暗躍する翼
ユフィリアは妖精に好かれるタイプです。
火傷事件以降、ユフィリアの人気は大高騰している。
今まで若奥様だからと世話をしていたリス妖精たちは、ユフィリアだからと一層に張り切って世話をしている。
作った軟膏も人気は上々で火傷以外に、手荒れやあかぎれ、ちょっとした切り傷にも重宝されている。
働き者の手は荒れやすいのだ。
たまたま調合した薬が役に立ったことは、ユフィリアにも自信を与えた。
だが、問題が一つ。
「……また軟膏が無くなっている。一日で消費できるものなの?」
リス妖精たちは普通のリスより巨大だが、人間の子供くらいのサイズである。
その小さな手などに使ったとしても、こんなに急激に減るものなのか。
ユフィリアやヨルハの世話だけでなく、精霊の木のお手入れなどで沢山のリス妖精がいるのかもしれない。
疑問に思いつつも、軟膏を補充する。
ユフィリアの工房に予備のボックスがあり、リスたちのお仕事エリアにある分がなくなるとここから補充する。
「キュッ!」
補充したところにまたリス妖精がやってきた。
昨日の夜確認した数から差し引くと、今日は三度も来ている。
ふりふりのチェックエプロンを付けたリス妖精は、軟膏に手を伸ばす。その姿をなんとなく眺めていたユフィリアだが、違和感を覚えた。
「……君、うちのリス妖精じゃないわね? どちらの子かしら?」
ぎっくーっと文字通り飛び跳ねたリス妖精。
毛をぶわりと膨らませた尻尾なんて体の二倍以上になっている。真っ黒なつぶらな瞳でユフィリアを見て固まっている。
だが、そろーっと動いた手は一個、二個とガラス瓶に入った軟膏を口に詰めている。絶対に忘れないし、落とさないと強い意志を感じる慎重な動きだ。
「怒っていないわ。でもね、そのお薬は我が家で働いてくれているリス妖精に用意したものなの。材料にも限りがあるし、いくつも持っていかれたら困ってしまう」
その言葉に他所のリス妖精は止まった。
口に入りきらず、ついには予備の箱ごと両手に持って逃げようしていた。そろりそろりとすり足ぎみの後退もストップだ。
どうしようかと迷っているのが、忙しなく目がぐるぐる動いている。
「チュゥウ~!」
わあっと泣き出したリス妖精は、床に伏せて頭を下げる。勢いあまって、床に叩きつける。
土下座してごんごんと床を鳴らしながら号泣するリス妖精。
(悪いことをしている自覚はあったのね……でもどうしましょう)
ヨルハはリス妖精の言葉は分るが、ユフィリアはニュアンスでしか受け取れない。
一生懸命に謝罪をしていると思われるし、何か説明しているのだが理解不能なのだ。
ユフィリアはスッとベルを取り出して振った。
「通訳! 妖精語かリス語の通訳できる方をお願いします!」
数分後、連れてこられたのはヨルハだった。
彼も一目見て、見慣れないリス妖精がユフィリアの部屋にいると気付いたようだ。射殺しそうな目つきで睥睨すると、リス妖精が固まる。
だが、ヨルハの圧に耐え切れずキュウキュウと小さな声で鳴き始めた。
「……このリス妖精は、人使いの荒い主人に仕えているみたいだ。火傷に効く薬の噂を聞いて、盗みに来たそうだ。酷い火傷を負った仲間が、このままでは処分されてしまいそうなんだと」
「そんな人いるの?」
「性悪の貴族や魔法使いかな? 自然集落にいるエルフはともかく権力に染まった都会エルフあたりもそうだよ。ああいった奴は最初だけいい顔して、家事妖精を主従契約で縛る。それか家から離れられないように強制して支配下に置く」
人間を雇うより酷使できるし、賃金がいらないので便利なのだ。
リス妖精からしたら、騙し打ちで奴隷にされるようなものである。
しょんぼりしているリス妖精をよく見ると、家で見かけるリス妖精より毛並みがぼさぼさしていて尻尾も貧相だ。
