梟の求愛
ドンマイヨルハなターン
少し時を遡り――ミストルティンの王宮。
本日も収穫なし。
狩猟大会、お茶会、芸術サロン、お花見、演奏会――集められた人々の中、毎日番を探し回った。
ヨルハは梟の獣人であり、ゼイングロウでも『神獣』と言う最高格を持っている。彼は十二支族すべてを統治する立場にある――いわば、王や皇帝に当たる。
象牙のような柔らかさのある白と茶、黒の入混じった髪の間から見える冷ややかな金の双眸は長い睫毛に縁どられている。真っ直ぐ通った鼻梁、やや不機嫌そうに引き結ばれた口元すら魅力的に見える美貌。その顔立ちは鋭さがあるものの、恐ろしく整っている。
肉体もしなやかに鍛え上げられ、服越しにもその逞しさが分かる。そのスタイルの良さも。
彼の番探しなので、ゼイングロウもミストルティンも大騒ぎになっている。
だが、本人はこの通り全くやる気がない。
同行したシンラやコクランも手を尽くしてくれているし、ミストルティン側もあれこれと王宮でもお仕事をして人を集めてきてくれている。
穏やかな語り口に、白髪に白髭と好々爺としたシンラはイグアナの獣人。
逞しく背の高い黒髪と褐色の肌が印象的なコクランはジャッカルの獣人である。
二人ともそれぞれ、巳の一族と戌の一族の長だ。
ゼイングロウで特に大きな力を持つ獣人たちの総称を、十二支族という。ミストルティンの貴族に当たる名家の出身だ。
それらを束ねる者なのだから、大貴族の当主がミストルティンに来ているようなもの。
暇なはずのない彼らがわざわざ外交に赴き、交渉に当たり番探しに尽力している。
だが、結果は芳しくない。
そもそもヨルハは、その人探し自体も苦痛。毎回のように紅茶と菓子の甘ったるさと脂粉と化粧の噎せ返るような空間についていくのは一種の拷問である。
最初から少なかったやる気はさらに低迷し、苛立ちを覚えつつあった。
会うたび会うたびどの女性も同じような服、同じような髪形、同じような臭い、同じような喋り方――型に嵌めたようでうんざりだ。
(本当に番なんているのだろうか。面倒くさくなってきた)
異国から来た麗人――ゼイングロウの酉の一族の長であり、頂点でもあるヨルハは苛立ちを通り越して、虚無だった。
最近のヨルハの数少ない楽しみ――というか息抜きは、夜の散歩である。
さすがに人型では騒ぎになるので、気づかれないように小さい梟となって飛んでいる。
地上ではなく空の散歩だ。獣人と違い、ミストルティンの人間はあまり空を見上げてないし、気配にも鈍感だ。ヨルハが王宮を抜け出したことにさえ気づいていない。
ふと見れば、見覚えのある役人が死にそうな顔で資料と見比べっこしている。
おそらく番候補の残数が差し迫っているのだろう。ミストルティンの沽券にかけても探し出そうと、血眼になっていた。
その必死さに申し訳なさと、くだらないと一蹴する気持ちがあった。
これだけ探したのだ。今回は駄目だったのだ。ヨルハはすでにそう思っていた。
ゼイングロウに戻りたい。研ぎ澄まされた静寂が恋しい。緑の生い茂る夜の森を飛びたかった。
ミストルティンの夜は明るく、騒がしく、鬱陶しい。少しならいいけれど、ずっといると疲れてしまう。
そんな気持ちが体を突き動かしていたのか、王城からすっかり離れた高級住宅街のほうへ来ていた。
この時間、繁華街はまだ賑わっているので閑静な住宅街に来ていたようだ。
そろそろ止まろうかと考えたヨルハ。目ぼしい枝を探していると、夜の中ですら月光のように輝く何かが見えた。
その白銀を見た瞬間、ヨルハの意識はすべて目に行く。
抗えない引力がヨルハの全身を支配し、その存在を焼き付けよと本能が騒ぎ立てた。
見えたのは風に揺れる白銀の髪をした、美しい一人の少女だ。
陶器のように滑らかな白い肌に、紫を帯びた淡い空色の瞳。物憂げに庭を見ている眼差しがなんとも頼りなげで、心を揺さぶられた。
