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12 辺境の寵花の目は赤く染まったまま




 アーヴィンの活躍を知り欲しがるのは王女だけではなく、王もだろうと思っていた。

 マリーシャ様の考えそうな行き当たりばったりの計画で終わらなければ「王命」を持ち出すだろうと予想していたけど、思っていた通りすぎて笑いそうになる。


 勝ち誇ったようなマリーシャ様の笑顔。

 あからさまに厭らしく舐め回すように目で私を見るランドル様。

 表情が読めないのはさすがだけど、明らかにこちらを見下した王と、王族派の態度。


 何が「王女は最愛を見つけたのね」だ。

 貴方達はずっとアーヴィンを蔑ろにして、蔑んで、傷付けていたくせに。


 だから私は、アーヴィンが子どもの父親だという嘘を広めたと聞いて、やり返すと決めた。


 アーヴィンは優しいから、今後一切関わらなければもう良いと思っているけど、私が、そして私の家族が、全てを知って協力してくれた周囲が、彼らを絶対に許さない。


「その王命は聞けません。……私とアーヴィン様は、この国の民ではありませんので」


 王命は、国に属する者にのみ拘束力を持つ。

 なので防衛の要であるカランド辺境伯家といえど本来なら拒否はできない。


 だけど……。


「本日は、虚偽の噂の訂正を求めるのと同時に、周辺国の承認(・・・・・・)を得て、カランド辺境伯領がカランド王国(・・・・・・)としてこの国から独立した事を宣言しに参りました」


 そう。カランドはこの国から独立して、王国になった。

 きっかけは、カランドへの不可侵を王家から破り、交易品を指定し、要求してきたため。


 カランドの交易品は、基本的に王都には流さない。運送費の方がかかりすぎて赤字になるからだ。

 だけど例外的に他国の香辛料は王都に卸している。その時は間に入っている領に荷物を卸すルートに乗せて、費用はカランドと各領で負担している。だが、それでも王家へは「献上品」という名目になっているため、王家の負担は一切無い。

 これが不可侵の条件だからだ。

 しかし王家が新たに要求してきたのは、ヴェディン布を含めた他国の装飾品。それも貴重な物ばかりな上に、かかる費用はカランドの負担というもの。

 恐らく、マリーシャ様の我が儘なのだろうけど、通るはずがない。もちろん丁重にお断りした。

 だけど今後同じような事、否、これ以上の事を、今度は「王命」としてやりかねない。

 そのため、領地を守る手段としてカランドの重役とも話し合い、国からの独立を決めた。


 そして、私はカランド王国初代女王に、アーヴィンはその王配となった。

 王命を拒否するどころか、逆に越権行為で訴える事のできる立場でもある。


 マリーシャ様は呆然としていたが、いち早く動いたのは、王と王族派の貴族達だった。


「私は独立を認めておらん! 無効だ!」

「そうだ! 領土の独立は議会での可決と王の承認がなければ……」

「領地の独立に関しては周辺五ヶ国全て(・・・・・・・)の承認を得れば、議会と国王の承認は不要となっています。カランド辺境伯領は五ヶ国全てとイグニシア帝国の承認を得ていますので、有効です」


 周辺国の承認は、高位貴族が国家として容易に独立しないようにこの国が定めた措置だ。周辺国は決定的な事が無いから表に出していないだけで、各々が水面下で対立している。あちらが是と言ったから、という理由で否という事は珍しくもない。

 特にこの国は他を見下している節があるから、敵が多い。

 領土が広いだけで秀でている何かがあるわけでもないのに。マリーシャ様が他国語を覚えようとしないのも、根拠の無い選民意識のせいだ。

 そのためこの国自体が良く思われておらず、国民も他国に行くと拒まれる事が多い。

 幸いカランド辺境伯領の民は昔から他国にも同等に丁寧に敬意を持って接していたため好印象だった。

 それでも他国同士の対立は覆す事はできず、外交にも影響は出ていた。


 しかしアーヴィンは、周辺国の言葉を覚え、風土や歴史も学び、荷を運ぶ平民にも敬って接し、その姿が五ヶ国の外交官だけでなく王族や皇族にまで気に入られた。

 そのおかげで五ヶ国全てから問題なく承認得て、更に閉鎖的だが大国であるイグニシア帝国も承認を出してくれた。


「報告が本日になったのは、大陸の機関から正式に認められたのが先月だったためです」


 国に申請できればすぐだったけれど、直接大陸の機関に送ったため少し時間がかかった。イグニシアの承認のおかげで二週間ほど短縮されたとはいえ、機関の承認を待っている間に「王命」でアーヴィンを連れていかれたらと思うと気が気じゃなかった。

 幸い、王家の方も準備(・・)に忙しかったらしい。

 承認されてからの一ヶ月間は国旗の作成や各国への報告の準備と、早めた結婚式の準備が重なって目まぐるしかったけれど、マリーシャ様の茶番劇(・・・)に間に合って本当に良かった。