なんとなくだが、若い個体のはずなのに疲れ果てた憔悴感が漂っている。
ユフィリアは錬金術師なので、魔法の知識もある。だが、主従契約なんてテイマー系の魔法は分野外だった。
何かこの子や仲間を救う手立てはないだろうか。
ユフィリアが痛ましげな顔をしていると、ヨルハがそれをじっと見つめて首を傾げた。そして、一人納得して頷く。
「とりあえず、こいつは返したほうがいい。ゼイングロウの民はその手の魔法を嫌うから、雇い主は近くじゃない。距離ではなく、時間制限の縛りかもしれない」
ハッとして顔を上げるユフィリアとリス妖精。
ユフィリアは薬を運びやすいよう鞄を探すが小さなリス妖精に合うサイズがない。
大きさや持ち手の長さを調整できる風呂敷を渡すと、リス妖精は素早くそれに軟膏を入れた。ぺこりと頭を下げ、二人の間を駆け抜けて外に出て行った。
横を通る時、ヨルハはリス妖精の風呂敷の隙間にそっと自分の小羽根を仕込んだ。
「……あの子がまた欲しい時に持っていけるよう、在庫は多めに作っておきましょう」
リス妖精を見送って、ユフィリアは項垂れる。
自分の無力だ。打開策も思いつかないユフィリアのできることは、薬を作ることくらい。
「ユフィは優しいね。大丈夫だよ」
優しいヨルハの声に、静かに目を伏せるユフィリア。
その日の夜、ユフィリアが深い眠りについたのを確認したヨルハは起き上がった。
ユフィリアは気づいていないが、ゼイングロウでも夫婦になるまで褥は共にしない。
祝言を上げるまで一線は越えないが、できるだけ傍にいたいヨルハは何も言わずに寝台を共有している。
例えヨルハが手を出しても、ユフィリアは受け入れるだろう。
だが、こういうのは順序が大事だ。ユフィリアのように根が真面目で、淑女としてできている女性ならなおさらだ。
音もなく、露台に続く窓に向かう。
静かに開くと満天の星空と鬱蒼とした黒い森。暗い世界が広がっていた。景色を眺望しつつ、手すりに立つ。
「さて、南にこの距離は……メーダイルか。やっぱりな。嫌な臭いがしていたんだ」
メーダイル帝国。あそこに関わるとろくなことがない。
一瞬だけ、心底嫌そうな顔をしたヨルハ。その口元は好戦的な笑みで歪んでいる。
あの国は嫌いだ。ずっと嫌いだ。
メーダイルはゼイングロウを、獣人を蔑んでいる。喋る動物や家畜程度にしか考えていない。
そんな相手だから、少し悪戯したっていいだろう。
なに、家事妖精がいなくなるくらい大したことはない。
ヒト至上主義の大好きな国なのだから、妖精など使わず使用人を雇えばいいのだ。
隷属の下劣な魔法と共に、奴隷紋を作り出したのはあの国。奴隷制度のせいで、過去幾度となく周辺国の民は密漁されていた。
戦奴をはじめとする肉体労働、暗殺者としての適性の高さで獣人も狙われた過去がある。
今でこそ過去ほど大手を振って行っていないだけで、被害はゼロにならない。
ユフィリアはそんなこと知らなくていい。きっと悲しむ。でも、放置すれば賢いユフィリアは気づいてしまう可能性が高い。
手すりから飛んだヨルハは、あっという巨鳥になる。
ユフィリアと出会った時のような、小さな姿ではない。
大きな双眸は夜の世界を難なく見通し、大きな翼は驚くほど静かに羽ばたく。人が乗れそうなほど、巨大な梟。
その夜、メーダイル帝国でとある一家の屋敷から妖精がすべて消えた。
当主の書斎にあった契約書は無残に破かれ夜風に飛んでいき、長年の呪縛から逃れた妖精たちは救いのヒーローを探して追いかけていく。
彼は名乗らなかったが、彼が誰かを一匹のリス妖精が知っていた。
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