同じ夜空で
カミングアウト
「帰ろう、ユフィ」
「はい」
それはユフィリアの本心だった。
胸が温かい。エリオスとの会話で凍り始めていた心が、じわじわと溶け出すのが分かる。
ヨルハに抱き着いていると、彼が廊下ではなく窓に向かっていると気付いた。
疑問に思いつつも、ヨルハの横顔を見つめる。
音もなく、彼の背から巨大な両翼が出現した。それが軽く羽ばたくだけで、室内に暴風が吹き荒れて内側から窓が吹っ飛んだ。強固な嵌め殺しのはずが、綺麗に風穴が通っている。勢いあまって、室内の家具も外に飛び散っていた。
ユフィリアにはほんの柔らかなそよ風だったが、屋敷にとっては暴虐な風刃である。
宙を歩くように外に飛んだヨルハは、高度を上げてあっという間に姿を変える。
鍛えられて絞られた肉体は一瞬にして、羽毛に覆われた。一瞬だけユフィリアを支えていた腕が消え、代わりに極上の柔らかさに包まれる。
夜風を捕える大きな翼は驚くほど静かで、見覚えのある黄金の双眸は遥か向こうのゼイングロウを見据えていた。
信じられないほど大きな梟だ。
ユフィリアを背に乗せて、何でもないように空を自在に飛んでいる。
この速さと高さだと寒さに凍えるかと思いきや、梟は絶妙にコントロールしていた。
これが神獣ヨルハなのだ。
獣人族の皇帝――ゼイングロウを統べる彼のもう一つの姿。勇壮で圧巻。間違いなく王者の風格を持っている。
そう思うのだけれど、ユフィリアの中にもう一つ別の印象があった。
「なんだか、思い出します」
「どんなこと?」
「ヨルハ様に会う前、小さな梟を拾ったんです。ちょっとおっちょこちょいなのか、壁にぶつかって近くに落ちてきたのを保護したんです」
一瞬、ヨルハの羽ばたきが止まった――と言うか、全身が硬直した気がした。
気のせいだろうと、羽根に顔を埋める。手を伸ばして精一杯ヨルハに抱き着いた。
「大人しくて可愛い子でした。その子が、ヨルハ様の今の姿にちょっと似ていて……一晩で、どこかへ行ってしまったけれど」
寂しげにユフィリアが言う。その寂しがらせた戦犯は、今ユフィリアの目の前にいる。
迷ったヨルハだが、これを逃したら次がない。
「ユフィ……それね、俺なんだ」
今度はユフィリアが驚く番だ。びっくりして目を瞬かせ、ヨルハを凝視する。その視線に耐えながら、ヨルハは正直に話した。
「梟姿の時は、大きさは変えられるんだ。このサイズだと目立つし、ミストルティンだから一番小さい姿で飛んでいた。
俺はあの時、番が見つからずにうんざりしていた。番がどういうものか本当の意味で理解できず、不要とすら思っていた。
いるかいないか分からない番を探すのは苦痛で、ストレス発散で夜空を飛んでいた。そこで、君に会ったんだよ」
小鳥でもやらないようなあんな凡ミス。それを番相手に、それも初対面でやらかしたヨルハ。
あの時は番を見つけて舞い上がっていたが、後で羞恥の嵐である。
「一目で番の意味を理解した。俺の番はユフィだと思った。夜の中で何よりも輝いていて、俺は見惚れしたんだ。
一瞬ですべて奪われた。あんまりにも綺麗で、可愛くて、キラキラしていた」
そこまで言って、もごもごと「……まあ、それでうっかり壁にぶつかって失神したけど」と気まずげに続ける。
突然の暴露に、ユフィリアは混乱しつつも安堵していた。一夜の出会いだったけれど、あの小さな梟は生きている。こんなにも元気に隣で過ごしていたのだ。
「ユフィは気づいていなかったけれど、求愛したんだよ? 舞を踊ったのも、羽根を渡したのもユフィが初めてなんだから」
そこまで聞いて、ユフィリアは思い出す。ひょこひょことした謎のステップと渡された綺麗な羽根。
あんな頃から、ヨルハの一途なアピールは始まっていたのだ。
嬉しいやら恥ずかしいやらで心が忙しい。思えば、ずっとあの梟は大人しかった。ユフィリアに治療を施された時の素直さに納得できた。
色々と胸がいっぱいになって、ユフィリアは無性にヨルハに抱き着きたくなった。もう抱き着いているけれど、更に強く力を籠める。
真っ黒に見えるほど濃紺の空にふんわりと満月が浮かび、星が煌めいている。
「ヨルハ様……好きです」
それは、ユフィリアからの初めての告白だった。
ヨルハが心のままに愛を囁くが、ユフィリアは尊敬や敬愛は示してもそれ以上は曖昧に濁していた。ヨルハの愛を受け入れてはいたし、理解はしていたが彼女は受動的なことが多く、明確にしない。
人に期待するのを諦め、恐れた彼女の処世術だったのだろう。
そんな番からの言葉に、今度こそヨルハは硬直した。一瞬ではなく、かなり停止していた。
さすがと言うか、急転直下で落ちることはなかったがゆるゆると高度が下がり始める。
ユフィリアの顔は真っ赤で、そんなことに気づかない。
その時、身を預けていた羽毛が消える。
「……ユフィ、ユフィ! 大好きだ! 愛している!」
人の姿に戻ったヨルハがユフィリアを抱きしめる。
くしゃくしゃの笑みは子供のようだ。感極まったように愛を紡ぎ、今までにない腕の力強さだ。
驚きつつもユフィリアはそれに笑顔を返す。落ちる速度のまま風が二人を激しく打ちつけるけれど、ユフィリアの表情は穏やかだ。ヨルハがこのまま落ちるわけがないと知っているから。
その通りで翼だけ出したヨルハは、滑るようにして下降から上昇へ勢いを変える。だけど、少し強引な軌道修正でヨルハの羽ばたきが響いた。
ユフィリアは抱きかかえられたまま、満月を見上げていた。ミストルティンでは一生お目にかかれない絶景の特等席だ。
ふと、ユフィリアの顔に影が差す。
とろりと甘さを含んだヨルハの視線。それはいつものことだが、その温度も甘さも桁違いだ。
ユフィリアもそっと目を閉じて、頬に落ちる自分ではない髪の感触。
二人の唇が重なった。
ゆっくりと離すと若い番たちは間近で笑い合う。
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