求婚RTA
もうすぐ春ですね。
アリスに邪魔をされず身なりを整えたユフィリアは非常に美しかった。
麗しい令嬢に見慣れている王宮の騎士ですら、一瞬見惚れて目で追ってしまうほどだ。
美しく艶のある白のタフタドレスは、襟元や胸元、裾の部分に刺繍が施されている。特にスカートのドレープラインが美しく、ユフィリアの動きに合わせて刺繡と一緒に縫いつけられたビジューやビーズが煌めいている。
白銀の髪はハーフアップに結われ、後頭部の高い位置で青いリボンとともに編み込まれており、白銀の華奢で小ぶりなイヤリングと、ネックレスについた宝石が同じ青である。
生地の良さ押し出すドレスで、アクセサリー類も小さい。大きな宝石なんて一つもないが、楚々と美しいユフィリアにとてもよく似合っている。
(お店の人には感謝だわ。流行りにはあまり敏感ではないから)
馬車の外に出た瞬間に突き刺さる、城の人々の視線。
その視線は羨望や好意の眼差しが大半だ。ユフィリアの服装は城の格式に合っていると安堵する。
以前、過剰に飾り立てたアリスが苦言を呈されたこともある。
貧相すぎても家に悪評が立つし、派手過ぎても顰蹙を買う。
ドレスコードはその家の財力誇示と相手と催しに合わせた品格を求められる。
貴族の子供たちは社交を重ね、肌と空気でその感覚を養うものだが、ユフィリアは圧倒的にその機会が少なかった。
学生のユフィリアは、当然学校に通っている。ミストルティン国立学園は制服が基本で、ドレスを見る機会はほとんどない。
ドレスを着るのは社交場が基本。アリスとかち合うとその催しが台無しになってしまう。自然とユフィリアの足が遠のき、他の令嬢のドレスを見る機会が減っていった。
それなら店で見るのもありだが、買う気のないのに何度も冷やかせない。そんな無駄なことをするなら、本の一冊でも読みたいユフィリアである。
王宮を案内されるままについていくユフィリアだが、徐々に困惑していった。
かなり王宮の奥――それこそ滅多に入れない場所に向かっている気がする。
表情は涼しげに取り繕っていたが、内心は落ち着かなかった。
やがて辿り着いたのは、美しい庭園だった。瑞々しい緑の芝生に、綺麗に刈り込まれて管理された灌木。花壇や生垣は庭師の力量が窺えるバランスで、彩り豊かな花が咲いている。
モザイクタイルで模様が描かれた石畳の先に、白いガゼボ。
そこには誰か――おそらく体格からして男性がいる。
(今日は王妃殿下のお呼出と聞いたけれど、あの方は?)
高い身分なのは遠目から見ても分る。何せ、その身なりがとびきり良かったから。豪華絢爛な煌びやかさはないが、纏っている絹の鮮やかなこと。輝きが違う。
背中しか見えないから、誰とは判断がつかない。
「時間通りね。突然呼び出して驚いたでしょう」
ユフィリアが困惑していたところ、背後から声を掛けられる。
飛び上がりはしなかったけれど、かなりびっくりした。後ろを振り向けば、ミストルティンの王妃バーバラがにこやかに立っていた。
齢五十に差し掛かるはずが三十代で通じる若々しい美貌に、優美でありながら貫禄のある笑みを浮かべていた。
「とんでもございません、バーバラ王妃殿下。お招きありがとう存じます。ハルモニア伯爵家長女、ユフィリア・フォン・ハルモニアでございます」
優美にスカートの裾をつまみ、頭と腰を下げる。
ユフィリアの見本のように美しい淑女のお辞儀に満足そうに頷くバーバラ。声も落ち着きながらも聞き取りやすく、柔らかな声音である。
(本当にもったいない。何でハルモニアの当主はこんな優秀な子を捨て置くのかしら)
バーバラの脳裏にアリスの蛮行についてへらへら笑いながら弁明するイアンの姿が過る。
できることなら、ユフィリアを自分の侍女として召し上げたいくらいだ。
ユフィリアは若年にして二級錬金術師である。薬学知識のある侍女は色々とありがたい。彼女自身も慎ましく勤勉な人柄と聞いている。
「顔を上げなさい。実はね、今日はお茶会やサロンではないの。貴女に紹介したいお方がいるのよ」
だが、今回のバーバラの役目は仲介者。ここ数週間ずっと宮殿を騒がせていたゼイングロウの貴人と彼女の仲を取り持つこと。
距離があるのにガゼボから急かすオーラが飛んできている。
何も事情を知らないユフィリアはかなり困惑しているだろう。だが、それを表情に出すことない。
「妃殿下にご紹介いただけるなんて、なんて光栄でしょう。よろしくお願いいたします」
ユフィリアはその美貌に笑みを浮かべ、淑やかに頷いた。ゆっくりであっても遅くはなく、控えめであっても分りづらくない。
バーバラは鷹揚な笑みを返しながらもドレスに隠れて扇を握りしめる。
ユフィリアの言葉でゼイングロウの貴人――ヨルハのミストルティン王家への心証は飛び出す間欠泉の勢いでブチ上がったのが分かる。
彼らは耳が良い――この距離でも会話は筒抜けだ。
(本当にもったいない! どうしてこの才女をあんな盆暗三男に嫁がせようとしてたの!?)
