真夜中の邂逅
運命の出会い(一度目)
翌月、予想通り誕生日パーティ前日にアリスが体調不良を訴えて、中止になった。
使用人も慣れたもので、さっさと会場のセッティングを回収している。
(あぁ~。やっぱりなぁ……)
ユフィリアは毎年恒例のパターンに、辟易しながらもアリスの機嫌を取りに来ていた。
この後、アリスの悪評が広まるのでそれを収集しろという無茶な命令が来るのも恒例になりつつある。それなら原因のアリスを何とかしたほうがいいが、アリスに甘い両親はやろうともしない。
「ずるいわ、お姉様ばっかりみんなにお祝いされて! たくさんプレゼントを貰って! 私はすごく苦しいのに!」
そう言いながら、ベッドでわんわん泣いて騒ぐアリス。そのアリスを不憫がって母は必死に宥めている。
エリオスは誕生日当日、訪問すらなかった。いつもと同じ花と、流行りの帽子。
アリスはそれが欲しいのかずるいと叫んでいる。
金髪をぐしゃぐしゃにして、ふくよかな頬を真っ赤にして訴えている。
両親もさすがに公爵家の婚約者のプレゼントを寄越せとは言えないのか、ユフィリアにちらちらともの言いたげな視線を送る。
「欲しい! 欲しいの! その帽子がいいの!」
病人が出す声ではない。びりびりと鼓膜を劈くような大声に、兄のブライスが何とかしろと言いたげにユフィリアを突く。
「さすがに誕生日プレゼントを譲るのは、エリオス様に失礼よ」
流行りの帽子だけれど、全く趣味ではなく興味はない。
エリオスだって自分名義で贈られたプレゼントを覚えていないだろうけれど、これは礼儀である。
「どうしてよ! お姉様はほかの方からも貰っているじゃない! エリオス様がいいっていえばくれるの!? お姉様は帽子がなくてもいいでしょ!」
望んだ返事がもらえなかったアリスは、ベッドで暴れていた。
無茶苦茶なことを言っているのに、その自覚がない。ある意味アリスも哀れな子だ。
家では蝶よ花よ、可愛い天使よと愛情を注がれている。だが、家の外ではそうもいかない。その性格が災いして友人も少なく、取り巻きの下級貴族が数人いるだけだ。
それを憐れんで、両親が溺愛する悪循環である。
ユフィリアは忠告したが、全く聞く耳を持たれなかった。逆にユフィリアを冷酷だと罵る両親に、ユフィリアは諫言を諦めた。
(や……やってられないわ)
自分が非常識なのだろうか。
まったく話の通じない家族に、ユフィリアはひたすら疲れた。
結婚に希望はないが、それでもこの家族と離れられるだけましなのかもしれない。
そう思うくらいには、ユフィリアは家族に対しての情が枯渇していた。
騒いだ翌日、わざわざユフィリアとエリオスのいる高等部まで来たアリスは、ユフィリアの帽子を要求した。エリオスは自分で選んだものでもない誕生日プレゼントなどどうでもいいらしく、気軽に快諾していた。
その時、自信たっぷりに笑ったアリスの表情が目に焼きつく。
(我が妹ながら、本当に可愛くない性格に育ったわね)
呆れるしかない。ユフィリアは妹の性格の矯正をだいぶ前から諦めていた。
昔は窘めていたが、ユフィリアが悪者扱いされて終わるだけなのだ。理不尽である。
彼らの家族以外は横暴を許すエリオスにも、強欲なアリスにも眉を顰めている。
自分の要求が通ったアリスは、意気揚々と中等部の校舎へ戻っていった――翌日、見せつけるようにユフィリアの帽子で出かけるアリス。
きっとじゃなく、あの帽子は戻ってこないだろう。
一緒に持って行ったドレスも返ってこない。アリスはユフィリアより少し背が低いが、体形がふくよかなのでウェストが入らないだろう。
それに怒って、ドレスに八つ当たりしてボロボロにするに決まっている。
すでにそれで何着もダメになっており、招待されたお茶会にも行けなくなるのでドレスを仕立てることになる。それに気づくとアリスはまた不平を訴えるから、気づかれないようにしなければいけない。
