ゲシュタルト崩壊
俺は時々分からなくなる。
――本当の自分とは何なのか
――俺は今違う自分を演じてるだけじゃないのか
――俺は一体誰なのか
人間は生まれながらにして死というゴールを持っている。
そのゴールまでに数々の道があり、個人が選び歩んだ道のりを人は人生と呼ぶ。
そんな人生を、人は別々の自分を演じることで臨機応変に過ごし、時には本当の自分を曝け出す。
だが、人は脆い。だから隠そうとする。
違う自分を演じることで自分の脆さから目を背けようとする。
そのせいで全員違う道を歩むはずの人々が、同じ道を歩み始める。
そして同じ仮面をつけた人々が同じ人間を演じることで集団が生まれる。
人はそこが心地よくなる。変えたくなくなる。
仮面をつけていない人を拒むようになる。
本当は羨ましいだけなのに……
そうして仮面をつけ、違う自分を演じ続けた結果
その仮面はいつのまにか、自分の顔から離れなくなっているになっている。
本当の自分はいなくなる。
しかしそれには誰も気づかない。
だってみんな同じだから。
だが俺はここで疑問が生まれた。
――本当の自分とはなんだ?
――生まれた時から仮面をつけていたんじゃないのか
――最初から本当の自分なんて存在しないんじゃないのか
分からない。
考えれば考えるほど自分という人間が分からなくなる。
ただ一つわかることは、
俺も仮面をつけた集団の中の一人ということだ…
―――
俺は今日も同じ朝を迎えた。
「眠い」
どの高校生も一度は口にしたであろう言葉。
全国の高校生達が共通して毎日思うこと。
ただ本当は一番幸せな言葉。
このことに気づいている高校生は数少ないであろう。
「起きるか」
何も変わらない同じ作業。
そして俺は今から高校生という仮面をつける。
すると体は自然と動く。
気づいた時には朝ご飯を食べている。
母の作るご飯はいつもおいしい。
何一つ変わることないおいしさ。
実際はおいしくないこともある。
しかしそれは言わない。
だって、
いつもおいしいと言う自分の仮面をつければ、母は喜んでくれるから…
―――
俺はいつも通り学校へ向かう。
学校に通うというのはほとんどの高校生にとって決定事項であり、三年間通うことに誰も誰も疑問は抱かない。
それが当たり前だから。
通ってない奴はおかしいから。
でも時々通ってない人を見ると思う。
――彼等の方が笑顔が多くないか?
――彼等の方が楽しいそうじゃないか?
――彼等本当の自分を知っているんじゃないのか?
仮面をつけている俺にとって彼等は、どんなに羨ましくても認める事が出来ない。
仮面をつけていることが正解だと思いたいから…
―――
そして学校に着く。
ここは仮面をつけた人間達の集まりだ。
優等生の仮面をつけている奴もいれば、問題児の仮面をつけることで寂しい自分を隠す奴もいる。
俺から見れば俺も含めて学校は仮面舞踏会のようだ。
まるで素顔が見えない。
仮面で隠し続けているのか。
それとも、もう仮面が取れなくなっているのか…
「おはよう〜」
「おは!」
「お前昨日の見た?」
「だり〜」
「私実はね―」
まるで内容のない会話だ。
ここにいる奴らは全員、朝から友達と話している高校生生活を楽しんでいる自分を演じているに過ぎない。
だってみんなそうしてるから。
朝から友達と話さない奴は可哀想だから。
勝手な自分の価値観を押しつけ、その価値観に当てはまらない奴を人は攻撃する、馬鹿にする。
まるでそいつが間違っているかのように。
「よ!今日も白けた面してるな〜」
「うるせっ、お前に言われる筋合いないっつーの」
こいつは俺の友達だ。
今まであんなことを言っていたが、俺も仮面をつけた演者だ。
結局、理想の高校生を演じることで周りに合わせ集団から排除されないようにする。
「いきなりだけど、頼む!宿題見せてくれね?」
「毎日言ってないかそれ、まあいいけどさ」
「ありがと!もうこれで最後にするからさ!」
「できないことはいいもんじゃないぞ」
こんなくだらない会話を毎日している。
ちなみに俺は、この学校のテストで毎回上位五人には入るくらいの勉強はしている。
つまり優等生の仮面をつけているわけだ。
だがこの仮面をつけている理由は他にもある。
それは――
「え〜私も見せてよー」
「ねぇテスト近いし勉強教えて〜」
「流石優等生!って事で、俺にも教えくれー!」
そう、頭が良ければ自然と人が集まってくる。
俺は運動ができるわけでもないし顔がいいわけでもない、別に面白いことも言えない。
じゃあどうするか。
俺は勉強ならすればするほど上がるため、勉強し続けた。
すると人は集まる。
いつのまにか俺は一つのグループに入れてもらえる。
入ってしまえば俺の勝ちだ。
面白いことを言わなくても周りは自然と笑ってくれる。
