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第2話 二人の遊び-5002戦目-


「今日はいつもより速いな…」


上空遥か彼方を高速で飛行する緋姫薙を見上げて、青蒼は呟いた

自分の身長程の大きな斧を両手で持ちながら、背中と腰に装着したジェット機構で空を飛ぶ緋姫薙は明らかに物理法則を無視していた

辺りは一面の青空が広がっていて見下ろしても青空が見えることから、青蒼は透明の地面に立っていることを今日も実感する

その現実感がない光景を見て、ここが"夢の世界の中"だと青蒼は何百回目かの物思いにふける


「いや、現実感がないなんて俺も人の事は言えねえか」


そう呟いた青蒼の姿も、まさに現実感というものが欠如した姿そのものだった

右手で持っているものは片手で扱うには少しばかり大きな剣、左手には自分の身を隠せるほどの大きな盾

そして何よりも背中からは機械の右腕と機械の左腕が生えており、その両方に大口径の機関銃が装着されていた

剣と盾と二丁の機関銃、もちろん青蒼にはその全てを自由自在に扱う事が出来ているようだった


『よーし、ウォーミングアップ完了!そっちはどう?』


突如、青蒼の頭の中に緋姫薙の声が響いた

緋姫薙は赤い光の軌道を描きながら青空を飛び回っているため、とても青蒼に声が届く距離ではないはずだが何故か青蒼はその声がはっきりと聞こえていた


『ちょっと待て、少し確認する』


このテレパシーのような会話の仕方は青蒼と緋姫薙が小学生の頃に気づいたもので、夢の世界ではこの会話の方法をよく使うようになっていた

確認する、と伝えた青蒼は背中から生やした機械の右腕と左腕を動かし、取り付けた機関銃の試し撃ちを始める

連射した銃弾は空を切り、青空の中に吸い込まれるように見えなくなった

ある程度撃ち続けると問題ないと判断したのか、まるで放熱するかのように銃身が開き中から煙を放出する


『大丈夫だ、いつでもいける』


煙を放出した後、銃身を閉じると青蒼は準備完了の言葉を伝えた


『オッケー!行くよお!!』


その言葉が今日の遊びの開始の合図だった


青空を飛ぶ赤い閃光が一際大きく輝くと、目にも止まらぬ速さで青蒼に向かって急降下した

その姿を確認した青蒼はすぐさま盾で身を隠すように防御姿勢をとれば、勢いよく振り下ろした緋姫薙の斧が盾に阻まれて火花を散らす

散った火花が消えるより早く青蒼は右手に持った剣で斬り返すが、ジェット機構で素早く上昇した緋姫薙には届かなかった

だがそれを予想していたかのように背面の機関銃で緋姫薙に照準を合わせて発砲

緋姫薙は踊る様に銃弾を躱しながら上空を旋回し青蒼と距離を離す、青蒼は二丁の機関銃で射撃と発煙を交互に行うことで弾幕を切らすことなく飛行する緋姫薙を狙う

銃弾を装填する様子は全く見せないが弾切れする気配は無いようで、途切れない大量の銃撃が高速で飛ぶ緋姫薙の体を掠っていく


『おっと、最近当てるの上手くなってる?前までこんなに掠ることなかったのに』


『本気を出してない奴に言われたくないな、油断してると直撃するぞ』


『にひひ、それもそうだね』


楽しそうな笑い声が青蒼に届くと、緋姫薙はより一層スピードを上げてジグザグに飛行し始める


そんな緋姫薙を撃ち落とそうと狙いを定める青蒼だが、なかなか機関銃の銃弾は当たらずばらけた弾幕の隙間を縫うように再度緋姫薙が急降下

先程の接触と同じように斧と盾がぶつかり合った

銃身の大きい機関銃では接近してきた緋姫薙を撃つことは出来ず青蒼は剣での迎撃を余儀なくされたが、またしても上昇して剣の攻撃を避ける


