父と娘
ネグレクトも過剰な甘やかしも虐待ですよね。
イアンとユフィリアでありイアンとアリスです。
王宮の一室でシンラとコクランが作戦を練っていた。
ヨルハが自力で番を見つけ出し、途轍もなくやる気を見せている。どん詰まりの状況に差した光明だ。勢いに乗ろうとしていた。
早速下調べとして密偵を放つと、ユフィリアはすぐに見つかった。彼女の実家を調べ上げるのは、獣人たちの能力を使えばそう難しくはなかった。
聴覚に優れ夜目も利きくの寅の一族の精鋭たちの顔色は悪い。それだけ調査で見聞きした内容がよろしくなかったのだろう――これをヨルハが知ればと考えているのが分かる。
報告を終えた密偵を下がらせ、作戦会議に移る。
「――だそうだ。密偵の調べだと」
「そりゃあ、いかん。危険じゃ。良くないのぅ。ヨルハがその場面に出くわす前に番様をこちらで保護したほうが良い。ヨルハが暴れたら、我ら二人でも骨が折れる」
「実際に物理でバキバキに折られるから、急いだほうがいいぞシンラの爺さんよ」
ゼイングロウの隠密は優秀だ。ヨルハの番を見つけ出した二人は、同時によろしくない情報も入手した。
彼女の人間関係や、実家の状況を探ると出てくる不憫な状況の嵐。
番への仕打ちに怒り狂ったヨルハが暴れたら、ご自慢のお屋敷も一発で瓦礫の山に変わるだろう。
「我々の番もなかなかに難儀な状況であったが、ヨルハの番様もまた不遇よのぅ」
髭をしごきながらシンラは言う。なんとも複雑そうだ。
番様――ユフィリアの評判は悪くないどころか、非常に良い。だが、どう見ても他人のしわ寄せがきている。
有能と我慢強さゆえに、彼女はどんどん不幸にさせられているのが見えてくる。
自分たちの番探しを思い出す――ユフィリアの境遇を、自分たちの番の境遇と重ねてしまうシンラとコクラン。
「でも、おかげで一度も実家に帰りたいって言わないのは助かるけどな」
コクランも身に覚えがあるのか、若干苦い顔で頭を掻く。
彼の妻も嫁いでからずっとゼイングロウにいる。実家に未練のかけらもなく、縁が切れて精々しているようにすら見えた。
ミストルティンの家族すべてがそうでないとは分かっている。
だが、ゼイングロウとしてはやりやすいことこの上ない。情がないので身柄を求めても拒否しない。こちらが財を積めば、あっさりと手放してくれるのだ。
それに番を見つけたヨルハの我慢が限界に来る前に、迅速な処理が求められる。
焦れたヨルハが何をするか分からない。下手すればユフィリアを誘拐して、ゼイングロウに戻ってすぐさま自分のテリトリーに囲い込む。
「んで、ヨルハは?」
コクランがこの部屋にいない人物の所在を聞こうとしたら、後方の扉が爆ぜる勢いで開いた。
「見つけた。ユフィ……ユフィリア・フォン・ハルモニア伯爵令嬢。次の王妃のお茶会で来る」
ヨルハの後ろにげっそりとやつれたミストルティンの役人たちが見える。
真逆で足取りも軽やかなヨルハは、踊り出しそうな上機嫌だ。手には一枚の絵を持っている。
「ユフィの肖像画だ。貴族名鑑から探して、肖像画専門の画家を総当たりしてもらったんだ」
シンラとコクランは顔を見合わせている。
まずい。自分たちの予想より、はるかに早く動き始めているヨルハ。すでに彼のほうが情報収集しているかもしれない。
「婚約者はアクセル公爵家のうだつの上がらない三男坊だ。ユフィに不釣り合いな無能だから何もできない。
王家は説得に協力すると取り付けたし、アクセル公爵家もユフィの婚約を白紙にする条件を謝礼で提示したら頷いた。ハルモニア伯爵家もそろそろ返事が来る。
ハルモニア伯爵家は、歴史はあるけれどそれほど裕福じゃない。当主は凡庸なのにドブメスに金を使いすぎてぎりぎりの経営をしているそうだ。
