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溺愛と冷徹

ヨルハの表の顔、裏の顔。溺愛だけじゃない。


 ユフィリアは忙しかった。

 婚約期間は僅かで、急遽決まった結婚。しかも相手は異国の貴人であり、嫁ぎ先は遠く離れたゼイングロウ。

 歴代の番について学ぶと何年に誰が嫁いだと記録はあったが、嫁いでからの記録はほぼほぼない。


(実家の冠婚葬祭や大きな催しにすら滅多に出てこない。ほとんどゼイングロウに行ったきりなのね)


 番はゼイングロウでも格の高い獣人専用の伴侶のようだ。

 獣人の中でも、たった一人で師団や国家軍事力相当の力を持つ一握りたちが求める相手。

 彼らはあらゆるものを惜しまず番に尽くすが、独占欲が強いそうだ。

 だが、こんなにも情報がないと不安になるのも事実。


(……こんなこと考えるのは失礼かもしれないけど、お金で売り飛ばされるみたい)


 ミストルティンは番を輩出することに積極的だ。

 ハルモニア伯爵家もヨルハから提示された結納金に目が眩んで、何も言ってこない。


(エリオス様との結婚が流れたのは嬉しいけど、これはこれで心配ね)


 だが、ヨルハの眼差しにはユフィリアに対して強い好意と興味が宿っている。

 長年婚約していたエリオスより、ユフィリアのことを知っていた。

 毎日送られる贈り物は、日に日に厳選されていくのが分かる。最近ではドレスや宝石類はめっきり減った。

 代わりに希少な薬の材料や、調合器具、様々な図鑑や錬金術に関する書籍が贈られるようになった。


(……正確さが評判のメーダイル産の天秤に、抜群の透明度と強度を誇るガラス器具。ずーっと欲しかったのよね)


 乳鉢もサイズを取り揃えてくれたし、薬研と呼ばれる異国の器具まであった。

 物に釣られるようで恥ずかしいが、心が浮き立つ。

 なにせハルモニア伯爵家では歓迎されず、堂々と調合できなかったのだ。読書くらいならともかく、調合は庭師に倉庫の一角を借りて人目を避けていた。

 淑女として逸脱した勉学を、両親は望まない。エリオスに嫁いだ後、生活に困ると分かっていても資格を取るのに渋い顔をしていた。


(あ、ヨルハ様にお礼を言わなきゃ。会うたびに言っている気がするけど、毎日プレゼントが届くもの)


