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13 王女がそれに気付いても既に手遅れ




 何なのよ、これは! どうして私の思い通りにならないの!


 アーヴィンと私が一夜を共に過ごしたと言えばあの枯れ葉女はアーヴィンの不貞を疑って離れると思ったのに!

 疑うどころかこの私を嘘つき呼ばわりするなんて!


「私こそ、お前を訴えてやる!」

「何の罪でですか?」

「侮辱罪に決まっているでしょう! 私を嘘つきだと決めつけて、ただで済むと思ってるの?!」

「真実だと仰るのでしたら、アーヴィン様と過ごしたという物証をお持ちください。証言だけでは不確かです」

「王族の私が言ってるのだから、真実に決まっているでしょう!」


 当然じゃない。王族()の言葉は正しいのだから!


「ああ、恐ろしい。かのような方が王となっては、国が傾いてしまう」

「民の言葉には耳を傾けず、全て己の意のままにしようと考えていると公言したようなもの。王族は子にそうするよう教えていらっしゃるようだ」

「暴君が治める国など、まともになるはずもないのだが、王はどう考えているのやら……」

「おや、知れた事。子がああ(・・)なのだから、親である王も……」


 聞こえよがしに囁いているのは、貴族派の奴等だ。

 そちらを睨めば声は止まったけど、見下したような目で見てくるのが気に食わない。


「王女様、物証を出せば良いじゃありませんか。真実だったら、ですが」

「そうですよ。愛し合っていたと言うなら、手紙や贈り物の一つもあるのでは? 彼の色を使った物があれば、皆様信じるでしょう」

「自分の色を使った物を贈るのは、恋人や婚約者、夫婦の間では定番ですからね」


 自分の色。基本的に「目の色」がそれにあたる。

 例外は家で決められている場合だけど、それは建国から存在している古い公爵家のみ。アーヴィンの家は比較的新しい伯爵家だから本人の「目の色」である「濃灰色(・・・)」で間違いない(・・・・・)


 私は、切り札として前もって用意していた髪飾りを掲げて見せつける。もちろん、濃灰色のもの。

 まあ、こんな地味な色のものなんて実際に貰ったって絶対に付けない。あの枯れ葉女だって夜会の時も今も、どこにも濃灰色の物を付けていない。

 愛だのなんだの言ったって、結局あの枯れ葉女も私と同じってことじゃない。


 愛の証としてアーヴィンから貰ったと言えば、馬鹿にしてきた貴族派の奴等も意外そうに、そして悔しそうな顔をした。

 なのに……。


「それは、私の色ではありません」


 アーヴィンが髪飾りを見て、首を横に振った。


「はぁ? お前の目の色じゃない! 嘘つくんじゃないわよ!」

「なおの事です。私の色は目の色である青灰色(・・・・・・・・・)ですから」


 青灰色。

 大夜会の日に枯れ葉女が身に付けていた装飾にも、今つけている髪飾りにも使われている色。


 だけど、嘘だろう。

 私はアーヴィンの色が入った物を贈られた事が無くて(・・・・・・・・・)知らないのを逆手に取って、私を貶めようとしているんだわ。


「私の目は屋内だと濃灰色に見えますが、屋外の日の光に当たると本来の色である青灰色に見えるんです。これはエイジア家特有の色で、エイジアの血筋の子は必ず受け継ぎます(・・・・・・・・)


 閉め切っていたカーテンを少し開け、日の光に当たったアーヴィンの目の色は、確かに青みを帯びた灰色に見えた。

 この場にいる全員……否、枯れ葉女以外は誰も知らなかったらしい。アーヴィンはどこにいても常に俯いていたから、そのせいで目に日が当たらず、誰もあの色を見た事が無かったのだろう。


 黒い髪、青灰色の目。

 濃灰色はどこにも無いから、彼の色にはならない。


 十五年も婚約していて、彼の色も知らなかったのか。

 誰かが囁いたのをきっかけにざわめきが広がる。

 だって、アーヴィンは私に婚約者としての贈り物を一つもしなかった(・・・・・・・・)のだから、知るはずがないじゃない!