しかも、あのドブメスがデビュタントに高価なドレスやアクセサリーを欲しがっているから、断れないだろう。ごねても王家や公爵家からの圧力が入るからな」
いつになく饒舌なヨルハ、片手にはユフィリアの肖像画を愛おしげに持っている。
だが、もう片方の手が次から次へと契約書や報告書を出してくる。
婚約破棄ではなく白紙となれば番のユフィリアに瑕疵は出ない。王宮からの願い出でもあるし、家柄が格上のアクセル公爵家が納得しているのだ。
ヨルハは権力に興味のない男だが、やるときはやる。そしてすこぶる優秀だ。
「ユフィ。ユフィ。待っていて、ユフィ。貴女をすぐに迎え入れられる準備をしよう。ユフィ以外いらない、ユフィだけが欲しい」
先日までやる気ゼロだった男の豹変ぶりに、ミストルティンの人たちがドン引きしている。
しかし、番の予備知識のあるらしい年寄りだけはのほほんと髭をしごいていた。
周囲の役人たちが戦々恐々としている中、彼だけが余裕があるように見えるのはさすが年の功と言うべきか。
役人の中でもダントツに老齢であるが、それだけゼイングロウにも詳しい。獣人についても詳しく、この状況を想定していたのだろう。
ある程度落ち着いてきたのを確認し、彼はすすすとヨルハに寄っていく。
「して、ヨルハ様。貴方様はそのままでよろしいのかな?」
ヨルハはその言葉に一瞬動きを止め、くいと首を傾がせた。その姿は梟姿を思い出させる。
「大事な番様との初対面となりまする。御髪、ご衣裳、初めてかけられる言葉を吟味せずよろしいのでしょうか?」
ぴたりとヨルハが止まった。その様子が否と答えている。
にこにこと穏やかだが底知れない笑みを浮かべた年寄り役人は、更に畳みかける。
「ゼイングロウの方々と違い、ミストルティンの者は一目で強さや格が分かりませぬ。
いくらヨルハ様のご尊顔が麗しくとも、磨いて損はありますまい。誰だって汚れて見苦しいものより、美しいものが良い。手入れが行き届いていればなお良い。ご衣裳でヨルハ様が高い身分であらせられることも分りますし、国によっては第一印象は見かけが七割という言葉もあるほどです」
ヨルハは生まれも育ちもゼイングロウ。周囲の大半どころか九割以上が獣人である、
人間の妙齢の女性、ましてや異国の女性をほとんど知らない。
「番様に、『キャー素敵、なんて魅力的な殿方♡ こんなお方が夫なんて最高!』と思われたくないですか?」
ユフィリアはそんなミーハーな言葉を言わないと分かっているが、周囲を引きずり回す勢いで暴走しているヨルハを引き留めるために舌が回りまくる。
なにせヨルハの圧の前に王への謁見、アクセル公爵家への取次ぎ、ハルモニア伯爵家への伝令が超絶強行軍なのだ。すでに部下が何人も使い潰されている。
「……良くは、見られたい。自慢の夫だと思われたい」
「では、念のためお茶会のマナーのおさらいもしておきましょう。ユフィリア様はお淑やかで聡明なご令嬢です。淑女の鑑と誉れ高い才女ですから、そのお眼鏡にかなうようにみっちり行きましょう」
ミストルティンの爺さん役人グッジョブ。
シンラとコクランが万雷の拍手を送りたかったが、騒いでヨルハの気が変わっては困る。
だが、彼はこちらの意図を察したようにぱちりと小粋なウィンクをする。
その眼の下にはくっきりとした黒い隈が居座っていた。
ハルモニア伯爵家では大騒ぎだった。
もともと王宮に足を運ぶ予定があったが、王家の封蝋が入った招待状が新たに届いたのだ。
先にきた招待状より、こちらを優先してほしいとあり――日付が数日早まっていた。
そして、絶対に来るようにとしつこい念押しがあった。
「ユフィリア! お前、何かしでかしたんじゃないだろうな!?」
「私が社交界へあまり行かないことはお父様もご存じでしょう。王家の方々とも接点はありませんので、分かりかねます」
