一息つく間もなく
ユフィリアさん、若干お怒り
一見したヨルハの姿は、ソファでリラックスしているように見えるだろう。妻を愛で、ソファに身を預けている。
だが、ヨルハの警戒は微塵も解けていない。しっかりとユフィリアの腰を抱きつつ、神経を研ぎ澄ませた。
鋭敏な聴覚を駆使して、ソービがどこにいるかを確認する。突き止めたはいいが、少しトラブルになっていることに気づく。
ソービがお茶の準備をしてティーワゴンと共に運ぼうとしているのを、元からいたメーダイルのメイドたちが横取りしようとしているのだ。
ソービは一人だが、取り囲んでいるメイドは五人いる。その周囲で聞き耳を立てているのはもっといる。
「ねえ、ヨルハ様はおいくつ? 皇后以外の妃は何人いるの?」
「ユフィリア様……皇后陛下は番だぞ! 他の妃なんているわけないだろ!」
「えーっ! いないの!? 愛人も? ほら、寵姫とか公妾とか!」
「ちょーき? こーしょー? とにかくヨルハさ……皇帝陛下は皇后陛下一筋だから、余計なことするなよ!」
ソービの口は悪いが、言っていることは正しい。
メイドたちが前後左右でティーワゴンを押さえていて、進めないこともあって苛立っているのだろう。お湯は冷めるし、主人たちを待たせている。
取り囲んでいるメイドたちは人間の女だ。力づくで排除するのはた容易いが、ソービの理性はぎりぎり持ちこたえている。
(外交官の質も劣悪なら、メイドの質も糞だな)
ソービの奮闘を聞きながら、ヨルハは内心で毒づく。ユフィリアには聞かせられない言葉選びだが、口に出さなければセーフである。
ヨルハはこの城の違和感に気づいていた。動物が極端に少ない。格の高い獣人たちは、近しい動物を眷属のように扱える。ヨルハの場合、鳥ならば意識や五感を共有することができるのだが、できそうな鳥類がほとんどいないのだ。
ヨルハが御せないのではなく、その鳥の絶対数自体が少ない。
城の外に広がる城下町には雀や烏、鳩などいる。流石に大型猛禽類はいないけれど、小回りが利きそうな小型から中型の鳥が揃っているのに、城壁を挟むとほぼいない。
王宮ならば愛玩用のカナリアやオウムくらいいそうなのに、それすら気配がない。明らかに、周辺から鳥類が排斥されている。
(……鳥を使わなくても、離宮くらいなら自分の耳で足りるな)
不快な雑音が多いが我慢できる。欲で濁った囀りばかりだ。
メイドとソービの言い争いはまだ続いている。困っているソービに手を出すべきかと考える。ユフィリアの白魚の手を握りながら悩んでいると、メイドたちの黄色い声が一気に悲鳴に変わった。
「きゃああ! 何コイツ!」
「気持ち悪い肌! 蛇!? トカゲ!?」
「魔物じゃない! 兵士はどこ行ったの!? 騎士が逃げてんじゃないわよ!」
大騒ぎするメイドたちの声にだいぶかき消されているが、暢気というか安堵したソービの声も聞こえる。
「あ、トウダ。……って、お前ら一気に逃げやがって、失礼だな。鱗の肌っていけてんじゃん」
後半は呆れ気味のソービ。どうしてメイドが怖がるのが理解できないのだ。
メーダイルの国民は、獣人を忌避する思考が染みついている。見慣れない獣人特有の肌質をしたトウダが恐ろしいのか、蜘蛛の子を散らすように走って行った。メイドも護衛の兵士や騎士も散り散りに逃げていく。
トウダはずっと黙っているが、足音から察するにソービの傍に行ったようだ。
「手伝う」
「ありがと。お湯が冷める前に行かなきゃな」
表情は分らないがソービの声はだいぶ和らいでいる。ちゃんとお湯が適温のうちに用意できると、安心しているのだ。
(ミオンたちは近くで護衛しているな。クルトは?)
