10 所々緩い公爵令息の自己中心的な独白
私は、ランドル・ルベルク。
この国の公爵家次男で、王女マリーシャの婚約者。
私の父は宰相を勤めていたため、二つ上の兄と一緒に何度か城に上がった事があった。
兄は恐らく宰相になった時のため。
私は、年の近いマリーシャの婚約者になれば、という打算で。
いつも父に「マリーシャ様の機嫌を損ねないように」と言われていたから、そうしていた。私は特に思ってなかったけど、髪が光のようだねと言ってみたり、目が宝石みたいだねと言ってみたり。
マリーシャは単純で容姿を褒めた者、特に見目の良い男を気に入る。
まだ幼いのに男好きなのか、という残念な印象しかなかったが、簡単に取り入れられるのは有り難かった。
母譲りの顔つきが気に入られて私はマリーシャの一番の「お気に入り」になれたその矢先、両親が事故で亡くなった。
喪が明けて叔父が一時的に公爵を継いだが、その際に王族派筆頭だった我が家が、貴族派に変わった。
私は、マリーシャに媚びなくてよくなるな、と嬉しく思ったのに、兄が変な気をきかせて「公爵を継いだら王族派に戻るから安心しろ」と言い出した。
気は進まなかったが、貴族派の女はマリーシャと敵対していて巻き込まれては面倒だし、王配になれるなら良いか、と思い直してお礼を言っておいた。
私が婚約者に戻るまでの仮置きとして一つ上のアーヴィン・エイジア伯爵令息が選ばれたが、やはり嬉しくなさそうだった。
まあ、当然だろう。
マリーシャは見た目は良いが、中身は横暴で我が儘で気が強い。ただの暴君だ。
気に入られたなら幾分か待遇は良くなるだろうけど、マリーシャの好みとは逆のエイジア先輩では無理だろう。実際に見た訳じゃないが、城内でかなり冷遇されていると聞いた。
そんな事より、私の今後についてに問題があった。
私はマリーシャの婚約者として取り置きされているため、婚約者も恋人も作る事ができない。
兄が公爵を継げばマリーシャの婚約者に戻るが、もし兄が継げなかった時は?
恐らく話は立ち消えて、マリーシャも私も新しい婚約者を探さなければならなくなる。マリーシャは王女だからいいだろうが、私は年齢によっては見合う女性がいない場合がある。
なので保険として、私は王族派か中立派の令嬢数名と懇意になった。
もちろん令嬢達も私の事情を知って快く協力してくれた。……マリーシャは貴族派だけではなく、王族派や中立派からもよく思われていないらしい。
結果的に兄は公爵を継ぎ、叔父を追い出して、私はマリーシャの婚約者に戻ってしまった。
協力してくれた令嬢たちも人妻になってしまい、さすがに憚られていたところだったから、まあ良いのだが。
少し惜しかったのが、アーヴィン先輩が、私が目をつけていたリュシア・カランドと婚約した事だ。
カランド嬢は「辺境の寵花」と呼ばれていて、カランドの血筋唯一の女児で、一族からも領民からも愛されている令嬢だ。
更に、国防の要でもあり、他国との交易が盛んでもあるカランド辺境伯領を治めるカランド家の嫡子。学生時代は常に婿の座を狙う令息達に囲まれていたという。
そんな彼女を妬んだ令嬢達が茶髪と黄色い目を揶揄って「枯れ葉」と呼んでいるが、そんなのはどうだっていい。
彼女は、実に素晴らしい。
抱き締めると柔らかく心地よさそうな体、ドレスから溢れんばかりの豊満な胸、そして聖母のような笑み。
マリーシャとは違い、全てを受け入れて包み込んでくれるような慈愛が溢れている、母性を具現化したかのような女性だ。
婿の座を狙う者以外にも、彼女に癒されたいと近付く者もいたと聞く。
在学中や卒業後も多くの令息が交際を申し込んだり釣書を送ったというが、リュシア嬢は誰にも頷かなかったという。
そのリュシア嬢が、自らアーヴィン先輩を婚約者に選んだ。
秋の大夜会で具合を悪くしたリュシア嬢に気付いたアーヴィン先輩が話しかけてハンカチを貸したことがきっかけだというが、その程度で落ちるほど彼女は純情だったらしい。
当時私もリュシア嬢の様子に気付いていたが、終始くっついていた貴族派の令嬢が邪魔で近付けず、やむ無く休憩室を用意するよう人を使って伝えるに留めたのだが、失敗だった。
令嬢を振り切ってでもリュシア嬢に話しかけていれば、今頃彼女の胸に顔を埋めて癒されるのは私だったのに……。
そう強く後悔しているのも、マリーシャの婚約者になったからだ。
王配教育は面倒だし、マリーシャは自分の仕事を「婚約者なのだから」という意味不明な理由で私に押し付けようとしてくる。
忙しいと返せば癇癪を起こして、王配教育などアーヴィン先輩でも終わる程度のものなのにと、アーヴィン先輩よりも劣っていると罵る。加減もせず服で隠れる部分を物で打ってくる。
更に言えば、婚姻前だからとマリーシャとの行為は許されていない。
なのに、マリーシャは私以外の男と行為に耽っている。
しかも驚く事に、王がそれを把握している。
王が何も言わないのは、マリーシャが避妊をしているからだ。子ができなければ、黙っていれば純潔ではないと知られないと思っているようだ。溺愛にもほどがある。
私は、精神的にも肉体的にも、限界だった。
私は専属のメイドを自室に連れ込むようになった。彼女は私が協力を頼んでいた令嬢の妹で、一目惚れした私のために、嫁いだ姉の代わりを勤めようとメイドとして城に上がり私の専属になったという、健気な子だ。
私を慰めるためにと彼女は様々なやり方を学んで、毎晩私を悦ばせてくれた。
その夜も彼女は、王女に怒られると口だけで抵抗し、腰を振る私を受け入れてくれていた。いつもは外に出していたが、前戯から盛り上がってしまい理性が吹き飛んでいた。
彼女の中に放った瞬間、それを狙っていたかのように、知らぬ間に私に付けられていた影に引き剥がされた。
その後、裸のままの私とメイドは王とマリーシャの前に引き出され、尋問が始まった。
だが「尋問」とは名ばかりで、私とメイドの言い分は許されぬまま、影の報告と彼女の股に流れ落ちた私のものが決定的な不貞の証拠とされて、彼女は処罰を与えるからと女騎士に連れていかれた。
これで終わりか、とどこか肩の荷が下りたような気持ちで覚悟を決めた私に、二人が囁いた。
不問にされたいなら、協力しろと。
聞けば、マリーシャはアーヴィン先輩を手元に戻したいと言う。カランド辺境伯領で活躍している上に、先日の大夜会で再会し変わった姿を見て、欲しくなったそうだ。
私にはもう関係ないから罰してくれと言っても、不問にしてやるから言う事を聞けと食い下がる。面倒になって「ならアーヴィンの代わりにリュシア嬢の婚約者にしてくれ」と言ったら、二つ返事でマリーシャも王も頷いた。
私は、マリーシャから離れられるうえにリュシア嬢を手に入れられる好機を、手放しで喜び、マリーシャの計画に協力する約束をした。
先日、私の専属メイドが一人解雇され、紹介状無しに放逐されたと聞いたが、顔も思い出せないくらい、どうでもいい事だ。
所々……主に下半身が。