気づけば、かなり無理な方向転換をして彼女のほうへと羽ばたいていた。
強引な動きに無様な羽ばたきが響く。それは人間の彼女の耳にも届いたようで、顔を上げた。
先ほどは下を向いていたので、半分以上隠れていた美しい瞳の色がはっきり分かる。
見つけた。
行かなければ。
会いたかった。
やっと、ずっと、きっと生まれた時から探していた。
ヨルハの中で今までにない激情が渦巻く。嬉しくて、楽しくて、愛おしくて、今まで気づけなかったことに怒りさえ覚えて悲しくて――自分は感情が薄く、何事にも無関心だと思っていた。その自己評価や既成概念、今までの常識がすべて覆る。
音を立てて壊れていき、すべての優先順位が入れ替わる。ヨルハの至上の存在に、一目にして白銀の少女は君臨した。
ヨルハのすべてを彼女に捧げたい。受け取ってほしい。彼女が幸せでさえあればいい。
名も知らぬ番は、驚いたようにヨルハを見つめ――壁に激突したヨルハは気絶した。
完全なる前方不注意で、普段ならこれくらいじゃ気絶しない。
その時、番との邂逅にヨルハの気持ちも頭も大はしゃぎの大パニック。処理落ち寸前なところに物理ダメージが入って、見事に失神した。
ヨルハが目を覚ますと大きめの藤籠のバスケットに入れられていた。足元には柔らかな敷物があり、気遣いが感じられる。
足には首輪の代わりなのか、細い桃色のリボンがついていた。
ヨルハはそっと周囲を見回そうとして気付く。
この部屋に漂う、濃厚な番の気配。芳しき匂いに、一気に目が冴えてしまった。お上りさんのようにあっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろと忙しなく動く。
その時、後ろからゆっくりとした足音と衣擦れが近づいてくる。
「起きたのね。体調はいかが? ……と、聞いても鳥さんだものね。困ったわ。傷はなかったけれど、飛ぼうとしないわね。お腹減っているのかしら? 野生動物って新鮮なご飯しか食べないと聞くものね」
なんとも可憐で麗しい声に、ヨルハは機敏に振り向いた。
その速さに警戒していると思われたのか、愛しい番はそっと足を止めた。
ヨルハは精一杯のアピールに求愛のダンスを舞う。舞の得意な酉の一族でも、随一と言われたヨルハの舞だが――ユフィリアには謎の動きとしか映らない。
飛ぶにしてはゆっくりと翼をはためかせながら、首を伸ばしたり縮めたりする。足は優雅にステップを踏んでいるが今のヨルハは梟である。
ユフィリアは生粋の人間で、生まれも育ちもミストルティンだ。
圧倒的なカルチャーギャップの前に、ヨルハの求愛ダンスは不発。ユフィリアはそこにいる梟が獣人であるなんて思いもしない。一目惚れされたなんて、もっと知らない。
「とりあえず、怪我はないのかしら? 一応、軟膏やポーションを持ってきたけれど」
けったいな動きをする怪我人ならぬ怪我鳥かもしれない梟に戸惑いつつも、ユフィリアは慎重に近づく。
梟は肉食だから鋭い爪や嘴をもっている。ユフィリアの細い指などあっという間に骨まで抉られかねない。
できれば目隠しの頭巾を被せて治療にあたりたかったユフィリア。鳥の多くは視界が阻まれると身動きが取れなくなるので、寝ているうちに済ませたかった。
悩むユフィリアの一方で、渾身のダンスを流されたヨルハはショックで呆然としていた。
獣人にとって求愛のダンス、歌、給餌、巣作りは基本中の基本である。
次は歌うべきか、それとも贈り物作戦と考えあぐねていると頭に何かをかぶされた。
「ごめんね、少しだけ体を見せてね。痛いところはない?」
ヨルハを持ち上げてそっと翼を広げたり、足を延ばしたり曲げたりして動きに不自由がないか確認するユフィリア。
ヨルハは完全に硬直していた。
これはあれだ。お膝にだっこというシチュエーションである。番が思ったより大胆だった。
(番……優しい。あたたかくて、柔らかくて、すごく良い匂いがする)
