ろく この愛を、どうすれば全て貴方にお伝えできるのでしょう。
「うえぇぇん、イェルカぁああ……っ、イェルカぁ………」
「あら殿下、どうなさったのです?! どうしてそんな大泣きなさっているのですか!?」
「うっ、うぇえん…………いぇるか?」
うるうるお目々できょとんとしたお顔のアルフレート殿下って、なんて可愛らしいんでしょう!
……あら? そういえばここはどこでしょうか?
豪華な天蓋に、ふわふわのお布団、横たわるわたくしの手を殿下が握っていらっしゃる……――まあ、わたくしとアルフレート殿下の寝室ではありませんか!
「目が覚めたんだな、イェルカ。イェルカ……っ」
「アルフレート殿下、貴方もご無事で……!」
アルフレート殿下はわたくしのお胸にお顔をうずめて、わんわんと泣き崩れてしまわれました。わたくしも涙ぐみながら、愛しい殿下のさらさらの金髪をなでなでします。ああ、殿下……。
「……お目覚めですね、イェルカ姉上」
「あら、ハーディ殿下。……いったいどうなったのですか?」
お見舞い用の椅子に座られたハーディ殿下は、どことなく暗いお顔をされていました。
何故わたくしはベッドの上で目覚めたのでしょう。
ナディア嬢に刺されそうになって、アルフレート殿下がわたくしを庇おうとなさって……。
「ナディア嬢は三度に及ぶ殺害未遂の罪で、現在北の塔に幽閉されています。お腹の子に障らない程度の生活はさせるつもりです」
「そうですか……。ところで……その……わたくしとアルフレート殿下の子は、どうなりましたか?」
わたくしは恐る恐る、どんよりとしたお顔のハーディ殿下にお尋ねします。
「アルフレート兄上と、イェルカ姉上の子は……」
「子は……?」
「残念ながら……」
まさか……ッ!
「…………男の子の可能性が高いそうです。安否を確認するときに、ついでに分かったそうで」
ハーディ殿下はものすごく残念そうに、大きくため息をつかれました。
ちょっとハーディ殿下、どうして落ち込んでいらっしゃるのです??
どういうことですの??
「はあ……もし女の子だったら、将来俺の妃に――」
「はあ!? 誰がハーディ殿下なんかに我が子を嫁がせるものですか!」
やっぱり色欲魔王ハーディ殿下、そういう目で見ていらっしゃったのですね!
ほら、お顔を上げたアルフレート殿下も涙ながらに睨みつけていらっしゃるじゃありませんか。
「酷いなイェルカ姉上。俺は愛した女性のことはきちんと大切にしてますよ。まあとにかく、おふたりの子は元気ですって。良かったですねー」
ハーディ殿下は祝福するように、パチパチと拍手をなさいました。
……まあ、そうですね。
娘だったらハーディ殿下に狙われてしまいそうなのはとても心配ですが、ともかく子どもが無事なのはたいへん喜ばしいことですわ。
「イェルカ……本当に、無事で良かった」
アルフレート殿下が愛おしげに、わたくしのお腹を撫でてくださいました。
「アルフレート殿下……」
ああ、ハーディ殿下というお邪魔虫さえいらっしゃらなければ、今すぐにでもアルフレート殿下といちゃいちゃしたいところですのに!
