5.お姫様と騎士?
店内に響き渡った直葉の声。
その残響が溶け切った頃。
志保と直葉はようやく会話に辿り着いた。
「直葉さん……なに、してたの?」
あまりの悲鳴にまだ志保は頭がぐわんぐわんしている。
困惑しつつ、まだ頭の中に残る悲鳴を振り払って、やっと直葉に問う。
「見られてしまったッ……。もう誤魔化せない……。」
直葉は応答してくれるものの、顔は見えない。
なぜならば、彼女の顔は床に向かっていて、志保と目線を合わせるどころか顔すら向いていない。
「……悪いこと、しちゃったな。……ごめんね。」
志保は直葉に謝る。
「志保殿は何も悪くない……ッ。」
絞り出すような直葉の声は聞こえるが、相変わらず顔は下を向いたままだ。
とはいえ、いつまででもうなだれられていては、志保も落ち着かない。
らちが開かなくなってきたので、志保はとりあえず店内を見渡す。
レースやフリルが豪奢に使われた可愛らしい衣装の数々。
これはまるで……お姫様の衣装。
『ファンタジーエヴァンジェリン』のキャラクター達の衣装とは異なるが、どこか通じる部分もある……かもしれない。
そういえば、こういう服を着てる人って、ごく稀にだけど街でも見かける。
「こういうの……好きなの?」
志保は直葉に聞いてみる。
このまま帰るのはどうにも落ち着かない。
「ううう……。そうだ。私はこういうのが好きだ……。まさかよりによって志保殿に見られるとは……。」
直葉はまだうつむいている。
よりによって? 私?
いささか引っかかりを覚えつつも、こういう時にはどんなことを言えば相手が落ち着くのか、なんとなくだが志保にも検討がつく。
「……直葉さん。秘密にしておいて欲しいならそうするよ?」
志保の読み通り、直葉はようやく冷静さを取り戻した。
「……グスン。秘密だったのだ。みんなには知られたくなかったのだ。」
やっぱり秘密だったのか。
「ともかく、秘密は守る。そこは安心して。」
志保は直葉を諭すように話す。
「……本当、か。」
いつもの威勢のよさが噓のよう……いやそうでもないな、階段転落事件の時もそういえばこんな感じだったかもしれない。
そんな直葉への感想を志保は抱く。
「うん。……あ、でも。」
「でも、って何ぃぃ。」
直葉がまた泣きそうな顔に戻っていく。
表情筋が忙しい子だなあ、と志保はぼんやり思い始めた。
「秘密にするのはいいんだけどさ。なんで秘密にしたいのか、理由を聞いてもいいかな。理由もわからず秘密にされると、もやもやするから。」
ようやっといつも通り……いや、いつもよりまだちょっとしおらしい直葉に、志保は尋ねる。
「志保殿に聞かれたなら……。こ、こんな可愛らしい服、生徒会長のイメージとは違いすぎるのだッ! 質実剛健、容姿端麗、文武両道の生徒会長とは!」
「……お、おう。」
意味が分からなくもないような……、いや、それは……。
単なる直葉さんの、主観では?
「と、とりあえずはわかった。だけど……私の思ったこと、正直に言っていい?」
「志保殿の思ったことなら……。」
めっちゃ不安そうだ。でも、言うなら今しかなかろう。
志保の迷いが吹っ切れた。
「……生徒会長だって、こういう可愛い服は着ていいと思うよ? むしろ、なんでこういう服が生徒会長のイメージから離れてると思ってるの?」
「!!!」
まるで雷でも落ちたかのように直葉は唖然とする。
「なんでって、そういうものでは無いのかッ……?」
「少なくとも私は、そんな風には思ったことないけどなあ。そもそも、直葉さんって生徒会長を何だと思ってるの?」
と志保に問われた直葉は、
「そりゃあもちろん、質実剛健、容姿端麗、文武両道! そして困っている生徒を助ける! 皆が憧れる、完璧な生徒会長! 私はそうなりたいッ!!!」
と、早口で答え上げた。
「……そ、そっか。」
何となくだが、志保は直葉の理想像、そこにゴスロリが相容れない理由を想像していた。
おそらく。
直葉の理想の生徒会長とは、華美とは真逆……質実なものだろう。
そういう意味で、このゴスロリは確かに『華美』……直葉の理想とは離れているのかもしれない。
だが。
「……でも、可愛いね。こういう服も。お姫様みたい。」
「……志保殿?」
「私は……好きだよ、こういうのも。」
「……」
「生徒会長だって、たまにはこういうのを着てもいいと思うよ。」
志保の言葉に、直葉は戸惑いを隠せないようだ。
「……志保殿。」
「ん?」
「そこまで言うのなら……共犯になってくれないかッ!?」
「共犯!?」
あれよあれよという間に、志保は直葉の選んだゴスロリ服を身体に当てられていた。
王子系……文字通り、ファンタジーの王子か騎士を想起させる装い。
薄水色のブラウスに、藍色のベストとハーフパンツ。
「に、似合う……。」
「似合うの!?」
どこかうっとりしたような目で直葉から見つめられていることに気づいた志保は、もはやどうリアクションすればいいかもわからず、呆然とするしかなかった。
直葉は白のブラウスに、レースとフリルがいっぱいの真紅のワンピースを当てている。
まるでお姫様と王子様だ。
『共犯』ってそういう意味!?
流石にこの状況で「お姫様と騎士みたい」などとコメントする勇気など志保にも無い。
……なぜだ。
志保は無性に恥ずかしくなってきた。
店内には店員を除けば、私と直葉しかいないはずなのに!?
なんでこんなにも……照れくさいのだろう?
鏡の中の自分たちは頬を紅く染めている。
……きっと、こんな格好してるからだ。
だが志保は、心の底では、直葉が可愛らしくてどうしようもなくなっていた。
鏡に映った自分たちを見ていると、どこか『ファンタジーエヴァンジェリン』のキャラクターに通じるものがある……そんな気がしなくもなかった。
……これはこれでアリなのかもしれない。
不本意ながらも、志保はこの「共犯」を、悪いようには思っていなかった。