和やかな朝食
リス妖精はオカン属性。しかも肝っ玉系も多い。
席に着くヨルハとユフィリア。
どちらともなく互いに視線を交わし、笑みを浮かべる。まだユフィリアは少し気恥しそうだが、それを見てヨルハは眦を下げて優しく見つめている。
朝食はリス妖精が丹精込めて作った自慢の料理だ。
その日のメニューはリス妖精が決めている。ミストルティン料理が四割、ゼイングロウ料理が四割、残り二割はリス妖精の気分だ。
家事が得意なだけあって、様々な国の郷土料理を知っている。多国籍料理が並ぶことも珍しくない。
今日はパンとサラダとスープで、ミストルティン風だ。
黒く艶やかな木目が映える、よく磨かれたテーブルと、セットの椅子。それぞれの席の前に可愛らしい素朴な刺繍を施されたランチョンマットが敷かれている。
白い皿の上に卵サンドと、ハムとチーズとレタスのサンドイッチ、ベーコンと野菜が良く煮込まれた具沢山のコンソメスープ、新鮮なベビーリーフと特製ドレッシングのサラダだ。
卵料理も付けるかどうか聞かれたがユフィリアはこれで十分お腹いっぱいだ。
逆にヨルハは卵料理だけではなく、ボイルされたソーセージも追加している。サンドイッチもユフィリアの二倍以上食べていた。
早食いではない。テーブルマナーも素晴らしい。だが、驚くべきスピードで食事は切り分けられて、するする口の中に入って行く。
朝から健啖家のヨルハを見ていると、ユフィリアも自然と食が進む。
(ハルモニア伯爵家にいた時は、いつアリスがヒステリーを起こすか気が気でなかったものね……)
やれ野菜が嫌いだ、ケーキが食べたいと朝食から駄々をこね始めたものだ。下手をすると食器が飛んでくる。
ケーキが食べたいと言いながら、ダイエットメニューにしろという無茶ぶりも命令していた。
(処刑されたそうだけど……実家からは何も連絡がなかったわね)
アリスが死刑を求刑されたのは、ユフィリアとマリエッタを誘拐したのが原因だ。
昔から我儘な言動が多い妹だった。ユフィリアがゼイングロウに嫁ぐことになり、唯一苦言を呈す姉がいなくなると箍が外れたのだろう。
アリスは間もなく家から勘当された。そして、思い通りにいかないからと、隣国の次期皇后とその親友の貴族令嬢を誘拐した。
当時平民だったので、減刑もなく厳罰に処された。その末路が処刑だ。
アリスを溺愛していた両親と兄は何かしら咎めてくると思ったけれど、不気味なほど音沙汰がない。
(……溺愛、と言うより偏愛? 無償の愛ではなく、愛玩に近かった)
可愛がってはいたが、ろくに叱りもせず成長を促すことはせず、アリスと向き合おうとしなかった。
ハルモニア伯爵家にいた時は、贔屓され続けるアリスを羨ましく思う時もあった。常に尊重され、優先され――その分だけユフィリアは蔑ろにされた。
今のユフィリアには、かつての家族とは比べるべくもないほど愛してくれる人がいる。そして、ユフィリアもその人を愛している。
(それに、何かあるならマリーや陛下から報告が来る可能性のほうが高い。……どうも、ハルモニア伯爵家は失敗したみたいだから。社交界からのけ者にされている)
ユフィリアへの対応も酷かったが、アリスへの対処も間違いだらけだった。
王家から呆れられ、貴族界隈から大きな顰蹙を買い、誰も相手にしない。事業も立ち行かなくなり、困窮していてそれどころではないのだろう。
「どうしたの、ユフィ? 何か苦手なものがあった?」
「いいえ、今日もとても美味しいです」
あの味気ないハルモニア伯爵家の朝食が思い出せなくなるくらい、この食卓は温かい。
ユフィリアの浮かべた笑顔に嘘がないと安心したヨルハは、蕩けるような笑みを浮かべる。
「今日は朱金城へ登城するのですよね。ご一緒しても?」
「もちろん。ユフィには引き出物……結婚式に配る、来賓向けの贈答品を選んで貰いたい。
いくつか候補は絞ってあるし、過去の資料も用意した。それ以外にも意見を出していいから、君に決めて欲しいな。正直、流行や風習だけでなく獣人と人間は感覚から違うから参考にしたい」
「まあ、大役ですわね」
ある程度参考になるものがあってありがたい。ゼロからだと困ってしまう。
今までの傾向も分るのはありがたいことだ。
「あと、ユフィに護衛をつけるから。そいつらも紹介する。式の前後は人の出入りも増えるし、番だと盛大になる。もう決まったことなのに、諦めの悪い一部がうるさいんだよね」
「やはり人間は受け入れがたいでしょうね……」
ヨルハは皇帝。それも最強の獣人だ。
獣人は強い者がモテる。男女関係なく強さこそ美徳。格を持つ者などは特に秋波が絶えないのだ。
当然ながらヨルハも別格に人気だが、かなり淡白にあしらい続けていたそうだ。
この情報はコクランやシンラから聞いた。幼い頃からヨルハを知っているので、あまりの無関心で内心ひやひやしていたとも言っていた。
(ゼイングロウの方がすべて、お二人のように受け入れてくれるわけではないのよね)
あまり出てきていないが、少数派の反対派だっているのだ。
しかし、それもユフィリアにとっては驚きである。番と言う特別なパートナーとはいえ、国のトップの伴侶がろくにゼイングロウを知らない人間。しかも異国人なのだ。正直、もっと反発があるとは思っていた。
「反対派は獣人って番を伴侶にすると、絶対に後妻も第二夫人も取らなくなるから嫌なんだよ。権力が好きな奴らは、妃を娶らせて付け入る隙がなくなるから」
つまり、人間ではなく『番』と言う存在そのものが厄介なのだろう。
その深い愛は、二人が死を分かつまで続く。死が引き裂けば、獣人側が残されると後追いや早死にすると言われるくらい寵愛を独占し、心変わりの事例ない。
ヨルハは「俺だってユフィリア以外の妻はいらない」と、何気なく言う。
「そ、そうなのですか」
当たり前のように言ってのけるものだから、聞いているほうが照れてしまう。
ユフィリアが色白の顔を真っ赤にし、耳や首筋まで染まっている。
出会ってからずっと言い続けているのに、その初々しい反応が可愛らしくてたまらない。
「俺からすれば、ユフィ以外は存在自体雑音だから本当に勘弁してほしいよ」
「あ、あのリス妖精さんは……」
「アイツらはそれほどじゃないな。精霊の中でも、いるんだけどそこまで邪魔に感じないというか。そういう存在だからとしか言いようがない。服を汚すと小姑みたいにうるさいけど」
何故だろう。ヨルハの隣のリススマイルから強い圧を感じる。
ヨルハは気づいていて無視しているのか、サンドイッチをまた一つ平らげてお代わりを要求する。
それにつられるようにユフィリアもサンドイッチを口に運んだ。
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