支える者たちの気苦労
十二支族の族長はそれなりに持ちつ持たれつやっています。
水上に浮かぶように建設された朱金城は、今日も忙しく人々が働いている。
結婚式は無事に終わり、美しい皇帝夫妻を国民たちは祝福した。来賓たちからの評判も上々で、ユフィリアの選んだ引き出物も好評だ。ギフトカタログから選ぶ手法が新しく、自分の好みで選択できるのが良かった。
中には欲しいものが多すぎてカタログから選びきれず、別口で購入されることもあった。
カタログに載っている時点で、皇后お墨付きの逸品なので品質は保証されている。
「まったく! ろくに話せなかった! 神獣の番様だぞ!? いつぶりだ!? ずーっとヨルハの奴が番に張り付いて、殺気を飛ばしまくって……っ! こちらは見ていてはらはらしたぞ!」
卓をバシバシと叩きながら叫ぶのは虎の一族の長だ。
不満を駄々漏らせている通り、ユフィリアには最低限の挨拶しかできなかった。彼女だけでなく、他の族長も似たようなものである。
この会議は十二支族の長たちが集まる、定例の報告会だ。だが、酉の一族の長の席にいるのはヒオウである。正しくは次席だが、皇帝であるヨルハの代理をしている。
「結婚した程度じゃ落ち着かんだろう。あと数年して子供でも出来たらマシになるんじゃないか?」
「格が高いと特に独占欲が強くなるからのう」
コクランとシンラ。高位の格を有す番持ちの二人が言うと、周囲はげんなりする。
獣人たちの中でも、番への執着心の強さは分かっている。そんな理解のある獣人たちの間ですら、ヨルハの執着心は一段と際立っていた。
絶望的に説得力がある。
「私は心配だ。ヨルハの坊やが番様を束縛しすぎて逃げられたらどうするんだ。たまーにいるだろう」
虎の長の言葉に皆が顔色を青くする。獣人にとって番を失うというのは、地獄そのものだ。
ヨルハは皇帝だ。そのカリスマから信者のごとく心酔する者も多い。そんな国のトップが最愛から逃げられるなんて、醜聞なんてものじゃ済まされない。
当人も大変だが、周囲への影響力も凄まじい。
「ヨルハは番様に甘いから大丈夫じゃろう。精霊の木のテリトリー内であれば自由にできているご様子。番様もそんなヨルハを悪からず思っておる」
ヨルハとユフィリアは結婚式から始まったお祭り騒ぎが終わってから、ずっと朱金城に来ていない。
たまにヨルハだけはふらりとやってきて、最低限の仕事だけをして戻っていく。その見極めがまた的確で、憎らしいほどだ。
一分一秒たりとも蜜月を邪魔されたくないのだろう。
「あ、ちなみにリス妖精からの情報提供なので間違いないですよー」
ゲットがぱっちりウィンクをして、他の長たちに補足する。
パッと見はキューティーバニーなのだが、中身が立派な中年銭ゲバ兎だと知っているので、素直に可愛いと思えない。
つい先日も「いっやー! いいですよ! ギフトカタログ! 来賓の好みの傾向がモロ分かりですからねぇ! 皇室御用達とあればブランド力ついてガッポリです!」と瞳に銭を張りつかせたように輝かせていた。
しかも、孫の窮地に便乗して、しっかりとユフィリアとパイプを持つことに成功した。シンラやコクランに続き、ユフィリアと交友関係を築き、頭が一つ抜きんでたのだ。その余裕が腹立たしい。
「で、お前の一族の問題にカタはついたのか?」
「ええ、問題なく。ユフィリア様からいただいたお薬のお陰で、皆が回復しましたよ。……おかげで隠しておいた私の秘蔵酒が祝いの騒動でいくつも開けられましたが」
コクランの言葉に、最初はしみじみと安堵を噛みしめていたゲットだが、後半は遠い目をしている。
実は当主や酒類コレクターの間ではよくあることだ。隠していたはずのお酒が、嗅ぎつけられて飲み干されてしまう。普段はそんなことはしない人も、祝賀ムードやお祭り騒ぎにあてられたり、アルコール漬けになった頭でまともな判断力が抜け落ちたりする。
