1#02
「つか兄、俺もう行くね」
大きめのスポーツバッグを肩から斜めに掛ける。
足元にはライトブルーのスニーカー。先日、高校の入学祝いとして司が買ってやった物だ。濃紺の髪と瞳にその淡い色がよく映える。
「もうそんな時間?」
司が、飲み掛けのコーヒーをテーブルに置いてリビングから出て来た。
「うん。学校説明が4時に始まるでしょ。駅まで15分、電車で30分くらい、そこからまた15分。だからそろそろ出ないと」
初っ端から遅刻なんて冗談じゃない。
折角平凡な容姿に生まれて来たんだ。どうせなら最後まで平和に平凡にいこうじゃないか。
「そう、分かった。気を付けてね」
そう労いの言葉を掛けると、司は屈んで奏の額にキスを落とした。
平然そうにしている司に対し、奏は頬を薄っすらと染める。
「い、いつまでも子供扱いするなよっ」
「ごめんごめん」
つい。そう笑う兄に、奏は膨れっ面のまま玄関の扉を開けた。
春といえど、やっぱり外はまだ肌寒い。
「いってらっしゃい、奏ちゃん」
「…いってきます」
扉の奥に消え行く兄の姿を見ながら、別れの挨拶を告げた。
奏が明日から通うのは、私立貴代学園高等部。一言で言うと、全寮制の金持ち男子校である。
しかし、日向家は裕福な家計ではない。貧乏とまではいかないが、至って普通の家計。そんな奏が貴代学園に入学出来るのは、特待生制度のおかげ。
各学年、学力特待生とスポーツ特待生がそれぞれ1人ずつ選ばれ、選ばれた特待生は授業料免除となるのだ。
奏はその学力特待生。3教科300満点中297点を採り、見事特待生枠に入る事が出来た。
「あんまりつか兄に負担掛けられないし…」
大学に通いながら家計の遣り繰りをする兄の荷を、少しでも軽くする事が出来たら。それが望みだった。
特待生でいるには、常に首席でなければならない。それはきっと容易な事ではないが、これが自分に出来る精一杯だから。
奏は瞳に決意の光を灯し、学園へと歩を進めた。