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年末進行最終電車〜ペンギンに猫そしてヒヨコ〜

ふたご座流星群の夜に。








 年末進行。


 どこに進んでいるのか分からない。


 でも、どこかには向かっているんだろう。





 日中の気温が5度を下回る師走の日。

 まだ半月残る年末進行の行進に踏まれ続けて、終電。


 帰れるならまだいいと思う自分がいる。


 会社を出て、ひとりきりになった道のりで、煌々とした灯り。

 小銭を入れて、ボタンを押す。

 がこん、と音が落ちる。


 空腹を誤魔化すために、自販機でコーンスープを買って飲んだ。

 最後の一粒までを口に入れる。


 空を見上げる姿勢になった。

 つぅと、流れ星が見えた。


 今夜は流星群だ。



「癒されたい」



 流れ星を見た瞬間に願ったのは、そんな事だった。



 コーンスープの空き缶をゴミ箱に捨てて、駅に向かう。

 疲れた足で階段をのぼる。


 最終列車に乗り込むため、粛々とホームで並ぶ。


 みんな疲れ切った顔だ。

 分かるよ。


 分かるけど、辛い。


 電車を待つ間のわずかな時間でも、耳が痛いほど寒い。

 うう、体が冷えるとまた体調を崩す。


 東京の方が気温が高いと思っていたけど、住み始めればもう寒いとしか思えない。


 アスファルトの固い感触。

 冬の土の匂いもしてこない。

 なんでここにいるんだろう。


 コーンスープで満たされなかった何かが、じんわりと寂寥感を増やしていく。


 ぐっとこらえて、電車を待つと遠くから灯りが近づいて来た。


 ようやく帰れる。

 ほっとして目の前に止まった車両の車窓を眺める。

 車内を見ると、ガラ空きだ。


 終電で?

 何か事件か?


 嫌な気分で開いた扉の中を覗き込む。


 すると。


「……ペンギン?」


 車両いっぱいのペンギン。

 みちみちと詰め込まれたペンギン。


「え、なんで」


 そう思って一歩、車両の中に踏み入れれば。


 わたしもペンギン。


 ええ?


 後ろを振り返れば、次に乗り込んできた乗客も、ペンギンに。


 一瞬で、しゅっ!とペンギンに。


 えええ?!


 ペンギンがみちみちと立ち尽くす車内。

 そのまま車両の扉はいつも通りに閉まった。


 揺られるままに、数十分。

 ペンギン姿のまま、あっちへゆらゆら、こっちへゆらゆら。


 丸っこい体と体がおしくらまんじゅう。


 意外に悪くなかった。


 自宅の最寄り駅でホームに降りれば、元の会社員のスーツ姿に。


 ぽつん、とひとり、ホームで立ち尽くした。

 立ったまま、居眠りしてたのかな?


 少しだけ、ほっこりと温まった体でホームにいた。


 家までの道のりで、街灯の光が届かないところで空を見上げれば、また流れ星。


「…願いごと、叶えてくれてありがとう」


 思わず口からもれた感謝の言葉。


 少しだけ、笑みがこぼれた。






 流れ星の力なのか、わたしが電車で眠りこけているだけなのか。


 次に乗った終電の時は、猫だった。


 みゃあみゃあ泣いている茶トラの仔猫。

 座席に丸まって隣の猫の背中に顔を乗せて眠る黒猫。

 扉近くに固まって目をつぶっているハチワレたち。

 鼻からちょうちん出てるぞ。


 一歩車内に踏み込めば。

 わたしは三毛猫になっていた。


 ペンギンの時は動揺して気がつかなかったけれど、鞄は小さなリュックになって背中に乗っていた。


 わたしはちょっとだけ空いている座席にぴょん。


 くつ下を履いたような猫がうっすらと目を開けるけれど、そのまま、また眠った。

 わたしもだらん、と体をくっつけて伸びるとそのまま眠った。


 こてん、と頭が座席に落ちたので、目を覚ませば降車駅。


 座席の上で、ぐいんと伸びをしてから外に出た。


 ほかほかの体で最寄り駅のホームに立てば、いつもの会社員姿の人間に。


 急に高くなった目線で空を見上げれば、真っ黒い空。


 駅のホームの灯りが、星を消してしまう。


「……また、終電になったらお願いできる?」


 さすがにもうないだろうなと思った。


 だから、小さな声で、

「ありがとう」

 と、白い息と一緒に空へ。



 ホームの階段へ向かう体は、終電前より軽くなっていた。







 年末年始の休みまであと少し…!