「まあ、それはいい。酒が飲めるほど元気が戻るのはいいことだ。で、問題はヨルハの言っていたメーダイルの連中だ。またちょっかいを出してきやがった。
俺たち獣人は強いからいいが、番は弱い人間がほとんど。自然と狙われやすくなる」
大国の結婚式を見に、国の内外から観光客がやってきた。その中に紛れ込んでいた悪意ある者たち。
貪欲なヒヨウはその強欲さを見抜かれ、いいように使われたようなもの。
ヒヨウを唆した連中も、その命令をした主にも報復をした。だが、これは氷山の一角に過ぎない。
メーダイルにはもっと多くの悪意が存在している。
「戦争はまだないだろうが、これから暗殺者は増えるはずだ。十二支族にすりよってくる連中も出てくるだろう。くれぐれも手先を入れないように各自注意してくれ」
獣人の序列二位のコクランの言葉に、長たちも無言の肯定をする。
メーダイルがゼイングロウを目の敵にするのは昨日今日の話じゃない。何百年と続いたいがみ合いと軋轢だ。
こちらを本気で潰す気なら、周辺国を巻き込んで邪悪な亜人どもを討伐する聖戦であるくらいの大口を叩いて鼓舞するはずだ。
番を誘拐した――だが、殺害に至っていない。そもそも裏で糸を引いていたのはメーダイルの貴族だが、主導していたのはヒヨウであるのは変わりがない。メーダイルがいなくても、ヒヨウはフウカを妃にするためなら凶行に及んだだろう。
なので、この誘拐はメーダイルからしてみればお遊びで、嫌がらせレベル。
コクランたちにしてみれば「あーまたか」「鬱陶しい陰険野郎どもだな」であるが、生粋の深窓令嬢のユフィリアにとっては恐ろしいはずだ。
今回の十二支族の長たちを集めて会議をしたのは、ヒヨウの二の轍を踏むなという注意喚起でもある。
「しくじったらブチ切れヨルハとゼイン山脈の奥深くまで、楽しい空中遊泳に強制参加になるからな」
とばっちりはごめんとばかりに、コクランが念押しするように言った。
絶対楽しくないドライブだ。
白い山々を遥か下に眺めながら、氷の礫が横殴りに吹き荒れる中、豪速で移動するヨルハに振り回されるのが目に浮かぶ。
想像だけで寒気がする。
「運が良ければ峡谷に落とされる程度で済むかもしれんが、そうじゃなければ魔物の巣に投げ入れかねんからのう」
のほほんと茶を啜りながら追撃するシンラ。
武闘派からは程遠い卯や子の一族の長が顔を青くしている。彼らは危機管理能力が高いし、報連相ができているから間違いは起こりにくい。
シンラとコクランも、番を迎い入れた時はメーダイルから嫌がらせをされた。
番を迎えた獣人は浮かれハッピーフルスロットルになり、水を得た魚のごとく溌剌とすることが多い。
浮かれポンチに気力体力が無限に湧き上がっているのはヨルハも同じだろう。
あんなに表情豊かなヨルハなど、赤子の時以来見たことがない。物心がついた時から、冷淡な性格だったのに、ユフィリアを前には常に笑顔が大盤振る舞いである。
その笑顔が甘いこと甘いこと。
ユフィリアの前で、小鳥か雛のように可愛らしい振る舞いすらしている。中身は完全な猛禽類なのに。
「と言うより、なんでメーダイルは懲りないんですかね? うちの国に何度戦争吹っ掛けて負けて賠償金払って和平を結んでいると思っているのでしょうか」
「聞くな。あいつらは気に食わない獣人が自分たちより強いとか勝っているとか考えたくもないんだろう」
だが、現実を見て欲しい。
定期的に付き合わされるゼイングロウにとっては迷惑千万である。
こちらは番フィーバーに沸いているヨルハの相手で大忙しなのだ。
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