まるでお互いの次の行動を把握しているかのような一連の流れは、二人のこの遊びが長い年月をかけて続けたものだという事を物語っていた


それから斧の攻撃を盾で守り、反撃を避けるために上空へと間合いを離した緋姫薙を射撃で狙い撃ち、隙を見て緋姫薙が接近するという戦闘の流れを繰り返していた


そして盾と斧の五度目の衝突、剣の一振りによる反撃がようやく緋姫薙の体を捉える

高速飛行を実現していたジェット機構の一部が破損し緋姫薙は体勢を少し崩す

青蒼はその一瞬を見逃さず剣による追撃を繰り出すが、緋姫薙は空中で体を捻りギリギリで回避

捻った体の勢いで斧を薙ぎ払い、片方の機関銃を斬り落とす

そのまま青蒼が構えていた盾を踏み台にして空に飛び立つ緋姫薙を、残った片方の機関銃で撃墜を試みる

全速力が出せなくなった状態の緋姫薙だが、かなりのスピードで高度を上げることで銃弾を振り切った

一方青蒼の機関銃は発煙せずに連射を続けたことによって銃にかなりの負荷が掛かったようで、銃身に亀裂が走り連射が止まってしまう


「くっ…!」


「もらった!」


そのチャンスを待っていた緋姫薙は上昇していたジェットを最大出力で逆噴射、それに加え斧からもジェット噴射を出すことで猛スピードで真下に降下

緋姫薙のスピードを抑え撃つための銃弾は青蒼には無く、盾を構えて高威力の斬撃に備える


激しいジェット機の噴射音と共に、盾と斧がぶつかり合う金属音が鳴り響く

かなりのスピードが入った斧の斬撃に耐え切れず、体を大きく揺さぶられた青蒼が反撃しようと緋姫薙を目視した瞬間


緋姫薙の長い脚から放たれる蹴りが青蒼の顔にクリーンヒット、なすすべもなく倒れる青蒼にトドメを刺すように振りなおした斧の一撃が、青蒼の体を真っ二つに斬った


「よし!今日も私の勝ち!」


「あー負けた…昨日に続いて二連敗か…」


寝転がる青蒼の体には斧による斬撃の痕が肩から腰まで入っているが、青蒼の体や緋姫薙の斧には血や肉片は付いておらず白い傷口が広がっているだけだった


ただその白い傷口こそが今の遊びの勝敗を示していた


「でも危なかったー、バランス崩した時は負けたと思ったね」


「俺も避けられるとは思ってなかったな、まさかあの後に銃を一つぶった斬られるとは」


そんな会話を続けていると青蒼の体の白い傷は徐々に消えていく

体も動くようになったのか、ゆっくりと起き上がり固まった体をほぐす様に動かした


「これで何勝何敗だ?」


「5002戦目だから2550勝2452敗だね」


「また差がついたか…悔しいな」


「でも去年より縮まってるから…来年には追いつかれるかも?」


「そうだといいがな」


5002戦、二人が保育園の頃から始まって今でも続いてる遊びである

二人で一緒に寝ると必ず入れるこの夢の世界では、想像したものが実現する世界だった。その性質を戦闘という行為で二人は楽しんでいた


「それにしても連射しすぎると銃が壊れるのは何とかしねぇとな、大体これで負けてる気がする」


「もう一本腕と銃増やす?」


「馬鹿言うな二本動かすだけでも頭が混乱するのに、これ以上増やしても動きが鈍くなって連敗するだけだ」


「にひひ、前に青蒼が空飛ぼうとした時は酷かったもんね。色んな方法試してたけど一回も上手く飛べてないんだもん」


「逆になんでお前はそんな速く飛べるんだ…夢の中なのに不公平だ」


「不公平って言うけど私は遠距離攻撃とか全然出来ないんだよねぇ、銃とか作れても銃弾が上手く出ないよ」


「正直俺もなんとなくで撃ってるからな…お前の体に付いてるジェット機も同じだろ?」


