしても「王配の子」に王位継承権はない。
リュシアは私を信じているから不要だと言ったが、王族の今後のためにそういう決まりを作った。カランドの血筋以外の子には継承権を与えない、と。
そもそも私の子ではないのだからマリーシャ様とランドル様の企みはカランド王家の簒奪になる。
遠回しにそう言えば、マリーシャ様とランドル様は顔を青ざめさせ、ようやく口を閉じた。そういう自覚はあったらしい。
何せ「国家の簒奪」は、如何なる立場であっても……高貴な血であっても、問答無用で処刑と決まっているからだ。
「なのであの子は、この国の民として、成人するまで責任をもって健やかに育てるよう命じて下さい」
「……わかりました。そうしましょう。子に何かあれば今後はこちらとルベルク家で対応しますので、もし貴方の元に連絡が行っても無視して結構です」
この件は完結した、という事だろう。
頷いて返し、王太子に赤子の今後を頼んで、私はようやく帰路につく。
マリーシャ様とランドル様は、俯いたまま動かない。
私の心も、動かない。
支配されているかのような脅威をマリーシャ様に感じなくなり、ようやく十五年間虐げられて傷付いた呪縛から解かれたような気分になれた。
今はただ、早くカランドに帰って、リュシアと我が子に会いたい。
リュシアと我が子……息子に会えるのは一ヶ月後。往路もあったため正確には二ヶ月会っていない。
二ヶ月も経っていれば子は成長しているだろう。
貴重な時期だったのにと怒りを覚えるが、こればかりは直接赴いて否定しなければ、またあちらがありもしない事を吹聴しかねなかった。
あの子が成長した頃に、カランド王の継承権がある、と諦めずにマリーシャ様が嘘を吹き込んで、本人も周囲も信じてしまっては困る。
仮にそうなった時、あの王太子が動くと思うが、まだ彼がカランド王国にどう接してくるか分からないところがある。
今はこちらに周辺国五ヶ国の友好条約と、帝国の後ろ楯があるからか、どうも当たり障りのない感じはするが……。
しかし、それとは逆に王太子様は王家を嫌っていて、破滅を望んでいるような気がする。
マリーシャ様に私への接近禁止命令が出ているのを知っていたはずなのに別室で控えさせなかったのは、罰金を上乗せしてマリーシャ様とランドル様、ひいては二人を援助している王を破産させるつもりなのではと推測している。
簒奪を企てていた事も、知っていたのだろう。
私が見抜いて二人に刑を望むことを期待していたのか、実際に行わせてから奪うつもりだったのか、そこは分からないが……。
王家にどんな因縁があるのかは知らないが、彼の目的のために今回のように利用させるのは、御免だ。
私個人だけで済むならともかく、国まで巻き込まれては、それこそ国際問題になる。
注意を払い続けなければならない。
……リュシアを無理に連れてこなくて良かった。
本来であれば女王であるリュシアも訪問する予定だったが、まだ体が辛そうだったため私と医者で説得して、どうにかカランドに残ってもらった。
あのマリーシャ様の様子だとリュシアに何を言うか、何をするか、分からなかった。しかも王太子も行動がいまいち読めない。
この件はリュシアの体調がもう少し落ち着くまで彼女に伏せておいて
お義父さんに報告と相談をしておこう。
王都の滞在中に届いたリュシアやお義母さんからの手紙では、息子は留学から里帰りしている義弟に一番懐いていて、逆にいつも会いに来ているお義父さんの抱っこはお気に召さずに泣きそうになっているという。お義父さんが。
そんなお義父さんの姿を想像して、私は思わず笑ってしまった。
だが、生まれてから初めて会う私を怖がって泣いてしまった息子を前に、一緒になって泣いてしまいリュシアたちに苦笑されることを、私はまだ知らないでいる。