 私は取り繕う事も忘れて叫んだ。

 だからアーヴィンが悪いのだと言っても、誰も同意してくれない上に、アーヴィンまで残念そうな顔をする。何よ!


「婚約者だった時に贈っていましたよ。毎年、殿下の誕生日に合わせて、青灰色の入った物を」

「嘘よ!」

「嘘ではありません。十五年間贈っていた証拠に注文書も領収書も残してあります。必要なら提出しますが……一度でも開けて見て下さっていたなら、間違わずにいたでしょうね」


 知らない。嘘に決まってる。

 だってあんな「仕方なく贈りました」って感じで質素な包装の物は私の贈り物に相応しくないし、あれが婚約者に贈る物の筈がない。開けて中を見るまでもない物の筈だ。

 だから毎年開けずに捨てていた。貴族派から贈られてくる形式的なものと一緒に。


 愛の証と言ってしまった髪飾りは、アーヴィンの色ではないせいで無駄なった上に、私の失態の証拠になった。

 いくら私がアーヴィンとの愛を説いても全て嘘にされる。


 こんなはずじゃなかったのに!


 アーヴィンが……そう、アーヴィンが私の元にいる時にその才能を出してさえいれば、こんな事にはならなかった!


「お前のせいよアーヴィン! 私を軽んじて、わざと手を抜いていたくせに、偉そうに!」

「……その顔気持ち悪いから、私の許可なく口を開くな、顔も見せるな、何もするな、黙って俯いて私の言う通りにして過ごしていなさい」

「なっ!」

「私が殿下から十五年間毎日言われていた言葉です。もし私が手を抜いていたというなら、殿下から『手を抜くな』と言われなかったからでしょう」

「私の役に立つのは当然なのだから、私が言われなくたってやりなさいよ!」

「……ええ。なので殿下のミスを自分のついで(・・・・・・)に修正していました。それでも同じ事を仰いますか? 何も言わなくても役に立て、と」

「はぁ? 何勝手な事してんのよ! 恩着せがましく言うけど、私の完璧な仕事を勝手に弄って、功績をあげる邪魔していたって事じゃない!」

「……私がカランドで成功したのは、リュシアも、辺境伯様も、私の言葉や考えをちゃんと聞いて下さったからです。勝手な事をするなというなら、殿下は私の言葉を聞いて下さった事がありますか? スペルミスを報告するとお前が愚かなのだと罵られ、計算ミスを直すと勝手に数字を弄るなと蹴られ、無理のある計画の施行を止めると鞭で打たれ、殿下の役に立とうとした行動は全て殿下に否定され、言う通りに動いた結果起きた殿下の失態は全て私に押し付けられた記憶しか、私にはありません」


 何を言っているのだろう。

 アーヴィンの言動が私に(・・)有益だった事なんて無いじゃない。

 私の無駄になる事しか言わない、やらないから「口を開くな」「何もするな」と言ったのに。

 私に媚びもしない無表情が気味悪いから笑えと言ったのに、まるで無理矢理やらされてる(・・・・・・・・・・)みたいな顔だったから「顔を見せるな」って言っただけで、枯れ葉女に見せたような顔で笑えば良かっただけよ。

 それに本当なら私の仕事はアーヴィンの仕事なんだから、責任は私じゃなくてアーヴィンが負うべきでしょう?


 全部アーヴィンが悪いじゃない!


「……もう結構です。私が殿下の元に戻ったとしても、殿下が望むような働きはできないでしょう。リュシアに出会い、彼女と愛し合って、今の私がいるのです」


 そう言ってアーヴィンが枯れ葉女にだけ微笑む。

 愛しさに溢れる目。優しい笑み。


 私が一度も向けられた事の無いもの。


 欲しい! 欲しい! あれが欲しい!


 心臓が叫んでいるように高鳴る。

 頬が燃えるように熱くなる。


 なのに、私がなにを言ってもアーヴィンはこちらに振り返らず、枯れ葉女と一緒に去っていく。

 行くなと言っても、手を伸ばしても、聞こえていないかのように、目の前にいないかのように届かない。


 これが「(乞い)」なのだと初めて知った瞬間に、それは私の手の届かないところに行ってしまった。





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