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ぎこちない感情

ユフィリアさん困惑だけど嫌じゃない。


 ユフィリアの部屋の窓から見える尖塔。その急斜となった屋根に捕まりながら、小さな突起を足場にヨルハが立っていた。

 それなりの長身であるにもかかわらず、そんな場所に人がいるはずがないと誰も気づかない。


「喜んでいるユフィ、可愛い……」


 うっとりと微笑むヨルハ。その目には番しか見えていない。

 酉の一族は目が良い。その特性を遺憾なく発揮したヨルハは、数百メートル以上離れた距離から愛しい番の姿を見つめていた。

 まだ出会ったばかりなのだから、距離を詰めすぎるなとお達しがあるので我慢している。これでも我慢しているほうなのだ。

 午後にはお茶会がセッティングされているので、それが楽しみで仕方ない。


「そっか、ユフィはドレスや宝石より本が嬉しいんだね。

 じゃあ、家には書斎を作ろう。いや、図書室? 図書館でもいいな。ユフィの好きな本を世界中から集めて埋め尽くそう。

 お菓子は何が好きかな? 女の子は花も好きだって聞いたから、ゼイングロウにしかない花を贈ったら喜ぶ? ゼイン山脈の洞窟にある青いエーデルワイス、ほんのり紫色でユフィの瞳に似ている。あれを庭に植えたら喜ぶ? そうだったら嬉しいな……」


 風にかき消されて、見張りの兵士たちはその狂おしい呟きに気づかない。

 だが、一人気付いている人物がいた。


「おーい、ヨルハ。クソ寒いゼイン山脈の花なんざ、普通の庭じゃ枯れるぞ。普通に茶会の時にユフィリア嬢に聞けばいいだろ。好きな花はなんですかーって」


「嫌がられないか?」


「逆に稀少な花で庭を埋め尽くす男に引くぞ。だったら見覚えのある教えた覚えのある花があったほうが安心だし嬉しいだろ」


「……ユフィが嫌がったら吊るす」


 どこに。

 そう思ったが、いま彼のいる場所より高いのは間違いなさそうだ。凍えた眼光がそう言っている。

 味方のコクランに殺気立った視線を送るくらいには、番に夢中だった。


「なんで自分が好きって言った花を嫌がるんだよ」


 番が好きすぎて色々と平素の判断力が欠落している。そんなヨルハに呆れつつも暴走しないようにアドバイスするコクランである。

 かくいう彼も、自分の番を見つけたとき散々シンラに窘められた。ヨルハの気持ちも、シンラの気持ちも良く分かる。

 






 ユフィリアとヨルハの交流は、王家のバックアップがついている。

 王家だけではなく、普段なら喧々諤々と言い争っている貴族の派閥すら一丸となってこの縁談を纏めようと尽力していた。

 ヨルハはゼイングロウの王だ。

 呼び方はミストルティンとは違うが、その身から溢れるカリスマはその器を示している。

 そして何より金払いがいい。

 ヨルハは躍起になってユフィリアのことを調べ、彼女が喜びそうなものを買い漁っている。その財力は猛威のような勢いで、経済を潤している。

 ひとつひとつの金額がでかいうえ、躊躇いなく購入する頻度も速度も普通じゃない。

 最近では既製品だけでは飽き足らず、オートクチュールも頼んでいた。美しい生地や裸石の買い付けにも余念がない。

 ヨルハが入った店は、彼が帰った後に急な臨時閉店するという噂がでるくらい。

 こんな上客を逃がしてなるものかと、商会を抱える貴族は駆けまわっている。

 そんなお騒がせ婚約者以上、カップル未満の二人は王宮の一角でお茶会を開いていた。


「こんにちは、ハルモニア伯爵令嬢。お会いしたかったです」


 穏やかに緩められた目元と口角だけで、ヨルハの美貌が一気に優美になる。

 無表情の時は凄味のある美しさに圧を感じるが、こちらは華やかさで引き込まれてしまいそうだ。

 そう思いつつユフィリアはスカートを摘まんで、お辞儀をする。

 今日のドレスはプレゼントされた一着。正直ありがたかった。家の荷物には王宮に相応しいドレスなんて無かった。


「ご機嫌よう、ヨルハ様。たくさんの贈り物が届きました。素晴らしい品々ばかりで、嬉しいです。ありがとう存じます」


 何が届いたとか言うべきだが、できなかった。何せ量も品数も多すぎる。

 一つ一つ挙げていたら、それだけで用意されているお茶が冷めてしまう。


「女性に贈り物など初めてなので、そう思っていただけて何よりです」


 本当に嬉しそうに笑うヨルハに、ユフィリアの表情もつられて緩む。

 正直、あまりの量に驚いたが相手はゼイングロウの権力者。これくらいは普通なのかもしれない。


(でも、こんな素敵な殿方が女性に贈り物をしたことないなんて……)


