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自覚した想い

ベクトルが向き合いました


 部屋を出ようとしたユフィリアの後ろからドアを押さえ、自分の体とで挟んで捕らえたエリオス。

 吐息がかかるほど接近し、ユフィリアの中で生まれたのは羞恥やときめきとは真逆の感情だった。ぞわりと鳥肌が立ち、身を捩る。


「急いでるので、邪魔をしないでください! 近いです、離れて!」


 そんなユフィリアの態度を、どう解釈したのかエリオスが厭らしい笑みを浮かべた。

 すごく嫌な予感がする。


「……そんなこと言うなよ。本当は嫌じゃないんだろ」


 気持ち悪い。

 エリオスの声に背中に悪寒が這いずり回り、ユフィリアの喉が戦慄いて抗議が止まった。

 それをさらに悪いほうへ解釈したエリオスが、ユフィリアの腰に手を伸ばそうとする。


(股間の一物を蹴り上げて使えなくしてさしあげましょうか)


 残念ながらエリオスの勘違いは、ユフィリアを静かに切れさせるだけだった。

 スカートに隠れて、ユフィリアの足がそうっと後ろに振りかぶられる。

 大丈夫、金的をやってもヨルハならきっと引かない。マリエッタも同じ状況ならそうする。この産廃男の生産元のアクセル公爵だって許してくれる。

 こいつの胤を残しても、引き継ぐ爵位も財産もない。負の資産しか残らないだろう。


「やめろ、下郎が」


 言うが早いかエリオスが真横に吹き飛んだ。

 ユフィリアが散々抵抗してもびくともしなかったのが、向こうの壁に簡単にめり込んでいる。

 蹴り出した片足を戻したのはヨルハ。

 ユフィリアは足から力が抜けるのを感じた。そのまま脱力して腰を抜かしてしまいそうだったがところを、ヨルハがあっさり抱え上げる。

 嬉しいけれど、圧倒的な筋力の格差社会にユフィリアがちょっとだけしょんぼりする。だって、羨ましい。


「ユフィ。迎えに来たよ」


「ヨルハ様……ありがとうございます」


 やっぱり来てくれた。分かっていたけれど嬉しい。

 ヨルハの腕はやっぱり暖かくて、力強くて安心する。エリオスと比較するのも失礼なくらい、その場所が居心地よくなっていた。

 少し眉を寄せたヨルハは、申し訳なさそうな顔をする。ちらりとエリオスを見て口を開いた。


「やっぱり消しておけばよかった。無暗に殺すと角が立つし、ユフィに変な噂が立つ可能性があったから見逃したけど……あとアレがユフィの記憶に残るの嫌だった」


 一番の理由は、殺したとあとでユフィリアから恐怖や奇異の目を向けられるのが嫌だった。

 狂暴な魔物が跳梁跋扈するゼイン山脈を有すゼイングロウ。少し郷を離れれば、獣人にとって戦いは日常と隣り合わせ。当然慣れているし、自然と死も近くなる。

 そんなゼイングロウと比べれば、ミストルティンは平和な国である。

 ましてやユフィリアは貴族令嬢だから、人の死なんて病死や事故死や老衰くらいだ。

 獣人は、ヨルハは冷酷で残忍で――信用できないと思われたくない。


「もう過去の人間です。一年前の朝食のメニューより興味ありません」


「じゃあ、殺していい?」


 でもやっぱり腹立たしさはぬぐえない。

 ユフィリアが気にしないなら、あの下等生物に相応しい無様な死をくれてやりたい。


「どちらかというと、死ぬより裁判に掛けられて罪を明らかにされて欲しいです。

 彼は無駄にプライドが高いので、訳も分からず死ぬより周囲に噂されながら、後ろ指差されたほうが辛いと思うので」


 長年苦しめられたのだから、同じくらい苦しんでほしい――命を奪ってまでとは思っていない。

 ユフィリアの望みなら、ヨルハは否定しない。でも、少し残念に思ってしまう。

 本当は物凄い高さから落して、肉も骨もぐちゃぐちゃになって人相が不明になるくらい叩きつけて殺してやりたかった。

 エリオスは落下中に恐怖に泣き叫んで、失禁しながら死ぬだろう。その前に恐怖に負けて気絶するかもしれない。

 でも、ユフィリアは錬金術で誰かを治し、癒す人だ。

 エリオスに良い感情は無くても、命を奪うのは本意でないのだろう。

 自分の立場が辛くあっても、目の前で傷ついた梟を拾ってしまう優しい女性だ。ヨルハはそんなユフィリアを好きになった。

 ヨルハの感情を優先したなら、きっとこの屋敷の人々は全員死んでいただろう。

 手加減して気絶させるより簡単なのに、ヨルハはユフィリアに死を見せたくなかった。ユフィリアがどう望むだろうかと、頭の隅で考えていたのだ。


「ユフィがそう思うなら、望むなら、そうしよう」


 だって、エリオスも、アリスもハルモニア伯爵家の人間もいつでも始末できるから。ヨルハが直接手を下さずとも、彼の手足の代わりは無数にある。

 ヨルハは微笑む――研ぎ澄まされた殺意はそっと隠す。

 ユフィリアは安心したのか、少し肩の力を抜いた。そわそわし始めた。


「戻るまえに、マリーを探したいのです。私を誘拐するために、彼女を囮に使ったのです」


「それは先に回収した」


「ありがとうございます……!」


 でも少し意外でもあった。ヨルハはいつだってユフィリア優先で、明確に線引きをしていた。マリエッタを一目置いているのは知っているけれど、真っ先にユフィリアへ駆けつけると思っていた。


「ユフィは移動中だったけど、師匠は下衆の慰み者にされて売り飛ばされそうだったから」


「本当にありがとうございます……っ」


「後回しにしたらユフィに怒られると思ったんだ」


 その通りだ。

 剛直球すぎるくらいの理路整然なユフィリア第一主義。それでこそヨルハだ。

 優先理由もユフィリアだから、自分のやりたいことよりもユフィリアが望むことを当然に拾い上げるのがヨルハである。


(この人が夫になる人で良かった)


 鼻の奥がツンとする。

 この人が好きだ。

 人間とか獣人とか関係なく、この思いやりのある優しい人と生きていきたい。


読んでいただきありがとうございました。

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