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11 初めて王女と言葉を交わす仮置き令息




 マリーシャ様に付けるように頼んだ影は恐らく既に外されているだろう、とお義父さんは言う。

 詳しく聞けば、リュシアと婚約を結んだあの日から私がマリーシャ様に目を付けられていたのではと思い、お義父さんに相談していたという。


「ヴィー様は信じられないかもしれませんが、あの時私に微笑みかけたのを、殿下が物欲しそうに見ていました。愛らしく笑うヴィー様が欲しくなったのでしょうね」


 マリーシャ様に笑みを向けた事は一度しかなく、しかも醜いから二度と見せるなと怒られたのだが……。

 あれで? と首を傾げても、リュシアは私の笑顔を誉めるばかりだった。

 マリーシャ様の目に止まるより、リュシアに誉めてもらえる方が私は嬉しい。そう伝えれば真っ赤になって笑むから、私は更に幸せを感じる。




 そして当日。

 城に上がってすぐ謁見の間に通される。

 玉座には王、その隣に女王。後ろにマリーシャとランドルが宰相らと控えている。その他にも貴族派と王族派、そして中立派の筆頭にこの場の証人として来てもらった。

 挨拶が済み、本題に入る。


「まずは、殿下のご懐妊お喜び申し上げます。……しかし、そのと父親について虚偽の噂が出回っているため訂正させて頂くたく」

「その必要は無いわ。この子は間違いなく、アーヴィンとの子よ」


 マリーシャ様に初めて名を呼ばれたな、と思い顔を上げると、にぃ、と満足そうな笑みと目が合った

 ……隣のリュシアから感じる気配が少し剣呑になる。

 私とリュシアが黙ったのを好都合だと、マリーシャ様は芝居がかったような様子で言葉を続ける。


「大夜会の日、終わってすぐに(・・・・・・・)以前ここであなたが使っていた(・・・・・・・・・)部屋で一晩中愛し合ったのに。酔っていたとはいえ覚えていないなんて、ひどいわアーヴィン」

「覚えていないのではなく、そのような事実はございません」

「っ、嘘おっしゃい!」


 今までマリーシャ様に対して否定を口にした事が無かったからか、いつもにようの、私を怒鳴り付ける。

 それに同調するのは、マリーシャ様を讃えるだけしかしていなかった何も知らない王族派だけだ。他は、恐らく始めて目の当たりにする怒鳴るマリーシャ様を怪訝そうに見上げる。


 以前の私なら、今頃は逆らうのも面倒で、嘘や理不尽だとわかっていても飲み込んで頷いていただろう。

 だが、今は違う。

 隣に心から愛し合うリュシアがいるだけで、例え周囲が敵ばかりだったとしても、私は強くなれる。


「私が使っていた部屋、と仰いましたが、城のどこの事でしょう」

「ど、どこって、私の婚約者(・・・・・)なのだから、私の部屋がある棟(・・・・・・・・)一等客室(・・・・)に決まっているでしょう」

「……私がここを出た日の夜にも部屋を訪ねたと聞きましたが、そちら(・・・)に?」

「当たり前でしょう! なんなのよ! い、いつもあの部屋で会っていたじゃない!」

「忘れたもなにも、仮置きの私に与えられた部屋は、下位貴族が宿泊する(・・・・・・・・・)棟の、格の一番低い客室(・・・・・・・・)でした。仮置きなどに、そのような過ぎた待遇をして頂いた事は一度も(・・・)ありません。そもそも、殿下の部屋からは一番遠い場所だったので、訪ねられた事もお招きした事も一度もありませんでした」


 そう。

 マリーシャ様が「決まっている」と言ったように、カランドでは私の部屋はリュシアの部屋の近くだ。

 だが、城で頂いた私の部屋は、お義父さんから聞いて知ったのだが、マリーシャ様の部屋から一番遠い場所だった。


 マリーシャ様は顔を怒りで赤く染めて黙り込んだ。

 ……まあ、その部屋も使っていなかったのだけど。今は必要そうではないから、言わないが。


「あ、そ、そうだわ、思い出したわ! 最初に私は、貴方が使うはずだった部屋だと言ったの! そしたら『仮置きだったから、こんないい部屋をもらえなかったのか』と拗ねたと思ったら、こんな大勢の前で言うなんて……そんな恥ずかしい事しなくたっていいじゃない。ね?」


 顔色が戻ったと思うと、然り気無く私の我が儘にしようとする。

 根回しをしたのか、すっかりマリーシャ様を信じている王族派からの視線が私に冷たく刺さってくるが、マリーシャ様にはそのまま墓穴を掘っていて欲しい。


「マリーシャ殿下、使ったのは殿下の婚約者の部屋という事は、現在はランドル様のお部屋(・・・・・・・・・)という事になると思うのですが……まさかランドル様が使用されている部屋で……という事はありますまい。もしや真実の愛で結ばれた婚約者でしたが、現在は別のお部屋にいらっしゃるのですか?」


