不公平な家族
犠牲の上に成り立つ均衡
悠然と飛翔して王城に戻ると、すぐさまシンラとコクランのいる部屋に突撃した。
人間とは違い気配に敏い獣人二人はやってきたヨルハを眠そう顔で出迎えた。
「なんだよ、深夜にご挨拶すぎるだろ」
「年寄りにはきついのぅ……」
真夜中に突撃された二人とも目がしょぼしょぼだ。敵意がないのは分っていたので、本当に純粋に眠くて、強引に起こされたことに不貞腐れている。
「番、見つけた」
二人の目が一瞬にしてかっ開いた。目覚めの言葉の効果は抜群すぎる。
何せ、二人も血眼で探していた。なのに全く番の気配がゼロ。箸にも棒にもかからないまま、ヨルハが帰るといつ言い出すか気が気でないくらいだった。
「え?」
「ほ?」
挙動不審なほど驚いているシンラとコクラン。無理もない。ミストルティンに来てから、かなりの強行軍で番探しをしていたが本当に収穫がなかったのだ。
ヨルハはやる気がなくなっていくのが露骨だったし、今回は骨折り損のくたびれ儲けだと思っていたのだ。
「白銀の長い髪に紫がかった淡い空色の瞳。名前はユフィリア。貴族の女性だ」
あの仕事のできないメイドの唯一の功労は、番の名前を喋ったことだ。
「髪がな、本当に美しいんだ。満月の明かりをよって作ったような白銀なんだ。瞳も黎明とも黄昏ともいえるあの空の一瞬を切り取った神秘的な色合いで」
獣人は人間とは違う美醜判定がある。顔よりも重点が置かれるのが髪と瞳である。毛並み、羽根の美しさ髪の質に直結する。獣人にとって美の必須項目だ。
正直、髪を巻いたり銀粉をはたいたりするのは歓迎されない。髪が痛むのだ。
その点、下手な加工を施さずツルサラヘアーのユフィリアは高評価である。
だから、ヨルハがやっと見つけた愛しい番の美点を語りたいのはシンラもコクランも分っている。だが、経験上番ののろけ話はエンドレスループであり、ぶった切らなければ先に進まないと知っていた。
「語る前にミストルティン側に一報入れたほうがよいじゃろ。是非にでもゼイングロウに迎え入れねばならぬ。婚約者持ちくらいならともかく、既婚者だと厄介になるのう」
シンラが僅かな隙間を突いて、現実的な意見を挟む。
未婚なら比較的すんなりいく。輿入れの際、莫大な贈与がされるのでそちらに目が眩むのだ。
そうでなくともしつこく強烈な猛プッシュをするゼイングロウに根負けする。
だが、結婚していた場合は問題にならないように、その辺の手続きはきっちりしなくてはならない。
「家名は分からんか?」
コクランの質問に、ヨルハは無なものから大事そうに何かを取り出す。
「リボンを貰っている」
ユフィリアが巻いてくれたリボンは、持ってきている。番からの初めてもプレゼントを置いていくなんてありえない。
桃色のリボンを差し出すと、コクランが鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
戌の一族であり、ジャッカルの獣人のコクラン。他二人も人間よりは鼻が良いが、この中でも一等嗅覚がいい。
「……どっかで嗅いだことがある気がするな。姉妹はいるか?」
「妹にアリスとかいうドブメスがいる」
アリスの話題になった瞬間、ヨルハの表情が氷点下になった。
ヨルハから先ほどの浮かれた空気が消えうせ、殺気に似たどす黒い冷えた気迫が宿っている。
おそらくそのアリスとやらは、ユフィリアと折り合いが悪いのだろう。この様子だと、一方的ないじめでもしていたのかもしれない。
番の敵は、獣人にとって最大の地雷である。
「それだけ情報があれば絞れるじゃろう。年齢は?」
「俺より少し下に見えた。肌が白くて、華奢で……あといい匂いがした」
ユフィリアの話題になった瞬間、表情が一気に緩んでぽわぽわとした空気を漂わすヨルハ。
いつもなら無表情や冷ややか空気を纏うことが多いのに、爛漫たる春が来ている。
本当に分かりやすいが、これが番と出会うという意味である。
「番の匂い、最高だよな」
即座に頷くコクラン。最愛の妻を思い出して、うっとりしている。
「至高じゃよ」
シンラもこの上なく同意する。彼も愛する細君に思いを馳せ、幸せそうだ。
共に番持ちの二人は、深く賛同した。できるならば、死ぬ瞬間までその香りに包まれたい。
これもまた番持ち獣人のあるあるである。
ユフィリアは翌日、空っぽになったバスケットを見て少し寂しくなった。
ちらりとバルコニー側を見ると、窓は空いていなかったが鍵は外されていた。
(いない。誰かが逃がしたり、捨てたりしたわけじゃない……はず)
不用心なことだが、ぶつくさ言いながらユフィリアの制服を持ってくるメイドは気づいていないようだ。
この様子だと、誰もユフィリアの部屋に来ていないはず。
鳥類は賢い種も多いと聞いたことがある。だとしても、窓がきちんと閉じているのが不思議だ。
「はあ、本当に参っちゃいますよ。ユフィリア様のお世話なんかしたってなんの旨味もないんですもの。アリス様と違って可愛げがなくて旦那様や奥様にろくに興味を持たれていないんですから」
ユフィリアが鳥の行方を考えている間にも、メイドの愚痴は止まらない。