 明日行けば、休みだ…!



 そう思いながら、また終電になった。


 そろそろ野菜たっぷりのシチューを食べたい。

 コンソメ顆粒で煮込んだキャベツとじゃがいものポトフでもいい。

 なんなら、一人鍋でしめじと白菜と豚肉でもいい。


 とにかく、ゆっくり休みたい…!


 最近、閉店後の真っ暗なスーパーしか見ていない。


 うう、明日行けば休みだ。

 忘年会も飲み会もないから、定時で帰れるはず。

 余裕でスーパーに間に合う。


 よろよろと歩いて駅に向かえば、終電を待つたくさんの人たち。

 みんな同じか。


 仲間のような、座席や場所を争う敵のような。

 不思議な気持ちで人の後ろに並んだ。


 年末の冬の空気はがさがさしている。

 乾燥しているだけかもしれないけれど、きっとみんなの疲れた体から、とげとげの何かが出ているんだ。


 わたしからもきっと出ている。


 早くとげとげの出ないわたしになりたい。



 人の壁に遮られて、到着した終電の車内は見えなかった。

 ぞろぞろと黙ってたくさんの人が乗り込む。


 ふわっと暖房の暖かさが顔を撫でた。


 一歩、車内へ踏み込むと。


 視線が低い。


 え?


 今までで一番低い。


 一体何がと顔を上げると。


 ふわふわのほよほよ。


 ヒヨコたちが、ちたちたと足音を立てて車内を歩いている。


 みんな小さなリュックを背負って。


 ぴいぴい


 ちたちた


 ぴいぴい


 とんっ ぴいっ


 ヒヨコがヒヨコにぶつかって、鳴いている。


 ゆっくりと電車の扉が閉まれば。


 発車と同時に始まる運動会。


 あっちへ、ぴたぴた


 こっちで、ぴいぴい


 ブレーキがかかるたびに、隅っこへぎゅうぎゅう。


 走り出せばまたぴいぴい。


 わたしは、ふわふわの羽毛に押されたままに、あっちへこっちへ。

 まるまるとしたヒヨコ。


 丸っこいヒヨコに、丸っこいヒヨコがぶつかる。


 痛くない。


 とげとげと対極にあるヒヨコに囲まれて、ヒヨコのままに電車は進む。


 駅に着くたびに、ぴよぴよと列を作って扉を越える。


 ふわんふわんと、人になる。


 ちょっとだけ、ふわふわな空気をまとった人たちがホームに降りる。


 わたしはそれを見て、ふわふわな気持ちで終電に乗っていた。


 


 扉のところで、隙間から落ちないように気をつけてぴょん。


 最寄り駅のホームに立つと、やっぱりいつものスーツ姿の会社員。


 ヒヨコのヒの字も残っていない。


 それでも、終電に乗る前のとげとげは消えていた。


 明日行けば、年末年始のお休みだ。

 そうだ、途中のコンビニでおでんを買おう。


 そしてほこほこになって、暖かくして眠ろう。


 わたしは人の流れに逆らって、コンビニに向かう。


 しばらく歩けば、


「あ、流れ星!」


 誰か知らない人の声。


 つられてわたしも空を見上げたけれど、流れ星は見えなかった。


 でも、それでもいいかな、と思った。


 わたしは、ペンギンと猫とヒヨコの終電を流れ星にもらったのだ。


 ふふふと笑えば、流れる白い息。


 わたしは、ほこほこの気分でコンビニのおでんコーナーへ向かった。









遅くまで、お疲れ様です。

とげとげ、とれましたか?





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― 新着の感想 ―
[一言] トゲトゲが、ふわふわになりました!
[良い点] >「癒されたい」 これでブワッと涙が出そうになりました。 そこから続く、蓄積された疲労感の切実な感じ……。 ツライ……(´;ω;`) 胸が痛くなりながら、いやでもタイトル! 柔らかな物…
[一言] とげとげ、とれました( ˘ω˘ )
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