「ん〜確かにそうだね。難しい事は考えてないかも」


「俺もなんとなくで空を飛べたら、わざわざ対空射撃なんてしなくていいんだがな」


「私は結構楽しいよ?銃弾避けるの」


「そんな簡単に銃弾を避けないでくれ…」


夢の世界では想像したものが実現するのだが何でも実現するわけではないようで、実現できるものに個人の性質がよくあらわれるようだった

二人の戦闘方法が大きく違うのも、それが二人にとって得意なものだったからだろう


上も下も空が広がる世界は段々と赤く染まり始めていた

透明な地面に座り込んでいた二人は今日の自己紹介の話を思い出し、その話題へと移り変わっていく


「鷲も中々度胸がある男だよなぁ、俺は初対面の人の前でマジックを披露するなんて出来やしない」


「中学時代の鷲はずっと練習してたしねぇ、あのマジックに何か思い入れでもあるんじゃない?」


「確かにありそうだ。どうせ星澄に関係してるだろうけどな」


「琴乃ちゃんずっとあのマジックの練習に付き合ってたもんね、そういえば琴乃ちゃんは明日の自己紹介大丈夫かな?今日みたいにちゃんと言えるといいけど」


「どうだろうな…昔から知らない奴の前だと緊張するタイプだからな。ある程度克服できてるならいいんだが」


「そう考えると綿華も知らない人と話すの苦手なのに自己紹介とかは緊張せずに言えるよね。なんでだろ?」


「入道は苦手というより知らない奴と話すのが嫌いなんだろうな。あいつの人嫌いも直さなきゃいけない所だが」


「綿華可愛いのにもったいないね、愛想良くしたら絶対人気でるよ」


「ははっ、そんな事したら朧が良い顔しないな」


「あ~…それはそうかも、あの二人も面倒くさいねぇ」


「もう慣れたけどな、小さい頃からずっと一緒に居たら当たり前みたいに感じるんだよな」


「そうだね、陽愛とか子供の頃に会ってなかったらビックリしてたと思うし」


「…陽愛には今でもビックリさせられるけどな。今回の自己紹介とか特にビックリしたぞ、アレが素の性格だって言われても信じる奴はいないだろう」


「最初に会った時からずっとあんな感じだもんね。私としては一緒に居て元気が出るし、陽愛のあの感じは好きだけどね」


「俺も嫌いじゃない、だけど弟として一緒に暮らしてるレールはさぞ大変そうだ。ずっと振り回されてるだろうからな」


「でも振り回されてるレールは幸せそうだから良いんじゃない?私も陽愛と一緒にはしゃぐのは楽しいよ」


「まぁ、緋姫薙の性格も変わってる方だから気が合うんじゃないか?」


「ちょっと?それは聞き捨てならないよ?」


「あんな自己紹介する奴が変わってないわけがない。まさかあの自己紹介を実際にする訳じゃあないよな?」


「う…そ、そりゃあちょっとテンション上がっちゃって変なこと言ったかもしれないけど…でも自己紹介で噓はつきたくないもん…」


「嘘をつけとは言わないが限度があるだろ…将来の夢が皆と一緒に夢を見ることとか、誰が聞いても意味わからんと思うぞ」


「だって皆と一緒にこの夢の世界に来れたら絶対楽しいじゃん!こんな楽しい遊びが出来ないなんて皆も損してるし!」


その発言の後、緋姫薙は立ち上がり静かにジェット噴射を起動させると空中でゆっくりと回転し始める

赤色の空を泳ぐように舞う緋姫薙に向かって、青蒼が少し寂しげに語りかける


「…そうは言ってもなぁ、この夢の世界の話なんて…あいつらは長い付き合いだから一応信じてくれてはいるが、大体の奴は信じてくれないのはお前も身に染みて分かってるだろうに。それに信じてくれても俺たちと他の奴らとじゃ、夢に対する感じ方が多分違うだろうからな。」