アリスが気に入らないデザインを選んだ結果、ユフィリアのドレスは自然と地味で代り映えのないものばかりになった。
「あら、ユフィリア。その地味なドレスは何? まったく、そんなのばかり着ているからエリオス様にも飽きられるのよ」
飾り気のないドレスで家を歩いていると、母のソフィアが辛気臭げにため息をつく。
だが、年頃の少女が好む華やかなドレスは、アリスに見つかれば即座に奪われるのだ。ソフィアも「譲りなさい」と当たり前のように命ずる。
(しかもそのこと、すぐに忘れるし)
姉だからですべて済ます母親である。
ユフィリアの乾いた視線に気づかないソフィアは、くどくどと説教を始めた。
「貴女も勉強ばかりしないで、アリスのように可愛げのある振る舞いができないの? 美人は三日で飽きるっていうでしょう。愛嬌のないレディなんて、価値がないのよ」
「……申し訳ありません」
ここで何か意見を言えば「だから可愛げがないのよ」と憤慨するのはいつものことだ。
しおらしく頷くしかないのだ。ソフィアは姉のユフィリアには厳しく、妹のアリスは溺愛すると決まっているのだ。
アリスは正しく、ユフィリアのすべては否定する――そういう教育方針だ。
ソフィアの小言を何とか躱したユフィリアは、部屋に戻ろうとすると扉の前に兄のブライスがいることに気づいた。
銀髪に眼鏡をかけた青年は、ひょろ長い体で見るからに薄い。神経質そうに眼鏡の位置を何度も直しつつ、ユフィリアを見ると赤い目を眇めてずんずん近づいてきた。
「ユフィリア。なぜこの前の狩猟大会に来なかった。王宮主催だぞ?」
「エリオス様が家の事情で、別の女性をエスコートすることになったから来ないでほしいと頼まれました」
十中八九浮気だろう。しかも、ユフィリアのことをなめ腐っている。
ユフィリアの好感度が底をつき、ヘイトメーターが蓄積されているのを知らないエリオスは幸せなのだろう――今のところは。
婚約者の中で育つ反骨精神など知らず、慎ましく従順なままだと思っている。
ユフィリアの幸せ人生計画(楽しいお一人様ライフ)において、エリオスの排除は必然だ。今は放置して油断させたほうがいい。
そんなユフィリアの計画を知らないブライスは切れ散らかした。
「はぁ!? それですごすご引き下がったのか? お前の婚約者は見るからに馬鹿そうな女とイチャイチャしてたぞ!?」
「アクセル公爵家の事情だと言われましたので」
ユフィリアの家はハルモニア伯爵家。アクセル公爵家と比べて格が落ちる。その家の名を振りかざされれば、引き下がるしかないのだ。
権力に弱いブライスには効果覿面である。嘘であっても、アクセル公爵家の名を引き合いに出せば文句は付けられない。
ブライスは両親よりは話が通じる。アリスへの贔屓は同じだが、ちゃんとした理由があれば引き下がるのだ。
「エリオス様もそんなバレる嘘を……ユフィリアの顔は王宮でも認知度が高いんだぞ。お前が来ていないとこっちに連絡が来たんだ」
「何かありましたの?」
「どうやら王宮で探し人をしているっていう噂だ。ただ、若い女性らしいとか聞いていない。国中の貴族令嬢がかき集められているらしい」
ユフィリアは首を小さく傾げた。そんなこと、初めて聞いた。
ブライスは面倒そうに肩をすくめる。
「噂じゃあ、ゼイングロウの『番探し』じゃないかって、な。ミストルティンでは何十年に一度あるかないの大仕事だ」
貴族であるユフィリアも聞いたことがある。
ミストルティン王国は北にゼイングロウ帝国、南にメーダイル帝国が存在する。
共に大国であるが仲は険悪。南のメーダイルはヒト族至上主義で、序列に厳しく選民意識が強い。小国のミストルティンを見下している節があり、癖が強く横柄な。国交はあるが上辺だけの友好である。
ゼイングロウは獣人の国だが、メーダイルとは違いかなりこちらに配慮している。
ゼイン山脈に住む強力な魔物も、ゼイングロウのお陰で入ってこないだけでなく稀少な薬草や鉱物などの資源も交易でやり取りしている。
