2.それぞれの星花祭 前編 Side弓道部
夏休みが明けて少し後。
星花女子学園の文化祭である「星花祭」が幕を開け、学園内は活気やら歓声やら、明るくてエネルギッシュなものに満ち溢れている。
吹奏楽部の演奏は、部全体では午後3時頃からであるが、その他にも有志によるアンサンブル演奏やゲリラライブが企画されている。
チューバ吹きである志保はアンサンブル演奏の一部に参加していて割と忙しい。
その合間を縫うように模擬店を巡っている。
何やら黄色い歓声と、ガコンと何かが破壊されるような音が飛び交うグラウンドを横目に、志保は弓道場へ向かっていく。
(弓道場ってたしかこっちだよな。……サッカーボールって手で投げるものではないよな。ルールとしてそれはアリなのか? まあ店番が止めないならいいのか。)
サッカー部開催のストラックアウトとそれを道場破りする生徒に心の中で突っ込みを入れているうちに弓道場にたどり着いていた。
「志保殿!」
「ああ、葛城さん。」
「クラスメイトなんだからそろそろ苗字呼びは止してくれないか?」
「む。むむむ。んー……ん、すぐは、さん。」
「なんかまだぎこちないぞ?」
「ううう。」
夏休み中の直葉階段転落事故をきっかけに志保と直葉は以前より良く話すようになっていて、星花祭ではお互いの部活に顔を出そうという話になっていた。
「弓道部は射的場なんだね。一回やっていい?」
「もちろんだとも!」
直葉に連れられ、志保は弓道場内部を改装した射的場に向かう。
弓道場の射場には机が一列に置かれ、その上にはおもちゃであろう小さな弓と先端に吸盤が付いたこれまたおもちゃの矢が並べられている。
的場には、本来の的よりも手前半分ほどの位置に手作りであろう、段ボールの的が置かれている。
おもちゃの弓は、弓道場の片隅にある、おそらく本物の弓よりも明らかにはるかに小さい。
志保はそれを見て、
「あれがほんとの弓?」
「ああ。慣れないと危ないし、そもそも大抵の人はいきなり引けないだろうから模擬店用におもちゃの弓を用意しているのだ。」
「まあ、そりゃそうだよね。」
「引き方はわかるか?」
「わかんない。」
「うむ。左手にまず弓を持つ。手のひらと弓が直角になるように。……うむ。床に印が書いてあるからそれに合わせて立ってくれ。……うむ。そしたら矢をつがえて……矢の羽根の所を持って、引いてピッと離す!」
直葉にレクチャーされながら矢を放ってみるも、矢は力なく落ちていく。
「まあ今のはノーカンだ。1回5発だぞ、頑張ってくれッ!」
そう言って直葉は少し離れていった。
「思ったより難しいな……。」
志保は弓に矢をつがえ、また放つ。
さっきよりも矢は遠くまで飛んで行ったが、的までは程遠い。
「志保殿、姿勢はいいから後はもっと思いっきりぐっと引っ張ると飛んでいくかもしれないぞ。」
「そ、そう。」
2発目。今度は狙いがぶれたのか斜めに飛んで行ってしまった。
「うーん……。」
思うように矢が飛ばない志保は弓を左手に持ったまま、眉間にシワを寄せて考え込んでしまった。
直葉は志保のもとに戻ってきて、
「志保殿、……良ければなんだが。……一緒に弓を持ってもいいか?」
「え?……あ、うん。……いいよ。」
志保の同意を得た直葉は、志保の後ろに回り、二人羽織のような体勢で弓を引く。
「いいか? こう……グッと引いてピッと離す!」
志保と直葉の引いた弓から放たれた矢は、的をバタンと倒した。
「あ、当たった……。」
志保は飛んで行った矢と倒された的を見つめてポカンとしている。
「……私もこんな教え方は初めてだ。あ、当たってよかった……!」
直葉は志保を見てほっとしたかのように、ふうと息をつく。
「……ねえ。」
「な、なんだろうかッ。」
安堵したところにいきなり志保から話しかけられて、直葉はリアクションが大きくなってしまった。
「あ、あの。もう一回……やってもらっていい? コツを掴みたい。さっきので3発目で、4発目使っていいし、当たっても当たった判定にしなくていいから。」
「も、もちろん、だッ。」
志保に頼まれて、直葉は再度志保の後ろに回り、またも二人羽織で弓を引く。
矢はさっきよりも真っ直ぐに的を倒していった。
「なんだか掴めた……かもしれない!」
「おおおッ!」
直葉は志保の少し後ろから志保を見守り、志保は弓に矢をつがえる。
「これが、最後の一発……!」
志保は渾身の思いを込めて矢を放つ。
志保の弓から放たれた矢は、的の端ではあったものの見事に命中し、なんとか的を倒した。
「や、やった!」
「おめでとう志保殿!」
5発目は志保一人で放ったのであるが、直葉はまるで自分のことのように喜んでいた。
「命中は5発中3発だな、ここから景品を選んでくれっ。」
直葉が景品コーナーの一角を示すものの。
「いやいや、私が当てたのは1発でしょ。」
このとき、直葉の心には一瞬の翳りが挿していた。
「……あれをノーカンには、私はしたくない。」
「いやいやルール違反でしょ。」
「そんなことはないッ! あれも志保殿の矢だッ!」
直葉が急に大声を出したので、他の弓道部員や客たちが一斉にこちらを向いてきた。
「直葉さん声大きいよ!」
志保も志保で大声を出しそうになったのを、ぐっとこらえて直葉をなだめていく。
周りに見られて、志保も直葉も恥ずかしく、まるで誤魔化すかのようにうつむく。
幸い、すぐに何事も無かったかのように、辺りの興味は志保と直葉から離れていった。
「……ごほん。ともかく。あの2発を無かったことにされるのは……私は……嫌だ。」
今まで見たことの無いような真剣な顔で悲しがる直葉に志保は動揺してしまう。
「う、……うん。わかった。直葉さん……というか弓道部がそう言うんなら、3発……当たったことにさせてもらうよ。」
「本当かッ! やったッ!」
ほっておくとまた大声を出されそうなので、志保は直葉をどうどうとなだめながら景品コーナーへ向かっていく。
5発中3発命中の景品は、中くらいのランクらしい、「ちょっと嬉しい」くらいのものが揃っている。
「どれがいいかな……。」
景品を吟味していると、中に紙や写真を入れられるシャープペンがあった。
「じゃあ、これにする。」
「うむ。」
「楽しかったよ。店番頑張ってね。」
「ああ。志保殿も演奏頑張ってくれッ。」
「うん。」
「3時からの演奏と、たしか前に聞いてたのは明日の11時からだったかな。それには行けるぞ。」
「ありがとう。そろそろ出番だから戻るね。」
直葉は志保を見送って、また弓道部の店番に戻る。
直葉はとても満ち足りた気分であった。
その理由は、珍しく空回りせずに困っている生徒を助けられたから、だけではないことにまだ直葉は気づいていない。
そして直葉が気づいていないものはもう一つある。
……あの2発の矢に、なぜ直葉はあんなにこだわっていたのだろうか。
ー一方その頃、音楽室にて。ー
(……弓矢ってすごく難しいんだな……。)
実在の弓道……ではなく。
(ボウマスター、かっこいいな……。いやでもやっぱり2週目もアーマーナイト主人公でやろうかな……。)
志保は『歯ごたえ抜群ファンタジーシミュレーション』の異名で名高いSRPG、『ファンタジーエヴァンジェリン』のファンで、吹奏楽部の支度をしながら次のプレイスタイルを考えていたのだった。