呟きその5・先輩
俺の名はうたたん、一匹の雄ウサギだ。
夏の暑さは苦手だが、エアコンの風は心地良い。
ところで飼い主は目が悪い。
まあ、悪いのは目だけじゃないけどな。
夜電気を消す時に「うたたん、コワくない?」などと言っておる。
我が種族、人間的な視力は悪いよ。きっと飼い主と同じくらいだ。
だが暗闇でも見えるのだ。
そりゃあ夜行性だし、索敵必要だしな。
ついでに言うと、人間族が見えないものまで見える。
視力の問題じゃなくて、感覚のレベルが違うのだ。
だから、先輩に会えた。
今は日本人の暦で言えば、「お盆」という季節らしい。
仏教の教えだな、うん。
飼い主の住んでいる場所で、お盆は七月なのだ。
その夜、飼い主が寝たあとのこと。
天井の方から、シャンシャンという音がした。
細い糸みたいな光と共に、ふわりと降り立つ一匹の同族。
「やあ、初めまして。僕は君の前に、ここに住んでいた者だよ」
なんと!
先輩であったか。
「僕は生前、『うーちゃん』と呼ばれていたんだ」
飼い主のネーミングセンスは、昔から変わってないようだ。
「うーちゃん先輩、今日は何のご用で?」
「うん、三回忌が終わったので、月の天使様の眷属になれたんだ。そのお祝いで、地上に顔出しが出来たの。お盆だし」
バリ仏教系の話だ。
うーちゃん先輩は俺よりずっと小さい。
だけど目は大きい。
美兎だな。
「僕は血統書付きの、ネザーランドドワーフだったからね。飼い主さんが一目惚れしたんだよ」
あ、ちょっとマウント取られてる気がする。
「でもさ、僕、体が丈夫じゃなくてね、飼い主さんに随分心配させちゃって」
「結構長生きだったって聞きましたよ」
「うん。十二歳までね。ホント、最後の一年はもう動きたくなかったくらい」
うーちゃん先輩は、寝ている飼い主の胸にぴょこんと乗る。
兎体じゃないから、重さはないだろう。
「ふふ。相変わらず、幸薄そうな飼い主さんだけど、あったかいな」
もっと、甘えていれば良かった。
抱っこ、させてあげれば良かったな。
そんな思念が伝わってきた。
懐かないウサギだったって、飼い主がいつか言ってたけど、十分懐いていたんじゃないか?
ツンデレな先輩。
血統書付きゆえの、プライドの高さかもしれん。
「そうそう、今日僕が来たのは、君にお願いがあってさ」
「なんでしょう?」
焼きそばパンは買いに行かないぞ。我が種族、食えないからな。
「君には長く、長く生きて欲しい。出来れば、僕よりも」
「はあ」
鋭意努力はいたしますが、こればっかりは、ねえ……。
「いつか、ずっと先の未来に、飼い主さんが身罷った時は僕が迎えに来るんだ。それまでは君が頑張ってよ」
何十年先の話だ。
でもまあ、了解の代わりに、俺は先輩の鼻先に、自分の鼻をつんつん付けた。
「そろそろ行くね。またお盆の時期には顔出すよ」
「はい。先輩もお元気で」
空に帰っていく先輩の背中には、小さな羽が付いていた。
先輩は兎天使になったんだ。
さすが血統書付き!
翌朝、目覚めた飼い主が、いきなり俺の頭を撫でた。
何だ?
何があった!
「ずっと、元気でいてね、うたたん」
いつもより多めに牧草を出した飼い主は、仕事に行った。
もう一回、俺は寝た。
ええ、そんな夢を見たのです、飼い主は。