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ラブポーション!

頭を空っぽにして下さい...

「遂に完成だ...」


 とある製薬会社の研究室。

 主任研究員の吉我井(よしがい)亮二が呟く。

 彼が手にしているのは透明な瓶、中には怪しげなピンクの液体で満たされていた。


 苦節半年。

 亮二は仕事の合間を利用し、研究室の薬剤や道具を無許可で使い、遂に完成したのだ。


「また勝手に研究室を使って変な物を」


「変とはなんだ!」


 小躍りする亮二に冷めた声で木具楼(きぐお)紗央莉が研究室に入って来た。


「今度は何の薬?また惚れ薬チョコとか」


「...あれは失敗だった」


 タメ息を吐く亮二。

 前回彼が作った惚れ薬チョコレート。

それは亮二が妻から再び愛されたいと願い作られた物だった。


 しかし結果は無惨な物であった。

 彼に冷めていた亮二の妻に惚れ薬チョコを密かに食べさせたのだが...


「それで不倫が分かるなんてね」


「アァァ...」


 無慈悲な紗央莉を言葉に亮二は頭を掻きむしる。

 惚れ薬を食べだ妻は亮二にで無く、密かに不倫をしていた浮気相手に効力を発揮してしまったのだった。


「もう離婚したら?

 証拠は揃ってるんでしょ?」


「まだだ」


 薬の効果で妻は益々不倫に歯止めが利かなくなってまい、隠そうともしなくなった。

 バレたら破滅のリスクを分かっているにも関わらず。

 つまり、薬の効果自体はあったのだ。


「あの薬は現時点で意識している男への愛を燃え上がらせてしまう事が分かった、そこに気づかなかったのがミスだ」


「つまり奥様は亮二に何の興味も無かったって事よね?」


「グ...」


 容赦ない紗央莉の言葉、亮二のハートはズタズタに切り裂かれる。


「あの女は胡散臭かったのよ、どうせ亮二の金や主任研究員の肩書きが目当てだったに決まってるわ」


「そんな事は無い...たぶん」


「そうかしら?」


「28歳にもなって恋人すら居ない女に俺の気持ちが分かるか」


「無許可で研究室使ってる事、会社にチクるわよ」


「ごめんなさい、言い過ぎました」


 笑顔の向こうに般若を見た亮二が頭を下げた。


「それでなくても、経費がおかしいって総務から言われてるのに」


「...でもチョコは商品化したじゃないか」


「誰のお陰かしら?」


「紗央莉様です」


 惚れ薬チョコ作戦が失敗に終わり、自棄糞(やけくそ)になった亮二は資料を捨てようとしたが、紗央莉はその資料を元にチョコの成分をマイルドにした物を商品化した。


[意中の人と恋人になれるチョコ]

 但し、相手は少なからず自分を意識している事。

 売り上げ結果は上々で、研究費用は無駄にならず済んだのであった。


「今度の薬はなんなの?」


「知りたいか?」


「べつに」


「聞いて下さい」


 本当は教えたい亮二だった。


「これはな、愛を取り戻す薬だ」


「取り戻す?」


「そうだよ、相手の顔を見ながら摂取すると対象の人間に対する愛が(よみがえ)るんだ」


「まさか?」


 再び愛を取り戻す。

 本当ならば、世の中から倦怠期が解消する事に繋がる夢の様な薬。


「その新しい薬は治験したの?」


「したよ」


「いつ?」


「昨日安保(やすほ)君に」


「また紀美に試したの?」


「そうだよ」


 同じ研究室に所属する後輩研究員、安保紀美26歳。

 前回も彼女は惚れ薬チョコの実験に使われた、もちろん無許可で。


「それで昨日久山(ひやま)君は逃げ帰ったのね」


「ああ、久山から安保君に飲ませたからな」


「悲惨ね」


 久山政志と安保紀美は同じ研究室の所属で恋人同士だった。

 しかし、紀美の浮気で二人は二年前に破局していた。


 自分の過ちで別れた紀美だが、政志を諦めきれていない彼女の為に、亮二は前回惚れ薬チョコを渡した。


 結果は劇的であった。

 改めて政志を惚れ直した紀美はやり直して欲しいと追い掛け始めた。


 吹っ切れていた政志は紀美の突然な変化に逃げ回った経緯があった。

 そして今回またもや...