メーダイルが余計なことをしないように睨みも効かせてくれる友好国だ。
ミストルティンも彼ら配慮し、有事の際は協力する。
その一つがこの人探し。番と呼ばれる花嫁や花婿を探しに、ゼイングロウから賓客が来訪する。
その賓客はハルモニアで言えば王族に匹敵する貴人ばかりで、ハルモニアは全力で持て成しながら協力する。
番が輩出された家には莫大な結納金や祝いの品が贈られるので、どんな傾いた家も持ち直すと言われるほどだ――それに目が眩んで出しゃばる者を抑えるため、番が見つかるまで内密に進められるのだ。
しかし、婚約者のいるユフィリアには関係のない話な気がする。
「なら、私も一度王宮に赴いたほうが良いでしょうか?」
「ああ、一度行けと父様からのご命令だ。アリスはすでに終わっているから、お前だけだ」
「分りました」
ユフィリアが頷くと、王宮からの招待状を突き付けてくるブライス。
なんで父ではなくブライスが来たか察しがついた。アリスに気づかれたら、招待状を奪ってでも王宮に行きたいと駄々をこねるから役割分担をしたのだ。
王家の封蝋がついた手紙を受け取り、ユフィリアは部屋に入る。
(番……か。運命の人。わたくしには縁がないことね)
招待状を確認し、ぼんやりとゼイングロウについて思い浮かべる。
ミストルティンとは異なる文化を持つ、あまたの獣人たちにより形成された国。
ゼイングロウから輸入されるのは貴重な薬草が多くある。興味のある土地だが、強力な魔物も多いので移住は現実的ではなかった。
手を伸ばした錬金術の教本。難易度の高い調合にはたいていゼイングロウでしか採取されない素材が関わっている。
ユフィリアが試してみたいと思いつつも、ずっと諦めていた薬たち。
家族はユフィリアが令嬢としての勉強以外にも、造詣が深いことを快く思っていない。だが、現実問題として学がなければユフィリアは困窮するだけだ。
昔から、ユフィリアは後回しである。結婚後の援助は期待できなかった。
だからユフィリアは自力で何とかしようと奮闘しているのに、何故それを悪事のような扱いをされねばならぬのか。
暗澹たる未来ばかりがよぎり、ため息をついたユフィリア。気分を変えようと、バルコニーの外に出る。
婚約している現在でこのありさまだ。きっと新婚生活は土留め色をしている。
(……うん、やっぱりエリオス様は切り捨てるべきね)
ユフィリアの人生において、金食い虫の疫病神でしかない。
エリオスが今まで、ユフィリアに真摯に向き合っていたら養い続けても良かった。しかし、そんな人間はちゃんと就職するし、浮気を何度もしない。
やはり離婚。離婚一択である――結婚前にすでに離婚の準備をしているユフィリアである。
ふとカーテンの隙間から見る外に気付けば暗い。
(すっかり夜になっている。空気が冷たいわ……)
思った以上に、深く思い悩んでいたようだ。時間がこんなに過ぎていた。兄が来たのは夕暮れ前だったはずである。
はぁ、と人知れずため息をつくユフィリア。夜風が白銀の髪を揺らし、ふわりと広がる。
物憂げに庭を見下ろしていると、ほんの僅かにだが羽ばたきの音がした。
(こんな夜中に鳥? コウモリにしては大きな――)
怪訝に思って顔を上げると、月夜を背負った梟が翼を大きく広げていた。
まさか、森林でもないのに梟がいるとは思わずユフィリアは目を見開いた。
梟もバルコニーに人が出ているとは思わなかったのか、ただでさえ真ん丸な目をさらに見開いている気がする。
驚愕するユフィリアをしり目にフクロウは悠然と羽ばたき夜を駆け――家の壁に激突した。
先ほどの優雅さが嘘のように、べしゃりとバルコニーの端っこに失墜する梟。
(……気絶している? ただの脳震盪? 翼が折れたりしていないかしら)
一瞬迷ったものの、心配になったユフィリアはその梟を部屋に運ぶことにしたのだった。
自分の手作りだが傷薬やポーションがある。意識がないうちなら、治療もできるはずである。
ここからラブのアクセルがふかされていく……