彼女はアリスのメイドになりたいと常日頃からねちねちと訴えていた。ユフィリアに言ってもしょうがないし、そういう態度だからアリスに欲しがられないのだ。
ユフィリアと仲良くなったメイドは、すぐにアリスが取り上げてしまう。それが無理だと、喚き散らしたアリスが両親に訴えて解雇させる。
だから、ユフィリアの周囲にはこういうメイドしか残らない。
メイドは憂さ晴らしのように音を立てながら、乱暴に洗顔用の桶を置く。その衝撃で水が飛んだ。
「後は自分でやってくださいね! 綺麗に使ってくださいよ! 掃除するのはこっちなんですから!」
そう言い捨てると、ぶすくれて部屋を出て行った。
(桶の水、冷たそう)
水面を見つめても湯気はない。洗顔の水は主人の好みに合わせて用意するのが普通だ。
そうでなくとも寒くないくらいのぬるま湯であるべきだ。冷水を好む者も一定数いるが、彼女はユフィリアの好みなんて知らない。単に湯沸かしをさぼったのだろう。
今日も着替えすら手伝わずに、了承を得ず退室するくらいだ。
(いいわ。慣れているもの。それに、あの子が髪を結うと痛いし……あんまり上手じゃない)
ユフィリアの長い髪を強引に扱い、引き抜かれたのは一度や二度ではない。
顔を洗い自分で着替えたユフィリアは、こっそりクローゼットの奥にバスケットを隠して部屋を出る。
窓の外にアリスがいた。その周囲をうろうろとしている先ほどのメイドを見て、アリスにゴマすりをするために急いでいたのかと納得した。
(……そういえばあの子、高等部で騒いた罰として学園の助手業務を言いつけられたそうだけど、まだ屋敷にいて大丈夫なのかしら?)
アリスはエリオスに帽子をねだりに来るために、授業を抜け出してきたのだ。今回は注意と軽い罰で済んだが、あまりに酷いと学園から家に通達が行く。
模範生徒とはいいがたいアリスが、罰までサボったら間違いなく報告が上がる。
アリスは中等部だし、校舎がだいぶ離れている。ぎりぎり助手業務が間に合っても、そちらで怒られるかもしれない。
どうするべきか、とユフィリアが悩んでいると声がかかった。
「おはよう、ユフィリア。何を……ああ、アリスか。その周囲をウロチョロしているのはお前のメイドだろう? 主人をほったらかして何をしているんだ?」
「見ての通りでしょう。私のメイドなのが不満なようです」
コビコビコビという音が聞こえそうなほどおべっかを使っているのが分かる。メイドが何かを言うたびに、にんまりしながらアリスがふんぞり返っている。
「命じられた仕事を放棄するとは、ハルモニア伯爵家を随分馬鹿にしているようだな」
ブライスは一見ユフィリアを思っているようで、単に自分の家が侮られているから怒っているだけだ。
次期当主だからか、ブライスはハルモニア伯爵家であることに誇りを強く持っている。そして、自分の損得に敏感だ。
「さて、これでいいだろう? 新しいメイドは手配する」
「いえ、わたしくしが気にしていたのはアリスのほうです。先日、エリオス様に帽子が欲しいと訴えに来た際、教授からお叱りを受けていたのです」
「……そんな報告聞いていないが」
「わたくしも人づてで聞いた話ですが、罰を受け入れる代わりに家への報告は取り下げられたそうです」
またか、とブライスの眉間の皺が寄る。
アリスの成績はよくない。授業への取り組みも不真面目だ。昔から勉強や作法の先生は、優秀な人間ほど長続きしないくらい横柄な態度だった。
今回も家庭教師の相手のように授業をさぼって騒動を起こしたと気付いたのだろう。
「ユフィ。なぜお前がきちんと監督していない。姉であるお前が言い聞かせずにどうする」
ブライスだって本心では、アリスがユフィリアの言葉に従わないと分かっている。
アリスは昔からユフィリアに対抗心を持ち、見下していた。両親や兄の愛情を存分に受け、ユフィリアの分も奪い続けて増長している。
ブライスの言葉も従わないし、両親は「アリスが可哀想だ」というばかりで、ろくに注意をしないからユフィリアにそれっぽい言葉を並べ、責任を押し付けている。
「申し訳ありません」
こういう時のブライスには何を言っても無駄だ。ユフィリアの正論を生意気だと詰る。
彼もまた、ユフィリアを見下しているから。都合の良い時だけ、姉だから家族だからと言ってくるだけだ。
かつては不平不満を訴えたが、いつも面倒そうに濁されるかその場限りで平等にはならない。
ハルモニアという実家はユフィリアにとって息苦しくて仕方がない。
結婚に幸福を望めないことは理解していても、この家から出られるだけまし。きっとそうだ。
期待して裏切られるとがっかりする。悲しいし、傷つくこともある。
家族も、婚約者にもそんな期待をしない――そんな時期はとうに過ぎた。
だから本心を出さず、相手の都合に合わせた相槌を打つだけ。それでも、あまりに常識を逸脱すれば苦言を呈すが、それを可愛げがない非情だと言われるようになった。
ユフィリアが諦観を隠すように目を伏せた姿を、木陰から覗いていた人物がいた――その存在は音もなく去り、王宮の方向へと走っていった。
読んでいただきありがとうございました。