彼の良く響く声を拾うのは簡単だった。ずいぶん遠くにいる。
来賓たちは馬車で来る者が多く、馬車を運んできた馬たちのいる厩舎にいた。午から情報収集をしているようだ。理由は察せられる。メーダイルの者は獣人と察すると逃げていく者が多く、捕まえても口は重いか侮蔑ばかりで収穫が薄い。
それなら道中で喋っていた内容を馬から聞き出すほうが早いのだろう。
馬が賢いと言っても、明細にまでは難しい。断片的情報でも繋ぎ合わせればこそ、真実が浮かび上がってくる。
クルトは機転が利く。厩舎に来た人たちにも人懐こく陽気に接して、本当の目的を悟られないように振る舞っている。
(……意外と真面目にやってるな)
正直一人くらいサボっているのではないかと疑っていたヨルハだった。
ソービが淹れてくれたお茶で一息ついていると、来客の知らせが来た。相手はメーダイルの皇帝夫妻だ。先触れではなく、こちらに到着しているとのことだ。
普通、高貴な立場は先触れありきだ。余程の緊急事態や、親しい仲でなければ突然の訪問は歓迎されない。
「客間でお待ちいただいておりますので、ご支度を整えてご挨拶を」
離宮に配置されていたメイドが急かしてくる。彼女は離宮のメイドを総括しているメイド頭だ。四十代半ばの女性で、背の高く女性にしては角ばった強面の顔立ちだ。
使用人としての経歴は長いは、板についた仕事ぶりでわかる。それがゼイングロウ皇帝夫妻への対応として正しいとは思えないが。
ここまであからさまに暗黙の了解や、当然の礼節を無視してくるといっそ滑稽だ。訪問客もそうだが、メイド如きがゼイングロウの皇帝夫妻に命令している。
「先触れもなく来るくらいなのだから、相当な急ぎの要件なのだろう? 入れ違いになるのも失礼だし、彼らをこちらに案内してくれ。その間に、我々は迎える用意をしよう」
ヨルハは鷹揚な態度で促すが、メイドは強張った。
彼女としてはゼイングロウ皇帝夫妻から訪問し、段取りを無視したメーダイル皇帝夫妻を歓待すると言う図を作りたかったのだろう。
実に下らない。そして、それを許容しているメーダイル皇帝夫妻も同罪だ。
ユフィリアは優美な笑みを湛えつつ、その紫がかった空色の瞳は冷ややかだ。彼女もまた、ヨルハと同じようにこの無礼三昧を理解している。ヨルハの意趣返しを止めようともしない。
「まあ、それが良いですわ。ソービ、お客様のお茶を用意して。折角ですから……そうね、ほら、波模様の茶筒の茶葉なんて良いと思うの」
無邪気なほど明るい声で、ユフィリアが歓待の用意をするよう侍女に指示を出す。
ユフィリアはにこにこと朗らかにしているが、ヨルハはその奥に仄暗く燻る怒りを感じ取っていた。
「すぐにご用意を」
ソービはすーっと足音もなく移動する。
メイド頭はヨルハたちを説得するべきか、ソービを止めるべきかとあたふたと迷っている。その間にもソービの姿は消えて、ユフィリアは軽く化粧と衣装を直しに行ってしまった。
結局、メイド頭はしぶしぶメーダイルの皇帝夫妻を呼びに行くことにしたようだ。
ソービが用意したティーワゴンには
「俺、そのお茶は初めて飲むかも」
「とても美味しいですのよ? 渋みと甘みのバランスが良く、とてもまろやかで……一番合うのはお茶漬けですけど」
後半の声は、少しだけ落とされていた。耳の良い獣人以外は聞こえなかっただろう。
ゼイングロウの西の地方ではお茶漬けはぶぶ漬けとも呼ばれ、それを出されるのは『とっとと帰れボケナスが』的な意味がある。
主にある程度格式のある飲食店で使われる、古くからの言葉無きメッセージだ。
ヨルハはそちらの地方出身ではないが、文化として当然知っている。
皇后としては若いだろうユフィリアがわざわざ指示して出させたお茶は、歓待とは真逆の意味だ。
ユフィリアにしては好戦的なチョイスだが、メーダイル側の言動を考えれば穏便な反応である。
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