すっかり骨抜きになって全身から力が抜けているヨルハは、無意識のうちに雛鳥のような高い甘ったれた声を出していた。
総評、すごく好き。圧倒的に番しか勝たん。
ヨルハの番フィーバーは収まっていなかった。むしろフルスロットルである。誰も知らない空前絶後の大フィーバーは、勝手に超加速している。
こんなにデレデレしたヨルハの姿を、シンラもコクランも知らないし見たことがない。
いっそ、このまま番の傍で世話をされて鳥生を送るのも悪くないとすら思い始めた。
「貴方、とても大人しいのね。もしかして、誰かの飼い鳥だったのかしら? 足環とかはないけど、逃げ出してきたの?」
だったら、持ち主を探さないといけない。ユフィリアがこれだけ触っても大人しくしているから、相当人慣れしているのだろう。飼い主の心情を思えば、ユフィリアは心配になる。
とりあえず、梟に怪我はなさそうだ。
ユフィリアは梟を寝床のバスケットに戻した。目隠しを外すと意外とつぶらな瞳で、ユフィリアを静かに見ている梟。
「どうしましょう。飛べるようになるまで置いておいてあげたいけれど、アリスに見つかったら欲しがるわ」
興味がなくとも、珍しくて自慢できそうと安易な理由で奪い取りにかかるのがアリスである。
兄のブライスはそもそも動物全般を好んでいないし、両親に見つかればすぐ捨てろというはずだ。
できれば万全の体調に戻し、飼い主がいるなら返したい。そうでなければ、自然に返したい。最悪の予想ばかりが浮かんで、すっかり顔をしょげさせるユフィリア。
それを見て、大慌てなのはヨルハである。
自分の処遇で、ユフィリアを煩わせていると理解したのだ。ユフィリアはヨルハを守りたいが、力が及ばない――ユフィリアは随分とぞんざいに扱われているのではなかろうか。
(こんな屋敷に住んでいるのだから、貴族の娘のはずだ。だけど着ている服は随分と粗末だ)
こんなに美しいユフィリアには、もっと相応しい装いがあるはずだ。
まるでその生来の美しさを曇らせるような野暮ったいデザインと、ぼんやりした色合い。
勘の鋭いヨルハは察してしまった――ユフィリアはこの実家である屋敷で冷遇されている?
鳥の聴覚はよい。遠くの部屋で料理を囲んだ男女四人が、喧しく騒いでいる。感覚を研ぎ澄ませば、食器がこすれる音や咀嚼音まで分かる。
ユフィリアが晩餐を断ったにしても、膳の一つ運ばれてきておかしくないはずだ。なのに、近づく人の気配もなければ食べた形跡もない。周囲に食べ物らしき匂いがないのだ。
ヨルハの頭が急激に冷えるのが分かる。その反面、腹の底がぐつぐつと煮え返る。
目の前が真っ赤になる怒りと、そんな状況でもヨルハを思いやるユフィリアの優しさに胸が苦しい。
ヨルハはさっと翼を広げて、羽繕いを始めた。一番綺麗で大きな羽を選んで抜くと、ユフィリアに差し出す。
ユフィリアは最初きょとんとしたが、月の女神よりも眩い笑顔を浮かべた。
「綺麗な羽……ありがとう。くれるの?」
本当に嬉しそうに笑った。それだけで、ヨルハがすべてを決心するのは十分だった。
梟が羽を渡すのは、求愛である。酉の一族でも自慢の羽を渡すのは、もっともスタンダードな求婚の一つだ。
羽根を傷つけないように優しく持つユフィリア――求婚は成功である。
その後、ヨルハを隠しつつユフィリアは眠った。結局、ユフィリアに食事は届けられず、小さな水入りのコップだけがベッドサイドに置かれている。
賓客として王城にいるヨルハは知っている。ミストルティンの風習であれば、本来なら寝る前の紅茶やホットワインなどが用意される。
使用人すらユフィリアを粗雑に扱うのが、耐えられない。
ユフィリアが深く寝入ったのを確認し、人の姿に戻ったヨルハはそっとバルコニーから夜空に飛び立った。
その羽音も、姿も誰も気づくことはない――梟は夜の王者だ。
読んでいただきありがとうございました。