「どうして久山君の方に飲ませないの?」


「好意を失なった久山に無理やりはダメだろ?」


「それを妻にしようとしてる癖に」


「あ...」


 紗央莉の突っ込みに初めて亮二は自分のしようとしている事に気づいた。


「...俺は良いんだ、妻の愛を確かめる為なんだからな」


「本当に使うの?」


「もちろんだ」


 悲壮な決意を秘めた亮二、テーブルから鞄に1本入れると研究室を出ていった。

 紗央莉は研究室に置かれていた数本の内、1本を手にし呟いた。


「...こんな薬でどうにかなる女じゃ無いのに」


 翌日、亮二が項垂れながら出社する。

 結果は聞くまでも無いが、紗央莉は一応昼休みに尋ねた。


「どうだった?」


「全く変化が無かった...」


「やっぱり」


「畜生...」


 全く何の変化も示さなかった亮二の妻。

 つまり、妻は最初から亮二の事を全く愛していなかったという結論だった。


「今晩食事に行かない?」


「いや...妻が家で待っている」


「海外旅行に行ったんでしょ?浮気相手と」


「どうしてそれを?」


「興信所の打ち合わせなら会社の外でしなさい、研究室のみんなも知ってるわよ」


「あぁぁ...」


 もう亮二の精神力は限界であった。

 交際半年、結婚生活三年、その間全く愛の無い人間と過ごしていたのだから...