 少しでも何かが遅かったら……王家の動きが早かったら……今頃はアーヴィンを奪われていた。


 もうすぐ大陸の機関からも発表され、この国と同等、あるいはそれ以上の国力を持つ国になったカランド王国が、新しく地図に加わる。

 いくら王といえど、撤回は間に合わない。


 その事実に王も、王族派の貴族も言葉を失う。

 理解していないのは、まだアーヴィンを欲しがっているマリーシャ様くらいだ。


「だ、だとしても! 子どもの父親はアーヴィンだし、王配なら別にランドルでも良いでしょう?!」

「この国では許されているのかもしれませんが、我が国では婚姻後に王配を正当な理由も無く(・・・・・・・・)交換する事は許されていません」

「偉そうに! 私は王女なのよ!」

「私はカランド王国女王です。現在の立場は国王と同等になります」


 遠回しに私の方が偉いのだと言っても、マリーシャ様には一切通じない。王も王族派も旗色が悪くなってきた現状に、不安を浮かべている。

 だけど、許さない。


「どうあってもマリーシャ様は偽りしか仰らないので、真実をはっきりさせましょう。大夜会の当日も前後も、アーヴィン様は私の側から離れていませんし、一人にもなっていません。私もアーヴィン様も一人で屋敷から出ていない事も証明できます」

カランドの使用人(身内)の証言など、いくらでも偽れるでしょう。証明にならないわ」


「いえ、私たちはカランド所有のゲストハウスではなく、商談も兼ねて、ティアラーク侯爵様の屋敷に泊めて頂いていました」


 ティアラーク侯爵。中立派の筆頭で、国内の交易を牛耳る商会のパトロンでもある。

 侯爵の屋敷は王都の郊外にあり、私とアーヴィンは夜会が終わってすぐにティアラーク侯爵と合流して彼らの馬車と一緒に移動し、小一時間ほどかけて到着した後は客間で過ごした。

 その間もティアラーク侯爵と夫人が同席して目録に目を通されて、話が盛り上がり、就寝したのはとっくに日付が変わって数時間経った頃だった。

 その次の日からはティアラーク侯爵邸を借りてカランドから運んできた品を卸す先の商会との契約に終日追われ、カランドに戻るまで外に一歩も出ていない。

 それはここにいる中立派、そして一部の王族派と貴族派が証言できるし、日付入りの契約書にもアーヴィン様直筆のサインが入っている。


「先程マリーシャ殿下は夜会の直後から一晩中(・・・)と仰っていました……おかしいですね。私と馬車の中で談笑し、私の自宅で深夜までお話しした方は間違いなくそこにいらっしゃるアーヴィン・カランド様です。マリーシャ殿下は一体どなた(・・・)と一晩お過ごしになったのでしょう?」


 はて、と小首を傾げるティアラーク侯爵を、悔しそうにマリーシャ様は睨むけど、反論は出てこない。

 当然だろう。だって、マリーシャ様にはその場しのぎの虚言しかないけど、こっちには証言も物証もある。マリーシャ様が反論すればするほど、信憑性も信用も無くなっていく。

 何か思い付いたような表情をしたから、私はとどめをさす準備をする。


「他の方の証言や、契約に使った書類もあるため、アーヴィン様が夜会の後でマリーシャ様にお会いする事も、その前後にお会いする事も不可能だったと断言できます。また、夜会開催日の前後一ヶ月も、私と共に独立の承認を求めて他国へ行っていましたし、それ以外でも一月以上姿を見なかった事が無いのは身内以外も証言もできるため、別の場所で密会していたという嘘も通じません。これは私に関しても同様です」


 なんて誤魔化すつもりだったか知らないけど、別の日だったと言い出す前に、潰す。

 ついでに私とランドル様が密会していたと言い出す前に、その可能性も、潰す。

 

 王都とカランドの間は、どんなに急いでも馬車で一ヶ月近くかかる。陸路のみで近道も無い。往復で二ヶ月。

 仮にどこかで落ち合うとしても、長い期間不在になっていれば周囲も気付く。

 マリーシャ様はいつも通り(・・・・・)城内で過ごしていた事は確認済みだ。……面倒だからと外交を親や側近に任せていたのが、却って外でアーヴィンと密会していない証明になった。

 ランドル様も同様に、婚約して以降ずっと城内にこもり、夜会以外で人前に出ていなかった事も確認している。

 これ以上マリーシャ様が子どもの親がアーヴィン様だと主張しても、愛し合っていると言っても、嘘の上塗りにしかならない。

 事実、さっきまで味方についていた王族派も沈黙しマリーシャ様を非難の目で見る。これ以上は何も言うなと。


 カランド王国が今後この国に与えるだろう恩恵と、カランドを敵に回してアーヴィンを得る利。天秤がどちらに傾くなど明らかだった。


「この場で虚偽であった事を認め、謝罪の無かった場合、マリーシャ王女を侮辱罪と虚偽罪で国際裁判に訴えます」


 だからといって私は容赦しない。更に釘を刺しておく。

 国際問題になりかねない言動である事を、いずれ女王になるかもしれない彼女に理解させるために。

 いつまでも王女気分でいられて困るのは、国民なのだから。








簡単時系列


去年の秋(10月) アーヴィンとリュシアが会う

今年の春(4月) アーヴィンとリュシアが婚約

   ~夏頃 アーヴィンが才能を発揮

       同時期に独立のために動き始める

今年の秋(10月) 王女と再会

        大陸の機関に独立の申請

今年の初冬(11月) 独立が認められる、結婚式

今年の冬(12月) 噂がばら蒔かれたので対決

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