1#スタートライン
第1章・一歩を確かに。
「好き」って言ったのは誰?貴方だったはずでしょう?
なのに、どうして?
もう俺、疲れちゃったよ…。
「―――――」
誰かの声が聞こえる。聞き慣れた、優しく心地良い声。
「――ちゃん…、奏ちゃん」
肌寒さに身動ぎながら、目を開ける。
最初に目に入ったのは、整った兄の顔だった。
「あ、起きた」
「何、起こす為に呼んでたんじゃないの?」
むっくりと起き上がる。それと同時に大きな欠伸を零した。
「いや、起こす為というか、魘されてたみたいだったから心配になって…」
困ったように眉を下げる彼は、とても今年22には見えない。その辺の高校に通っていそうな好青年。
そんな兄を持つ寝起きの少年は、首を傾げた。
「俺、そんなに魘されてた?」
「うん。かなり」
おかしいな。夢を見た記憶はないのだけれど。
「それより奏ちゃん。ご飯出来てるけど…」
「え、本当?」
「うん。食べるよね」
兄の問いに「もちろん」と答えて、少年はベッドから下りた。
少年の名前は日向奏。
成績優秀。運動と容姿は中の上、もしくは中の中。
明日晴れて高校生となる、学力以外は至って普通の15歳である。
対して、兄の日向司はというと。成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群の、申し分ない完璧人間だ。
幼い頃はそんな兄弟の差に劣等感を抱いたりもしたが、今ではそんな事など気にしない。
自分の事が嫌いだった奏を、教師を目指す司が叱責したのだ。人と比べる暇があるのなら、もっと個性を磨きなさい、と。
両親がいない奏にとって、六つ上の司はあまりにも大きくて、支えだった。
だから今回、奏が全寮制の高校に入る事になって、奏本人も兄の司も、不安で仕方ないのだ。