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追い出される二人

イアンは良親気取りの毒親です。ソフィアも同類。



 ゼイングロウの貴人から逃げるように、イアンとブライスは領地視察へ向かっていた。

 普段であればこの時期には向かわないのだが、もし結婚を渋ってユフィリアが何か言ってきても困る。

 たくさんの結納金は、アリスの贅沢でだいぶ浪費してしまった。


「結婚式まで持たんな。貯め直しできるか?」


 王都のタウンハウスにいるソフィアからの手紙に、苦虫を嚙み潰した顔になるイアン。

 あまりの浪費にブライスも似たような表情だ。

 アリスはまだ十四歳。幼さが抜けきらないこともあるだろうけれど、散財が過ぎる。

 いくら公爵子息と婚約したとはいえ、二人は受け継ぐものがない。このままでは貴族ではなくなるのだ。


「はぁ……ユフィがいなくなって、ますます金遣いが荒くなっていませんか?」


 ブライスが呆れたように言うと、イアンが睨んだ。


「だが、この婚約を逃したらあの子に次はあるか? もう少し容姿が……せめて体格が華奢で慎ましい性格であれば、新興貴族や裕福な商家くらい望めただろうに」


 偏食と暴食も健在だ。細身で美しい姉を気にしてか、以前は見かけを気にして食欲を押さえていたが、最近は欲望のままに食い尽くしている。

 性格に難があっても、若く美しいならば構わず娶る男は存外多い。


「アリスが十八になるまで婚約が持ちますかね?」


「持たせるしか無いだろう。老人の後妻か修道院しか行く当てがなくなると言えば、多少黙るはずだ」


 ユフィリアがいなくなってから、アリスの癇癪が一層激しくなった。今までユフィリアを差し出して平穏を保っていたので仕方ない。

 アリスが新たな見下しターゲットを探してトラブルを起こすことも増えた。

 黙っていろと言っているのに、エリオスとの婚約でマウントを取って遊んでいる。

 最近、事業が上手くいかず苛立っているのに問題ばかり起こすアリス。

 今まではユフィリアに厳しく当たって留飲を下げ、アリスには甘やかして感情の調節を図っていたイアンは、ここにきて上手く立ち回れなくなっていた。

 可愛がっていたアリスが疎ましくなってきている。

 あの子は何もできないから、イアンが面倒を見なくてはいけないのに。


「態度を改めないなら待てない。中等部を卒業したら、すぐに結婚させる。家から追い出すしかない」


「よろしいのですか?」


 意外そうな声で問うブライスも、イアンのここ最近の変化を察しているのだろう。

 家も仕事も上手くいかないことばかりで、イアンの苛立ちは最高潮だ。

 王家からの要請でユフィリアはゼイングロウに差し出した。

 何も文句は言わなく、すべてにおいて相手側に従った。ハルモニア伯爵家には何の非もないはず――少なくとも、彼らはそう思っていた。



 家に帰るとエリオスが訪問してきて、ハルモニア伯爵邸に泊ることになったと執事に言われた。

 何でも、家を追い出されたのでこちらに来たらしい。

 状況が状況なので執事は対応しかねていると、アリスが強引にエリオスを招き入れてしまって追い出せなくなったそうだ。

 最初はあっけにとられていたが、当主にも女主人にも断りなくアリスが独断で婚約者を招き入れたことにイアンは不快感をあらわにする。

 ただでさえ素行の悪さに定評があるのに、これ以上の悪評を作られたらたまらない。


(なんでこうなるんだ! ソフィも何をやっている? 追い出さなかったのか!? いつもならユフィが何とかしていただろう!)


 そう、ユフィリアなら。

 エリオスやアリスが何かやらかす前に、手を打っていた。

 やらかしても、被害が抑えられるように予防線を張っていた。

 ユフィリアが、ユフィリアなら、ユフィリアだから――じゃあ、彼女がいなくなったら?

 思考がそこに行きついた時、イアンはどくりと心臓が不快なほど大きな音を立てた、


「あのユフィが? いつも何を考えているか分からない、人形みたいに暗い作り笑いの娘が何をできるっていうんだ……!」


 でも、昔は良く笑う女の子だった。顔をくしゃくしゃにして、頬にくっきりとえくぼができる。きゃあきゃあと高い声で笑いながら、庭のブランコを揺らしていた。

 生まれたばかりの小さなユフィリア。片手で抱けるほど小さな娘。おしゃまなカーテシーを披露した姿。

 そんな笑顔を最後に見たのはいつだった?

 ゼイングロウに嫁ぐのが決まった時? 学園に入学する前? それよりもっと――ちゃんとユフィリアを見て会話したのはいつだ?


「だって、しょうがないだろう。ユフィは何でもできるんだ。だから私は不出来なアリスを導いてやらなくては……」


 その足はとっくに空っぽになったユフィリアの部屋に向かっていた。

 その部屋には何もない。ドレスどころか、リボン一つすら。がらんどうの部屋は家具すら運び出したはずなのに、アリスの部屋の半分もない。

 住人がいた時でさえ、伯爵令嬢の私室だとは思えない粗末さだった。


「何をしているんだ。私は……とにかくアリスだ! 今はアリスを問い詰めなくては!」」


 やっとアリスの部屋について、ノックもなしに開け放つ。メイドたちが止めようとしていた気がしたが、かまう暇がなかった。

 なんということだろう。泥酔したエリオスがアリスの部屋にいた。

 ネグリジェ姿のアリスの顔もやけに赤く、部屋中が酒臭い。

 酒瓶を持って半裸のまま寝落ちしたエリオスと、素足を放り出してお菓子の食べかすだらけで寝ているアリス。

 ベッドのシーツの上には食べたらしいディナーとデザート、そしてワインの染みが小汚いアートを描いていた。

 婚約したての若い男女が、深夜の寝所でこんなあられのない――そして、色気も糞もない酒乱騒動を起こしたと一目でわかる。


「……この馬鹿二人! お前らなんて面倒見切れん! 出ていけー!」


 アリスとエリオスは、こうして仲良く親に勘当されたのだった。





読んでいただきありがとうございました。

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