「ほら乾杯、せっかくの料理が台無しよ」


「うん」


 紗央莉に促されるまま訪れた高級レストラン。

 亮二は静かにワイングラスを掲げた。


「旨い」


「そうね」


 口に広がる芳醇な薫り、酒に疎い亮二にもその良さは分かった。


「ここ大丈夫か?結構高いだろ」


「心配しないで、今日は私の驕りだから」


「流石は社長令嬢だな」


「その呼ばれ方は好きじゃない」


「そうだった、すまない」


 紗央莉の実家は世間で言う所の富裕層。亮二が勤める会社も紗央莉の一族が経営していた。

 そして二人は高校、大学と同級生だった。


「ありがとう紗央莉」


「何が?」


 食事が進みワイン2本が空になった頃、亮二がポツリと呟いた。


「今まで紗央莉には世話になりっぱなしだ、好きな研究までさせてくれて」


「良いのよ、貴方が優秀だから」


「そんな事無い、優秀な人間ならあんな奴を嫁にしないさ。

 俺は騙されて、利用されてばかりだ」


「...亮二」


 成績は優秀なのだが、何かに打ち込むと周りが見えなくなる亮二。

 大学時代も研究に没頭し、就職活動もせず、研究室に籠りきりだった。


 そのまま助手として大学に残るつもりだったが、担当教授は亮二の研究資料を奪い、使い捨てたのだった。

 途方に暮れる亮二を紗央莉が現在の会社に誘った。


 会社に入ってからもテーマを見つけると、連日泊まり込み、寝食を忘れ研究に没頭する亮二。

 亮二の妻が離れていったのも、それが原因だと考えていたが、違った。


「奥さんと直ぐ離婚しなさい」


「そんな直ぐには...」


「どうして、まだ好きなの?」


「そんな訳無いだろ...」


 結論からいえば離婚一択の亮二。

 しかし準備は必要、集めた証拠を弁護士に提出したり、お互いの両親へ報告したりとするべき事は沢山ある。


 それにしても紗央莉が絡むのは珍しい事だ。

 そう思う亮二だが、紗央莉の哀しそうな瞳に声が出なかった。


「どうして私達別れちゃったのかな?」


「それは...」


 亮二と紗央莉は高校時代から大学卒業まで交際していた。

 美人で成績優秀、加えて令嬢である紗央莉、対して容姿と成績は良いが、人付き合いの苦手な亮二。

 二人は異質なカップルとして有名だった。


「紗央莉への愛が冷めたからだよ」


「あら、私は今も好きなのに」


「...紗央莉」


 二人が破局したのは紗央莉に許嫁が居る事を亮二が知り、別れ話となったから。

 一族が勝手に決めた話だと紗央莉が言ったが、亮二は納得しなかった。


「自分と釣り合わないと思ったんでしょ?」


「そんな事は無い」


「相変わらず嘘が下手ね」


「...う」


 図星であった。

 亮二は富豪の娘である紗央莉に劣等感を感じてしまったのだ。


 更に紗央莉の父親から、紗央莉はアメリカに住む許嫁と結婚が決まっている。

 紗央莉の幸せを考えて、諦めなさい。

 そう言われ、諦めてしまった。


「だとしてもだ、もう俺達は...」


「分かってる、確認しときたかったの」


 寂しく微笑む紗央莉。

 アメリカに行く事もなく、別れた後亮二と違う会社に勤めていたが、どうしても亮二を忘れられなかった紗央莉。


 二年前、亮二と同じ会社に入った紗央莉だが、その時既に亮二は結婚していた。

 悲嘆にくれた紗央莉だったが、亮二と一緒に居られるならばと同じ研究室に入ったのだった。


「デザートです」


「ありがとう」


 ウェイターがデザートを持って来る。

 美味しそうなチョコレートムース、紗央莉はフォークを取るが亮二は手を着けない。


「食べないの?」


「甘い物は...」


「苦手なのは知ってるわ。

 大丈夫、甘さ控えめだから」


「そっか」


 フォークを手にし、チョコレートムースを口に運ぶ亮二。

 一口を食べるまで紗央莉は凝視していた。


「...よし」


「何がだ?」


 紗央莉の言葉に首を傾げる亮二だったが...


「まさか紗央莉?」


「フフフ...」


 数分後、亮二が呟く。

 自分の変化に気づいたのだ。


「そうよ、例の惚れ薬と愛を取り戻す薬を混ぜて作った特製チョコムース...」


「...なぜ?」


「決まってるでしょ、貴方を取り戻す為よ」


「あアァ...」


 亮二の頬が朱に染まる。

 分かりやすい変化、紗央莉を見つめる目に隠し様の無い愛が満ち始めていた。

 付き合っていた頃の様に...


 数日後、浮気旅行から帰って来た亮二の妻は不倫男と一緒に帰宅した所を双方の親族によって確保された。


弁護士によって浮気の証拠が次々と暴かれ、二人は浮気を認めるしかなく、そのま亮二の妻は離婚に向けての話合いとなった。


旦那に愛を叫び、赦しを乞う妻だったが、既に真実を知り、全くの興味を失なっていた亮二には届く筈も無かった。


 妻は莫大な慰謝料を支払い、浮気相手共々闇の世界へ堕ちた。

 全て紗央莉が事前に用意していた筋書き通りに事態は運んだのだ。


 

 ...そして半年が過ぎた。


「紗央莉」


 いつもの研究室。

 亮二は紗央莉の前に跪く。


「何かしら?」


「結婚して下さい!」


「はい喜んで!」


 社内で紗央莉にプロポーズをする亮二。


「政志さん、私も!」


「嫌だ!ふざけるな!!」


 その後で、紀美から逃げる政志の姿もあった。

失礼しました!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  おお‥‥‥いつものじっとり湿った感じ(超褒め言葉)とは違うカラッとライトな展開。  たまには良いものですね。  案外こういったライトなコメディタッチの作風もいけるのでは!?(失礼
[良い点] 亮二クリーン化計画も着々と進行中 [気になる点] 亮二をぶん投げた妻の名前はもしかして史(以下略) そしてそのお相手の間男は満() [一言] 紗央莉「ヨシッ」
[一言] 政志くんだけが悲惨な物語だったなwwww
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