 毎日のお茶会で挨拶とお礼はセットになりつつある。

 ふと、テーブルの上に飾ってある花瓶を見る。ピンクの芍薬と白いカスミソウ、黄色のガーベラが華やかに彩っている。

 花もお茶会のたびに贈られるので、ユフィリアの部屋の中だけでなくその周囲も花が溢れている。

 最初にユフィリアが言った好み通りの明るい色の花ばかり。

 そして、贈られる花の種類からして花言葉も考慮して選んでいる。複数の意味がある花も珍しくないが、一貫して愛を囁くものは外していない。

 思わずユフィリアの頬が染まり、意味なく部屋を歩き回ってしまう。

 獣人は乱暴な蛮族だと差別的見方をする人もいるが、ユフィリアの見る限り温厚で愛情深く見える。

 確かに力は相当強いらしいがヨルハの態度はすごく丁寧だ。ユフィリアを繊細な壊れ物のように扱う。エスコートもユフィリアへの気配りが感じられた。


「ユフィ、どうしたんだ? こんなところにいるなんて珍しい」


「え!?」


 突然のヨルハの声に、びっくりするユフィリア。

 振り返るが誰もいない。首を傾げたが頭上に影が落ちる。

 思わず顔を上げれば、大きな翼を広げたヨルハが着地しようとしていた。酉の一族とは聞いていたが、その翼を見るのは初めてだ。

 だが、太陽を背中に背負って着地したので色や柄がほとんど見えない。辛うじて羽ばたく翼のサイズが分かるだけだった。

 音もなく翼が消える。体の一部だけを獣化することもできるのかと感心してしまう。

 骨格的には前足が翼に該当するが、手は残っていた。そうなると前肢に相当する物が二対あると思うと不思議だ。

 ユフィリアは周囲を見渡し、王宮の庭園でもかなり端っこを歩いていることに気づいた。


「よくお気づきになられましたね」


 純粋に驚きを口にするユフィリアであるが、ヨルハは不思議そうに首を傾げた。


「ユフィの居場所くらい分かるよ。俺の番なんだから」


 さも当然と言われるが、その番の判別もユフィリアには理解できない。種族のカルチャーギャップを感じつつ、曖昧に笑った。


「冷えた湿り気のある風が混じっている。午後は雨が降るだろうから、今日のお茶会は室内にしよう」


 そういえば、今日はガゼボで会う約束だった。

 ユフィリアが空を見上げると、多少雲が浮いているがいたって晴天である。


「もし嫌でなければ、俺の部屋に来てはくれないか? 青花茶という珍しい茶葉が手に入ったんだ」


 ヨルハよりだいぶ小柄なユフィリアに合わせてか、少し屈んで首を傾げ窺う。

 ここでユフィリアが断ったら、すごくがっかりするのが想像できる。大きな男性がそわそわとユフィリアを見つめる姿が妙に可愛かった。


「もちろん、喜んで。そんな貴重なものをご馳走していただけるなんてありがとう存じます」


「じゃあ、さっそく行こう」


 表情がぱっと明るくなり、ユフィリアに手を差し出しエスコートをするヨルハ。

こぼれるような笑みを返し、一緒に歩いていく姿は実に仲睦まじい。そうとしか言いようのない二人は、急ごしらえの結婚に見えない初々しさだ。

 二人が去った後、生垣からガサリと音を立てて王妃と侍女たちが顔を出す。その手にはオペラグラスを持っており、興奮が収まらない様子であった。


「いい感じじゃない!? ねえ、これそのままゴールインしちゃうんじゃないかしら!? ここはお節介しないで見守るべきじゃなくて!?」


「ヨルハ様もスムーズでありながら、女性慣れしていないのがいい感じです! あの完璧淑女のユフィリア様が、完全に乙女の顔をなさっておりました!」


「アクセル公爵子息の時は微笑みながらも目が死んでましたからね!」


 バーバラを皮切りに、きゃっきゃと黄色い声が上がる。

 そんな彼女たちの微笑ましいやり取りのもっと後ろでは、ヨルハの猫かぶりに番効果の恐ろしさに顔を引きつらせるコクランと、悟りの領域に達しているシンラがいた。


「……あの女なんて面倒としか思っていなかったヨルハが変わったなぁ」


「まあ、番様限定じゃろうて」


 気持ち分るが、ゼイングロウを発つ前のヨルハからは考えられない豹変。

 ヨルハの妻になりたがる女性は多かったが、煩わしそうにゴミか虫を見る目をしていた。

 とりあえず、覗き見がバレたらよくない。ヨルハとユフィリアが部屋につく前に、彼らもまたこの場を去るのであった。







 ユフィリアと別れた後、珍しくその去った扉に視線で縋らないヨルハ。

 数回瞬きをすると、くるりと方向転換して窓を開ける。


「王妃バーバラ、話がある」


「あ、あら、まあ、おほほほ……」


 バレていた。気まずい笑いが漏れるバーバラ。