「そうなんだよねぇ、夢の中だと意識がぼんやりしてるみたいな話はよく聞くけど私にはよく分かんないよ。空を飛んでる時は起きてる時よりも頭が冴えるのに」


「それは俺も思う所はある、他の奴らが見てる夢の話はなんか曖昧でよく分からないんだよな。少なくとも俺たちみたいに意思をもって遊んだりは出来ないらしいしな」


夢に対する一般人との価値観の違いを再認識した二人は揃って空を見上げる

赤一色だった空は段々と黒く変色していき、その空の変化を眺めていた緋姫薙は何かを思い出したかのように呟く


「明晰夢…だったっけ?やっぱりそれなのかな?調べてもよく分かんなかったけど」


明晰夢とは自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことである

夢の内容を自由に操作でき、イメージトレーニングや心的療養等の良い効果があると言われているが睡眠の質を大きく低下させるとも言われている

この明晰夢について二人は色々と調べてはいるが、明確な事情は理解できないでいた


「明晰夢…か、俺もよく分からんからなんとも言えないが、一つだけ確実に分かることがある」


「ん?なに?」


「例え明晰夢でもそうでなかろうと、寝ている時に自分以外の人間とコミュニケーションを取れるなんて話は調べても殆ど出てこない。出てきても信憑性の薄い怪しい話ばかりだ。だから今の状況は明晰夢ではない別の何か、ということだな」


「ん~~~~…結局よく分かんない!今まで何回考えても分かんないんだから、もう考えなくてもいいんじゃない?」


「ただの思考停止じゃねえか…まぁどうせ誰も信じないし信じてもらえても証拠が無いから無駄なのは分かるが、お前の将来の夢を叶えるにはこの現象をなんとか理解しないといけないからな」


「たしかに…やっぱり皆と一緒に寝るんじゃダメかなぁ。私達はこれで夢の中で会えてるよね?」


「それは小学生の時に試してダメだったろ。何か別の要因があると考えた方がいい」


「高校生になったから今度はいけるかも!あの頃は…ほら、何だろ?絆の力が足りなかった…とか?」


「何寝ぼけたことを言ってんだ…ツッコミどころが多すぎるぞ。なんにせよ話を戻すが自己紹介で夢の話はやめとけ。噓つきたくないなら、俺と同じように寝ることが趣味とかぼかした言い方をすればいい」


「寝ることが趣味って、何かちょっとカッコ悪いからな~…」


「いや意味は大体同じだと思うんだが…何が悪いんだよ」


「なんか凄くだらしないイメージというか、やる気のない感じが出ててカッコ悪い」


「くっ…結構まともな理由を持ってくるのはやめろ…普通に虚しくなる」


「にひひ、まぁ青蒼が言った通り自己紹介はちょっと変えておくよ」


「あぁ、そうしておけ」


黒い空の中ふわふわと浮かぶジェットの赤い光が、座り込んでいた青蒼を照らす

まだ緋姫薙は体を動かし足りないのか、置いていた斧を拾いなおし両手で軽々と振り回していた

そんな姿を見た青蒼は呆れたように、されど少しだけ嬉しそうに緋姫薙に問いかける


「もう一戦やるか?」


「え、いいの!?」


「あぁ、明日から高校生だからな。俺もまだ物足りない」


「やったー!」


両手を上げ喜んだ勢いで緋姫薙は大きく飛び上がる。黒い空を照らすような明るい笑顔が青蒼の目に映った


「さてと…三連敗なんてしたら俺の夢も叶わないからな。気合入れるか」


立ち上がった青蒼は剣と盾を持ち直し体を動かす

準備運動をしながら背中に取り付けた機械の両腕と機関銃が修復されていく、ある程度修復された事を確認すると既に空高く飛んでいる緋姫薙にテレパシーで伝える


『準備完了、いつでも来い』


『よーし、三連勝貰っちゃうよ!』



夢の中、二人の剣と斧が交差する


今夜の遊びはまだ終わりそうになかった




〇 〇




朝日が窓から差し込む部屋の中、無機質な電子音が部屋に鳴り響いていた


「ん…もう朝…か、今……何時だ…?」


ベッドから伸びる手がゆっくりと目覚まし時計を止める

そのまま目覚まし時計を掴み、青蒼は今の時間を確認した


「ふぁあ……、ん…?うそだろ!?遅刻ギリギリじゃねえか!?」


予想より大幅に上回った時間を見て驚愕する青蒼

寝ぼけた頭が一瞬で冴えわたり、未だに隣で寝ている緋姫薙を大きく揺さぶる


「おい!起きろ!遅刻するぞ!緋姫薙!」


「えぇ…?どうしたの…?あお……」


「遅刻するって言ってんだ!飯食う時間無いからさっさと着替えるぞ!」




「ん~…?…え……えええええ!?」




そうして騒がしくもいつも通りな新しい日常が始まる



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