ユフィリアの器量であれば公爵家の三男ではなく、嫡男が狙える。何なら王族だって夢ではなかっただろう。
だが、若くして結婚し子宝にもすぐ恵まれたバーバラの息子たちとは年齢差がある。
しかも、彼女は酉の族長に見初められた。
今代のゼイングロウのトップ――つまり王や皇帝に値する立場に輿入れする。
バーバラの使命はその繋ぎだ。この国のファーストレディという立場を使い、婚姻を渋られた時に頷かせる。婚約者と実家はすでにクリア済みなので、あとはユフィリアの気持ちなのだ。
ゼイングロウ側は前のめりに婚姻を進めたがっている。
だが、ユフィリアの意思を尊重してゴリ押ししきれない――その気であれば、見初めたその日に彼女を攫って国に帰っていただろう。
「では、参りましょうか。ハルモニア伯爵令嬢」
「はい、バーバラ王妃殿下」
改めてガゼボへ足を向けようとしたとき、バーバラとユフィリアの上に影が差した。
二人が怪訝に思い同時に顔を上げると、すぐそばに誰かいる。べらぼうに背の高く体格の良い人影があった。
「――ヒッ」
悲鳴を上げかけたバーバラは悪くない。かなり距離の詰め方が良くなかった。
この影を作った原因はヨルハである。二人のおっとり優雅な――ちんたらした会話に業を煮やして、ガゼボから移動してきてしまったのだ。
さすがのユフィリアも困惑する。謎の圧を発するヨルハと固まるバーバラを見て、どうすべきかと悩んだ。
色々と激情を飲み込み何とか立て直したのはバーバラだった。
「こほん! こちらに出向いてくださったこの方が、紹介したい人なの。ゼイングロウ帝国からお越しになっていらっしゃる、ヨルハ様よ」
「まあ、初めまして。王妃殿下より紹介いただきました、わたくしはユフィリア・フォン・ハルモニアと申します。伯爵家の長女です。良き隣人、ゼイングロウの方を歓迎いたします」
動揺を見事に隠して微笑んだユフィリアは、ずっと無言で近くに立つ不審者ヨルハにも丁寧に接する。
こっそりとヨルハの後ろについてきていたシンラとコクラン。「十点」と心の中で札を立てる。もちろん満点の十点だ。
噂の番様がどんな人物か気になっていたが、大変よろしい。頭の回転も速く、礼儀正しく可憐なレディである。
一方、ヨルハは混乱していた。
(……なぜ? どうして、どうして?)
ようやく会えた番。今日は一段と美しい。ドレスという衣装はどれも一緒だと思っていたがユフィリアが纏えば天女のようだ。
だが、それよりも先ほどのセリフだ。
(どうして、初めまして? この前、会ったばかりじゃないか!)
怒りより悲しみが強かった。自分はそんなにもちっぽけな存在だったのか。
あの一夜は、あの羽根を笑顔で受け取ったあの瞬間はどこにいったのだ。
だが、そんな気持ちを何とか飲み下したヨルハは、散々練習した社交スマイルを浮かべる。
「……歓迎、感謝いたします。酉の一族のヨルハです」
何とか絞り出した言葉は、ひどく素っ気ない。
ユフィリアにかけたい言葉はもっとたくさんあったのに、声が喉奥に絡まって出てこない。
だが、こちらに向けられているユフィリアの双眸。目が合った瞬間、そんなものが吹き飛んでしまった。
歓喜。焦燥。哀切。憧憬。恋慕。庇護欲。たくさんの感情が目まぐるしくヨルハを支配する。
気が付けば彼女の前に膝をついて、その白く華奢な手を取っていた。
「一目見て、貴女を好きになりました。どうか、私の番になってください。どうか、我が国で共に生きてください――そのためでしたら、私の持つすべてで貴女に尽くしましょう」
出会って(再会して)一分の求婚RTA。
ユフィリアの背後でバーバラが、ヨルハの背後でシンラとコクランが頭を抱えていた。
『まずはお互いを知って、一か月くらいかけて距離を縮めましょうね』
しつこいくらいに念を押していたおじいちゃん役人の声がリフレインする。
役人の中でもヨルハの扱いを心得た彼は、指導役という臨時特別役員に任命された。
丁寧にヨルハに指導したが、残念ながら彼の忠告は無駄になった。番に酔いしれた獣人の前では、あまりにも無力だったのだ。
崇拝の眼差しを向けるヨルハに、ユフィリアは少し小首を傾げる。その顔に僅かな困惑が滲んでいる。
そりゃそうだ。何せ彼女はまだ婚約者がいる。
「ごめんなさい、ヨルハ様。私、婚約者がいますの。ミストルティンの貴族にとって、婚約は家同士の契約。私の一存では破棄できないので、そのお気持ちを受け取ることはできません」
そりゃそうだ。ここで頷いて駆け落ちしたら大問題である。
バーバラは気づく。ユフィリアとエリオスの結婚は王家が圧を掛けて、白紙になることが確定している――それを本人は知らない。
「申し訳ないけれど、おことわ――」
「保留にさせていただきます、ヨルハ様! この件はミストルティン王家が取りなさせていただきますわ!」
ユフィリアがはっきりと断る前に、バーバラが遮った。
何せヨルハの纏う空気がまずかった。どす黒い暗雲が垂れ込めていた。先ほどまでは恋慕の情熱で輝いていた金の瞳がでろでろに溶けた泥になりかけていたのだ。
「……王妃殿下?」
「少々失礼させていただきます、オホホホホ!」
困惑するユフィリアは半ばバーバラに引きずられるようにして退席する。
ヨルハは絶望のあまり、地面に手足を付けて俯いていた。
読んでいただきありがとうございました。