だが気は抜けない。
この仮面が剥がれる時、少しでも学力が落ちた時俺の居場所はなくなる。
だから勉強し続ける。
いつしかこれが素顔になるとも知らずに…
―――
放課後。
喜ぶ学生と悲しむ学生が別れる時間。
友達と遊びに行こうとする学生。
厳しい部活に愚痴を吐きながら行く学生。
しかし彼等も仮面をつけているだけだ。
最初は少し遊ぶだけだった。
だがだんだん遊ぶことが当たり前になってくる。
そして怖くなる。
遊ばない自分は周りにどう思われているのか。
一人で放課後を過ごす自分は変じゃないのか。
彼等はまた仮面をつける。
部活をしている学生達。
全国を目指す人。
楽しんでいる人。
強制的にさせられてる人。
彼等もまた違う仮面をつけている。
部活という集団に自分を置くことで、絶対戻れる集団を確立する。
そうすることで教室内に自分達の集団を作りやすくなる。
彼等は放課後に部活があるという理由を得たことで一人になる自分を避けているのだ。
また俺は文芸部に所属している。
本を読むのが好き―
というのは俺が作った仮面だ。
本当はラノベのような展開を期待しているだけなのだ。
そんなことあり得るはずないのに…
その時の俺はそれが現実になるとは思いもしなかった。
―――
今日も部室で本を読む。
「あら、早いのね」
そう言って入ってきたのは文芸部員の一人である八島香織だ。
枝毛一つない整った長髪は、ずっと見ていたら吸い込まれのではないかというくらい黒い。
「文芸部が好きだからな」
「それは仮面をつけた貴方?それとも本心?」
こいつは俺の考えていることをよく知っている。
俺が仮面をつけていること。
クラスでの俺の姿。
だからここでは本当の自分を出す。
そうすることで、かろうじて本当の自分というものを保てている気がするのだ。
「本心だよ。教室にいるのは疲れる」
「流石優等生様ね。薄い関係を作って集団にいるためだけに勉強する―悲しい男ね」
「お前には一生わからないよ」
こいつは顔はいいが性格が悪い。
しかもそれが素顔ときた。
彼女はここ以外でもずっとこの顔をしている。
仮面が全くない。
彼女のそこだけは尊敬すべきところだ。
「貴方もそろそろその顔を出したら?」
「それはできないな。仮面をつけている奴にしか分からない悩みがあるんだよ」
「仮面というのは本当めんどくさいのね」
俺はいつもこんなことばかり話している。
美少女と二人ということでラノベ展開を考えている奴もいるかもしれないが、それはない。
なぜなら俺も一度期待したからだ。
彼女といつか付き合えるかもしれない――という淡い希望は一瞬にして消え去った。
「まず私は誰とも付き合わない」
これが文芸部に入ってすぐに言われた。
俺は何も言っていないのに。
だが俺は分かってしまった。
それが本心だということに――
―――
うわ〜今日も二人だ。
緊張するなー
私は彼に嘘をついている。
私が仮面をつけていないということ。
そして誰とも付き合わないということだ
何故あんなことを言ってしまったのかわからない
でもあんなことを言ったって絶対何かしらあるだろうと思っていた。
何もない!
彼は私のことなんとも思ってないのかな?
自分で言うのもなんだけど、私は学校の中でもかなりの美少女と言われている。
数え切れないくらい告白された。
でもみんな私の顔と体ばかりの下心だらけの男達だったから気持ち悪かった。
そんな時彼に出会った。
彼は全く私に下心を抱いていなかった。
というより、興味を持っていなかった。
教室での彼は不気味だった。
優等生としてみんなと接しているが、まるで作業のようにみんなと話しているのだ。
あの彼は本当の彼じゃないとすぐわかった。
私は彼が文芸部に入りたくなるように仕向けた。
彼について知りたくなった。
そして文芸部で一緒になり、彼は本当の自分を見せてくれた。
彼はやはり仮面をつけていた。
それも剥がれにくい分厚い仮面を…
でも話すうちに私は彼のことを好きになっていた
話している内に彼といることが心地よく思うようになった。
彼は毒舌の私を本当の私だと思っているようだけれど、それは違う。
彼は人を観察して、なんでもわかっているつもりだが、彼の観察能力は低すぎる。
私は結構アピールしているつもりだけど、まるで気づかない。
そうやって私はまた彼のせいにする。
本当は好意を口にしない私が悪いのに――
―――
彼女も仮面をつけている。
みんな仮面をつけている。
でも彼女は知らなかった。
彼は何個の仮面をつけているのか。
そして彼に素顔なんてないということを……
(人の好意に気づかなのを演じるのは難しいな)
彼は今日も仮面が離れない。
読んでいただきありがとうございました。