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ふたたびの(幻獣王)

 幻獣王は退位の日を明日に控え、ゆっくりと城を巡回していた。

 傍らには、次代の王と定めた者のみ。

 生きることに飽きるほど長命な彼らに、改めて交わす言葉はない。城はいつも通り、静謐な空気に包まれている。


 ただ時折、城下からの風に乗って子供たちの楽しげな声が届いた。

 城から一望できる大通りに、揃いの鞄を背負った人の子たちがわらわらと騒がしくもつれ合って歩いている。かつてはこの世界の片隅に縮こまって暮らしていた人間たちは、今や放たれた子羊たちのように世界中に満ちているのだ。


「新しき学徒たちですな。おや、あそこに魔法伯が」


 微笑ましいと次代が呟き、千里を見通す鷹の目を眇めた。

 確かに、獅子王の目にも今代の魔法伯が細君とともに赤い鞄を背負う小さな人の手を引いている姿が映った。

 魔法伯という称号を受け継ぎ、幻獣たちから敬われていても、彼ら一族は人間としての暮らしを大切にしている。この世の危機を救った初代魔法伯とその妻は、少し前に寄り添うようにして亡くなった。その意志を子供たちが継いでいるのだ。


 そんな彼らがいたからこそ、幻獣たちと人々が今、手を取り合うことができている。


 誇り高い幻獣たちが頼るほかはなかった少女は、あの両親に手を繋がれた小さな人と同じほどに小さかった。帰りたいと泣きじゃくっていた。

 彼女から何を奪い、何から彼女を奪ったのか。

 代わりに何を差し出せるのか。

 王として真摯に考え、結果、対価などないのだと気づいた。

 それからずっと、幻獣王の心には闇が巣くっている。


 それも、願わくば明日まで。

 明日、幻獣王は退位する。

 ふたたびの、あの世界との邂逅に備えて。


 別次元に存在する二つの世界は、運命で繋がれたように百年余りの周期で近づいてしまうとわかったのは、いつだったか。

 だがかつて二つの世界に風穴が開いた時は嘆き悲しむしかできなかった幻獣たちは、今回は落ち着いている。

 百年をかけて、人とともに編み出した秘策があるからだ。

 幻獣たちにとってほんの短い時でしかない百年が、これほど価値ある年月に変わるとは。

 人とは、なんと儚くも逞しい存在なのだろうか。




 邂逅の日、不可思議な圧力に世界が撓んだ。

 幻獣王を筆頭とする幻獣と魔法使いたちが撃ち放った魔力を、計算し尽くされた空中のただ一点、ふたつの世界の邂逅点へと、人が作り上げた特殊なカラクリが正確な角度で集束させる。

 世界が触れ合うその瞬間、その一点で、弾くのだ。

 運命の弦を。

 ――ピンッ!


 そうして、どちらの世界も無事、二度と交わらない軌道に乗ってゆっくりと離れていった。


「成功ですね。王よ、ご無事で」

「後を、頼む」


 幻獣王は言い残し、愛おしい故郷のすべてを振り切って遠ざかる世界へと魂を飛ばした。

 恋い焦がれていた気配が、確かにそこにあったからだ。

 百年ぶりに感じる、懐かしい番の香りだった。



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