 婚約者や恋人がいてもおかしくない。

 だが、自分の考えをすぐさま思い直すユフィリア。ゼイングロウの風習について、ユフィリアは詳しくない。

 ついつい調合用に欲しい薬草や鉱物についてばかり調べて、ゼイングロウの文化には不勉強なのだ。

 もっとしっかり学ばなければと、一人気を引き締めていると強い視線を感じた。

 視線を上げると、ヨルハがユフィリアを見つめていた。目が合うと金色の瞳がとろりとした熱を帯びる。


(……獣人族? いえ酉の一族の方の感情の伝え方ってストレートなのかしら)


 居心地悪さを感じるが、不思議と嫌ではない。

 厭らしい下心ではなく、好意や慈しむ眼差しに困惑が強かった。

 それを誤魔化すように、庭に視線を向ける。さすが王宮だけあり、庭師が丹精込めて手入れされた庭園は見事なものだ。


「今日はお天気にも恵まれて、気持ちが良いですね。王宮の庭園が綺麗です」


 どこの王宮も庭園の造形には力を入れている。権力の象徴たる王城を飾る一つだ。ミストルティンも例に漏れず、美しい。


「そうですね。とても綺麗です」


 ユフィリアの言葉に同意しつつ、ヨルハの眼差しは一度も庭に向かない。ひたすら甘くユフィリアを見つめている。

 美しいと称賛している対象に気づき、ユフィリアの頬がうっすら上気する。


「お庭ですよ?」


「はい、とても美しいです」


 視線は変わらない。頬に熱が帯びるのを感じたユフィリアが扇を広げ、そうっと顔を隠す。

 途端にヨルハの顔がしょんぼりとしたが、また表情が変わる。


「ハルモニア伯爵令嬢、これからはユフィと呼んでも?」


「はい、どうぞお呼びください」


 これくらい、婚約者となるなら当然だ。

 ユフィリアの同意を得たところで、ヨルハの笑顔は一気に最高潮になった。


「ああ、ユフィ。可愛いユフィ。ずっとそう君に呼びかけたかったんだ」


 何時の間にか距離を詰めたヨルハは「ユフィ、ユフィ」と言い続けながら、軽々とユフィリアを抱き上げる。そのままくるくると回った。

 ユフィリアの膝から太腿を片腕で支え、もう一方で背中に添えている。たったそれだけなのに、ユフィリアを持ち上げながら回っても微塵もブレない。

 さすが獣人の方、と奇妙な感心をするユフィリア。

最近はヨルハの突飛さに少し耐性ができつつも、好きにしてくれと言う自棄が半分。


「君のことが知りたい。何が好き? 花は? 色は? 食べ物は? 君の大好きなものをたくさん集めた部屋で満たした家を用意する」


「え、ええと、もうたくさんいただいたので……っ!」


「あれだけで? 俺は満足していない。もっと俺のもので満たしたい」



 心底不思議そうに首を傾げるヨルハに、ユフィリアの中で何か引っかかる。

 一夜でいなくなってしまった丸い大きな双眸の鳥。綺麗な羽をくれた梟の姿が脳裏をよぎる。


(あの羽根はちゃんと王宮に届いているかしら? ネックレス用のジュエリーケースに入れたから一緒にきているはず)


 くりくりとした目で一生懸命ユフィリアを見ていた小さな夜の鳥。

 外壁にぶつかってしまうちょっとドジで可愛らしい梟と、迫力ある美貌と逞しい長身のヨルハの姿は全く似ていない。でも、その瞳の輝きが似ている。

 ぼんやりしていると、ふわりと地面に降ろされて抱きしめられた。


「まずは好きな花は?」


「えっと、色々あるのですが……淡くて明るい色の花が好きです」


 濃い色やけばけばしい色はアリスを思い出す。目立つ色や派手な物はアリスに奪われ、彼女が身に着けるので自然と嫌いになっていった。


「そうか。うん、分かった」


 うんうんと頷くヨルハに、始終振り回されっぱなしのユフィリア。

 でも、なんだか「しょうがないなぁ」と流されてしまう。それでも家族やエリオスとは違って、悲しさや寂しさなんて感じない。

 少し胸が窮屈で面映ゆくて、温かい。

 溢れそうな何かの名前をユフィリアは知らない。





読んでいただきありがとうございました。

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