 貴族派からの質問だった。

 王女の部屋がある棟の一等客室以外に、王女の婚約者に相応しい部屋はない。

 そこから移されたという事は……。

 マリーシャ様は待っていたと言わんばかりに頷く。


「ええ、ええ、そうなの。ランドルったら、そこにいるリュシア・カランド辺境伯令嬢に以前から思いを寄せていたそうよ。でも、私との約束があるからと、秘していたの。でも思い合う(・・・・)者同士が一緒にいる方が幸せだと思って、私の婚約者から下ろしたの。ねえ、皆もそう思うわよね? 愛し合う同士一緒にいる方がいいわよね?」

「失礼ながら、殿下。それではまるでその方を私がお慕いしている(・・・・・・・・・)ように聞こえます」


 リュシアが否定する。

 一度もランドル様に視線を向けていないのに、ランドル様の方はずっとリュシアを熱のこもった目で見つめている。


「あらぁ、そうでしょう? 後々交換するって、大夜会の挨拶の時にこっそり私に言ったじゃない」


 なるほど。

 マリーシャ様とランドル様は婚約したが、婚約できるまで待っていた間にランドル様はリュシアと「思い合って」いた。そしてマリーシャ様が私と「よりを戻した」ため、私とランドル様を交換しようとなった、という筋書きか。

 子の父親ではないランドル様の立場が現在どうなっているか分からなかったが、恐らく利害が一致したのだろう。


「私がその方と思い合っている事実も、殿下にアーヴィン様を返すと言った事実もございません」

「あら、こんな大勢の前で秘密を話してしまったから照れているの? 貴方学校では『男性を侍らせるような、はしたない令嬢』だと噂されていたそうから、このくらい(・・・・・)は大丈夫だと思ったのよ」


 カランド辺境伯家唯一の令嬢の伴侶を狙う令息。彼女自身に母性を見出だし求める令息。それらが常に周囲にいたリュシアを、他の令嬢が軽蔑していた事。

 欠片も望んでもいないどころか拒絶したのに、相手が勝手に行った婚約破棄をリュシアがさせたと広まる噂。更に体型を嘲笑われ既に純潔ではないのでは、とまで影で囁かれた事。

 そして、それが社交界で今でも僅かに囁かれている事。

 全て、リュシアが自ら打ち明けてくれたため、私は知っている。

 そして、リュシアが噂されるような『はしたない令嬢』ではない事も、ちゃんと分かっている。その事をリュシアにも伝えているから、彼女も私が信じている事を分かっている。


 だがマリーシャ様は、わざと持ち出してきてリュシアを貶めようとしている。実際、その噂を信じているらしい貴族達が失笑し、リュシアをそういう目(・・・・・)で見下す。

 ……その中にはリュシアに対して不埒な事を考えたらしい視線も混ざっていた。私は位置を少しずれて、その視線からリュシアを守る。

 リュシアにはその意図が通じたが、マリーシャ様には私が引いたように見えたらしく、満足そうな笑みを浮かべた。


「だからこそ、今後のためにもここではっきりさせた方が良いと思うの! 貴方とラ」


「ええそうですね! はっきりさせましょう! 私リュシア・カランドとアーヴィン・カランド(・・・・)は永遠を誓った、愛し合う夫婦だと、ここにご報告致します!」


 マリーシャ様の言葉を遮り、高々にリュシアが宣言する。


 先月末、私とリュシアは一足先に籍を入れた。

 本来であれば来年春の結婚式当日に神父と招待客の前で婚姻届にサインを入れ籍を入れるのがこの国の習わしだが、事情を説明して了承を得て、神父に同席してもらい手続きを済ませている。


 そしてこの国での離縁条件は『二年以上性交の無い夫婦』または『どちらかが失踪または死亡し、一年以上経った場合』または『どちらかが一方の生命を脅かす危険があると判断された場合』である。

 一つ目は、所謂『白い結婚』というやつだ。

 二つ目は、貴族は血筋を残さなければならないため、事故または事件で伴侶を失った場合に得る権利だ。多くは一年後に失踪届から仮の死亡届に変えて再婚する。

 もちろん中には伴侶を思って籍を外さない者もいるが。

 三つ目は、暴力等によって殺される危険がある、または尊厳を奪い精神的に病んだ場合に得る権利だ。この場合のみ、第三者である調査機関の判断と神父の権限によって被害者側の了承のみで離縁させる事ができる。


 私とリュシアは籍を入れた日に初夜を迎えたため、白い結婚は成り立たない。

 二つ目は、マリーシャ様が私を、ランドル様がどうやらリュシアを求めているため、殺害される可能性は低い。監禁される危険はあるが、今の私たちの立場(・・・・・・・)では国際問題になる。もちろんマリーシャ様側の責任で。

 三つ目は、時間があれば捏造させる可能性もあるが、今この場で王族側が証明する事は難しいだろう。


 正攻法で私たちをこの場で離縁させる事はできない。

 だが、その他にも離縁させる方法はある。


 手詰まりになったらしいマリーシャ様が助けを求めるように振り向いた先、王が動く。


「その婚姻を無効とし、リュシア・カランドの婚約者にランドル・ルベルクを、アーヴィン・エイジア(・・・・)をマリーシャの婚約者にする。これは王命である」


 そう、王命。

 私とリュシアの婚約も「王命」だったが、命令した王本人が撤回してしまえば無効にもなる。

 私達の準備が終わるまで、一番警戒していた事でもあった。




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