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僕らがいつか帰る場所  作者: 九鳥ハトソン
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プロローグ 死にゆく君へ、私は問いかける


Q.君はこれから死ぬ。最後に言い遺す事は?


 そんな問いの言葉が突然、頭に浮かんだ。

 まるで嘲笑われている気がしてとても気分が悪い。そんな事、言われなくたって分かっている。

 

「五月蝿いな。言われなくても、僕はもうすぐ死ぬよ」


 仰向けに倒れている長い黒髪の少年アガサは、伸びた前髪の隙間から覗く目を細め、掠れた声で呟く。

 死は恐ろしくない。それもまた、僕らに課せられたシメイなのだから。言い遺す言葉などない。

 遺さずとも、僕らは続く。死とは一個の個体がシメイを終え、次へ引き継がれる通過点に過ぎない。

 

「だから、遺す言葉なんてない」


 Q.その選択に悔いはないか?


 発信者不明の声は確認を求める。

 何度も、何度も。

 アガサはその度に「ない」と答えるも続く。むしろ、質問者の方が何か悔いているようで、アガサに「ない」以外の言葉を言わせたい気分さえ感じる。

 

 「だったらさ……」


 苛立ち気味に呟く。質問者からの応答はない。

 アガサは力いっぱいに目を見開き、腕を天へ上げ叫んだ。

 その腕を含む彼の全身は美しく白い襟詰めであったはずが、激しい戦闘に傷つき鮮血に濡れ、それが時間経過によって黒く変色している。

 

 「力だ、僕にもっと戦えるだけの力をさ! ただ突っ込んで傷だらけになるだけの捨て石じゃない、何度だって立ち上がって戦える力をくれよ!」


 彼の腕の先、空にはいくつもの飛翔体が飛び交い激しく交差している。

 飛翔体は大きく分けて黒と白がある。

 白は細部に幾つかの差異はあれど、アガサと同じ装いで顔ぶれはいずれも若い男女。

 対して黒は、黒い何かと形容するべきだろう。

 シルエットはぼやけ、一つとして同じ形はない。鳥なのか、人なのか、あるいはただの飛来物なのか。曖昧模糊とした存在と白い彼ら彼女らは激しく交差し、轟音と激しい光の明滅を繰り広げている。

 数刻前までは、アガサもあの中にいた。あの舞台で不格好ながらも厳然と輝いていた筈だ。

 その時の高揚感と言ったら、なんと表現すれば良いのだろうか。思い返せば、その瞬間の高揚感が、胸の高鳴りが蘇って来る。

 しかしそれは既に過ぎ去った過去であり、今自身がいるのはあの大空ではなく泥と血に濡れた大地だと、全身に走る激痛が彼に現実を突きつける。

 アガサはそんな過去が眩しくて、戻りたくて、やり直したくて、一雫の涙を流して叫ぶ。


 「僕は力が欲しい!」


 ただ使い潰されるだけでの雑兵ではなく、戦況に確たる影響を与えられる(つわもの)として。

 

「ただ丈夫なだけが取り柄じゃない、僕が僕であれる力を。誰にも場違いなんて言わせない! 都合のいい消耗品なんかじゃない、僕は僕だ!」


 耳を貫くような爆音の中、コーラスにもならない汚い叫びを最後にアガサがあげた腕は力無く地に叩きつけられる。

 彼の心からの咆哮は誰にも届かない。白い彼ら彼女らにも、黒い姿をした何かにも。

 世界がアガサから目を背け、亡き者として扱った。

 そう思えた。

 だが、違った。

 

 直後、空に目が眩むような白い光が走り、遅れて耳を貫くような鐘の音が響き渡る。

 それは地に横たわるアガサにさえも届き、彼の意識は胸に救う全ての感情を尽く塗りつぶしてしまった。


「……何も痛くない。何も感じない」


 けれど、それで良かったのかも知れない。

 もう何も考える必要は無いのだから。アガサは胸にあったつっかえが消えた思いになりふと頬が緩む。

 漂白された胸のうちに仄かな温もりが生まれ、それを最後に彼は意識を手放した。


「ーーこちら……、応答願う。こちら……」

 

 依然として爆音響く空の下で、切迫した様子で誰かに問いかける声がする。


「ああ、そうだ。確認した。これより回収へ移行する」


 物言わなくなった黒髪の少年の側に、一人の女性が近寄る。

 顔は一切の起伏がない黒の被り物で覆われているが、それよりもしたは動きやすさを最優先したかのような全身黒タイツの出立ちをしていた。

 しかしそれでも起伏が少ない体はまるで、全てを機能性に振り切ったようでさえある。


「わかっている。警戒するべきは運搬中の時だと。……以上、通信を終える」


 黒タイツの女性はアガサを肩に担ぎ、やや重そうな足取りでその場を離れる。

 さて、これからどうするべきか。女性はそう言いたげにため息をつき、足を止め空を見上げた。

 視線の先では白い出立ちの少年少女が、黒い飛来物と激しく交差している。

 やれやれ、あれには巻き込まれたくはないな。女性は辟易とした様子で肩を竦め、止めた足を再び動かす。


「止まれ」


 無機質な声が、女性へ投げかけられる。

 

「あら、あなあた達は……」


 一体いつからいたのだろうか。そんなが女性の頭に浮かぶが、それはきっと不毛なのだろう。

 彼らは神出鬼没。初めからそこにいて、誰のそばにもいる存在。

 よく知っている。問うまでもない事だろう。

 それから僅かに無言の空間が彼ら彼女らの間を通り過ぎた頃、女性は目の前の存在が自身ではなく肩に担ぐ少年だということに気がつく。


「ああ、そういう事。わかったわ」


 女性は納得したようにうなづき、アガサをゆっくりと地面に下ろすと、頭を包む黒の被り物を外した。

 そこに現れたのは、女性と呼ぶにはまだ幼く、宝石のようは碧眼と無垢な白い肌は未だ汚れを知らぬと言わんばかりの美しさで、セミロングの赤髪は何者にも屈しぬ強さを象徴しているかに見える。

 まだ20にも満たない少女と言うべきだろう。

 その少女は顔に纏わりついた髪を手で振り払い、わずかな光も反射させる碧眼を目の前の者たちへ向け言い放った。


「私は連邦軍第九部隊副隊長、アテリスである。道を開けよ!」


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