 ずっと庭木に隠れていたのに、さすがと言うべきかヨルハには筒抜けだったようである。

 しかし、いつもならこっそりユフィリアを追うか、贈り物の厳選タイムに入るヨルハがミストルティン側を気にするなんて珍しい。

 潔くドレスを侍女たちに直させ、ヨルハのいる部屋に向かった。


「お待たせしました。何かありまして?」


「昨日の午後から夕方のユフィの部屋の護衛、あれを解雇してもらおう」


 いきなりである。だが、その冷徹な瞳から不機嫌さを感じる。


「応じましょう。ですが……理由を、お聞きしても? 何か不手際がありましたか?」


 少なくとも問題があったように感じない。報告は何もなかった。

 ヨルハは「まだなにも」とさらりと言う。


「目が気に入らない。ユフィを見る目が雄だ。見るだけじゃ飽き足らず、触ろうとしたらその首をもいでも気が済まない」


「番様に無礼を……承知いたしました。あの者は王宮ではなく、メーダイルの国境沿いに行くよう手配しましょう」


 たかがそれくらいでとは思わない。

 ミストルティンを思えば粗相は許されないので、粛々と頷いた。

 バーバラは有識者から、獣人の番への執着心を学んでいた。

 ヨルハは番への求愛の真っ最中。自分のテリトリーにさえ引き入れていない。かなり神経質になっているはずだ。


「あと、ユフィの使用人……一番端の若いメイド。緑の髪をしたそばかすのメイドと入れ替えろ。三日前まであっちだったはずだ。あれに戻せ」


「今の娘が何か失態を?」


 ユフィリアの前では恋に溺れふやけた青年だったのに、バーバラの前では冷酷な絶対強者の風格を見せる。

 だから、ユフィリアの周囲には優秀な人材を配置したはずだ。

 今日の使用人や護衛たちも、身元もしっかりして勤務態度も良好な者を厳選したはずなのに。

バーバラはやらかしていないが、下の者がやらかせば上の者の責任になる。それはミストルティンの信用問題になりかねない。

 バーバラは早鐘を打つ心臓を感じながら、表面上は動揺を見せない。

 ヨルハはそんな彼女を見下ろし、やがてゆるりと目を細めて口角を上げた。笑っているはずのそれが、猛獣が牙を剥いているような威嚇に見える。


「ユフィへ贈ったプレゼントの一つに、その女の残り香がした。まだ倉庫に保管してある、ピンクダイヤのピアスとネックレスのセット。ユフィが身に着けるどころか、まだ箱からも出してないし触れていないはずなのに――不愉快だな」


「それは、失礼を……っ!」


 バーバラは王妃だ。そう簡単には頭を下げてはいけない。

 それは重々理解しているが、淡々と語るヨルハの言葉には激しい怒りが渦巻いている。この頭一つで彼の怒りが収まるのなら、安いものだった。


「ミストルティンの尽力には感謝している。だから、未遂は見逃してあげる。ユフィも血生臭いのは嫌だろうから」


 ヨルハが普通の人間なら気づかなかっただろう。だが、彼は獣人。

 本人は酉の一族だから、嗅覚はそれほどではないはず。でも、人間とは比較にならないのだ。

 ヨルハもまた人間の感覚は獣人よりはるかに鈍いと認識しているし、ミストルティン側の誠意を汲み取って酌量の余地を与えているのだ。

 だからと言って、油断は厳禁。失態はできないし、予防できるなら全力を尽くさねばならない。


「他にも気になるのは多少いるけれど……許してあげる。でも、ユフィに何かあったら、許さない。そいつは殺すから、それは覚えておいて」


 ヨルハは許せない。

 自分の番に欲望を向けるのも、番の所有物を奪うのも、許可なく触れるのも。

 でも、すぐ怒って始末したら恐れられてしまうから抑えている。

 ヨルハは我慢をしている。それを努々忘れるなと警告しているのだ。

 ミストルティンで血が流れていないのは、番の繊細な心に何かあってはいけない――それが憂慮する点。ヨルハの鎖はそれだけだ。

 番に何かあったらその鎖もあっさり千切れる。

 ヨルハは多くを語らないが、バーバラは理解した。理解させられたのが正しい。

 警告された騎士とメイドは即日辞令が出されて王都から追い出された。








読んでいただきありがとうございました。

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[良い点] 一家に一人ヨルハがいれば、自宅警備はほぼ万全? [気になる点] 無味無臭の毒とかにも反応しそう。 ユフィリア限定だともっとすごそう。 第六感も駆使しちゃう的な? [一言] 王妃様達の気…
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