気が動転したハルモニア伯爵――ユフィリアの父のイアンは怒鳴り散らしながら責め立てる。
実は過去に王家から手紙を送られたことがあるのだ。その時はアリスが王宮の催しで他家の令嬢と喧嘩をし、それに親がご立腹して立場情イアンが平謝りするしかなかった。
アリスはむくれて謝罪はせず、ソフィアはアリスを庇うばかりで説得しない。
「はぁ……叱責を受けるような覚えはないんだな?」
「はい」
格上の家柄の男性と婚約しているので、ユフィリアの作法は厳しく躾けられた。
エリオスが継ぐような爵位はないので、無駄な気がする。でも、彼の父親と兄はアクセル公爵家の人間だし、習得して損はないことである。
「いいか。くれぐれも問題を起こすなよ。ただでさえアリスのデビュタントの準備で大変なのだから」
その前にあるはずのユフィリアのデビュタントは忘れているようだ。
イアンはアリスを優先するから、どうせ言っても意味がない。
ユフィリアは呆れつつも、それを顔には出さない。イアンの都合のいい思考回路には、毎度ながら淑女の面の厚さが試される。
「お父様、少々問題が」
できれば話したくないユフィリアだが、それでもやらねばならない。
「なんだ? 忙しいと言っているのに」
「着ていけるドレスがありません。王妃殿下の催すお茶会……個人的な呼び出しですしが、それにふさわしいドレスがありません」
大きな催しの賑やかし要員的に埋もれていれば、地味なドレスでもよかった。しかし、このお茶会は封筒の気合の入りようからして格式高いものだろう。
選ばれた人間だけが、というタイプのお茶会である。
できれば、オートクチュールやオーダードレスが良いが間に合わない。最低でも、ある程度の格式ある装いが望ましいだろう。
イアンは一瞬だけ顔を顰め「ドレスなら先週も――」と言いかけたが、側にいた執事が素早く遮ったので止まった。
(ええ、買ったのはアリスでしょうね。私が誕生日に着る予定だったドレスも、アリスが持って行った)
今のクローゼットはすっからかんだ。
「……はぁ。解った。店を手配しておく。アリスには気づかれんようにな」
「お気遣い感謝します」
それはユフィリアへの情というより、王家にみすぼらしい娘を見られたくないだけだろう。
アリスに見つかってほしくないのは、ユフィリアが王妃から招待されていると知れば嫉妬して激しい癇癪を起こすからである。
ユフィリアはイアンに頭を下げながら、内心では半信半疑であった。
妹へは金銭を惜しまないが、その分ユフィリアにしわ寄せを押し付けるのがイアンである。
だが、幸いその疑いは晴れた。それなりに名の知れたブランドを手配してあり、一着であったがユフィリアのドレスは用意された。
しかも、当日の早朝に出かけさせてその店で着替え、その足で王宮へ向かうという徹底ぶりだ。なんとしてでもアリスに気付かれたくないという意思を感じる。
(この気遣いが普段からできれば良かったんだけど……)
イアンはユフィリアへの真心や心配がないので微塵も期待できない。
(そもそもアリスへのあれだって……)
アリスを猫可愛がりしているイアンとソフィア。
それは容姿も体型もいまいちで、勉強やマナーも不出来な妹を憐れんでいるから。
だから過剰に甘やかし、アリスはますます何もできない子になっていく。研鑽しようという考えも浮かばず、現状に依存している。
だが、イアンもソフィアもいつかハルモニア家から追い出すつもりだ。いかず後家なんて穀潰しである上、恥晒しだから。
いずれアリスは、何も身についていないまま外に放り出される。
その優しさが残酷に等しいと彼らは気づかない。気づきたくないのかもしれない。
読んでいただきありがとうございました。




