1#03
「あの…」
自分より少し前の方を歩く青年に声を掛ける。
「名前、聞いてもいいですか?」
控えめに尋ねると、青年は「ああ、そういえば」と奏の方へ振り返った。
「まだ僕の名前、教えてなかったね」
コクリと頷く。
「僕は2年の如月椎名。椎名でいいよ」
「椎名、先輩?」
復唱すると、にっこりと微笑まれた。
2年生。あまりの落ち着き様に、てっきり奏は3年生だと思っていた。
「もしかして奏、特待生?」
不意にそう聞かれ、慌てて頷く。
「あ、はい。学力の方の…」
「へぇ。頭良いんだね」
また、笑った。
綺麗な笑顔。だけど、奏はどこか違和感を覚えた。
どこだ。何がおかしい?
「…奏?着いたよ」
「あっ、はい!」
声を掛けられ、我に返る。
言われた通り、目の前には“会議室”と記された扉があった。
「少し遅刻しちゃったけど、訳を話せばきっと許してくれるよ」
そっと、頭を撫でられる。
優しい。単純にそう思った。
多少笑顔に違和感を覚えたけれど、きっと気のせい。
「あの…ありがとうございました。会ったのが先輩で良かったです!」
「僕が初めてだったの?」
「はいっ。どうしようか迷っていた所で、先輩が声を掛けてくれたんです」
そう言うと、椎名はその漆黒の瞳を細めた。
「じゃあ、僕が貴代での友達第1号だね」
「ともだち…?」
椎名は2年で自分は1年。
まさかそんな事を言われると思っていなかった奏は、きょとんとする。
「あれ。嫌だった?」
「い、いえっ!」
途端に眉を下げる椎名に、奏は慌てて否定する。
驚きはしたけれど、嫌だった訳ではない。
「そう?それなら良かった」
じゃあね、と笑顔で手を振る椎名。
奏もつられて笑顔を作った。