甘い空気を漂わせ始めたわたくしたちに、またハーディ殿下が邪魔を入れます。
「そんなことより……いっ、イェルカ姉上と、アルフレート兄上がっ、気絶したときの話を……ふふっ、させてくださいよ」
「……良いですけれど、何故笑っているのです?」
肩を震わせて笑っていらっしゃるハーディ殿下は、明らかにこの場の空気に合わない異端者でいらっしゃいました。アルフレート殿下も引いていらっしゃいます。
「な、ナディア嬢が姉上に突き刺そうとした剣を、兄上が止めようとなさって……」
「ええ、そこまではわたくしも覚えておりますわ」
「そしたら……っ、何の奇跡か、剣がイェルカ姉上のおっぱいのっ、谷間に挟まったのです……! あはははっ」
……。
ハーディ殿下はご自分の太腿をバシバシ叩き、ゲラゲラと大声で笑っていらっしゃいます。そんなに面白いことかしら。
わたくしが言えることではないかもしれませんけれど、ちょっとお下品ですわね。
「ふぅ……ふふっ、笑いすぎましたかね。剣がちょうど、イェルカ姉上のおっぱいの谷間を通り抜けましてね、ドレスは穴が開いてしまったのです。それでイェルカ姉上が剣で貫かれたと誤解なさったアルフレート兄上がショックでお倒れになり、兄上が倒れたショックでイェルカ姉上もお倒れに。もうパーティ会場はてんやわんやでしたよ。シルベスター公爵も勘違いして泣き喚いていましたし」
まったく、お父様ったら……。
アルフレート殿下も泣き虫ですからそう強くは言えませんが、お父様にはもう少し威厳というものを持っていただきたいわ。
でも、そうね。娘の一大事だと勘違いすれば、泣いてしまうのも仕方ないことなのかしら。
「……まあ無事にイェルカ姉上が目覚められましたから、俺はちょっくらシルベスター公爵を呼びに行くとしますかね」
「ありがとうございます、ハーディ殿下」
「頼んだぞ、ハーディ」
「はい、アルフレート兄上、イェルカ姉上」
ハーディ殿下はひらひらと手を振って、部屋を立ち去られました。嵐のような時間でしたわね……。
「……イェルカ。僕もベッドの上に行ってもいいかい?」
「ええ、どうぞ。おいでください」
わたくしは布団をばさりと跳ね除け、真ん中からずれてお隣に可愛いアルフレート殿下をお迎えします。ふたりきりの時間の始まりです。
「抱きしめてもいいか?」
「はい、ぎゅーってしてください」
お互いの背に腕を回し、力強く抱き合います。アルフレート殿下、最近なんだかたくましくなられましたね。大好きです!
「イェルカ……愛している……」
「わたくしも愛しておりますわ、アルフレート殿下」
「今は、ふたりきりだから……どうか、アルと呼んでおくれ」
「はい、アル。愛してます」
アルが目を瞑り、その愛らしいお顔をわたくしに近づけます。ああ、睫毛長い、可愛い……。わたくしも目を瞑りますわね――……
「……イェルカ、頬が真っ赤だ。可愛いね」
「アルの頬も真っ赤で可愛いですわよ」
甘いキスを終え、お互いに頬を染めて見つめ合います。愛おしすぎて、体が壊れてしまいそうです。
「大好きです、アル」
「僕も大好きだ、イェルカ。……ところで」
「はい」
「今日の話は……どこまでが演技でどこまでが真実だったのか、教えてくれないか?」
まだ赤い頬のまま、アルは真面目な顔でわたくしに向き合います。
「ええ、いいですわよ。どうぞお尋ねになって?」
「では……イェルカが、ナディア嬢に足を舐めさせたとか、む、胸を揉ませたとか、寝込みを襲ったとか……は、嘘だった、で合っているか?」
「はい、もちろん。わたくしの足も胸も何もかも……身も心も全て、アルのものです。貴方以外と寝ることなんてあり得ませんわ」
にこりと微笑みますと、アルも安心したようにふわっと微笑み返してくださいました。ああ、可愛い。愛おしい。
「あと……僕らは、きちんと婚約者だよな? 真実の愛で結ばれた、婚約者だよな?」
「はい、そうです。わたくしとアルは真実の愛で結ばれております」
アルは不安そうな上目遣いで、わたくしを見上げられました。コロコロと変わる表情……とても可愛いですわ!
「……ハーディが、女性は親の決めた婚約よりも真実の愛を喜ぶと言っていて……それであのように求婚する場を設けたのだが……イェルカは、あのプロポーズは嬉しかったか?」
「ええ、とても。とても……嬉しかったですわ。……ありがとう、アル。愛しています」
きゅっと抱きしめて、アルの頭をなでなでします。
この愛を、どうすれば全て貴方にお伝えできるのでしょう。何度「大好き」「愛しています」と言っても、まだまだ足りませんわ。
「イェルカは……僕が公爵になることも知っていたんだね?」
「ええ、知っておりました」
「……すまない。僕がこんなだから……君の努力を……妃教育に費やした時間を、無駄にさせてしまった」
「いいえ、無駄だなんてことはありません。受けた教育は公爵夫人となっても役立つところがありますし、何より……わたくしの努力は妃になるためのものではなく、貴方の妻になるための努力ですから。わたくしの全ては、大好きなアルを中心に回っているのですから」
わたくしの愛おしい、泣き虫な婚約者様は、またぽろりと涙を零されました。アルの眦に口づけを落とし、その雫を掬います。
「……イェルカ」
「はい、アル」
うるうるの瞳でアルは、にっこりと満面の笑みを見せられました。
「僕のことを愛してくれて、ありがとう」
「……はい」
ああああ! 可愛い!
可愛すぎますよアルったら!!
もう、ほっぺがゆるゆるになってしまいますわっ!
はぁ……可愛い……好き……。
「ねえ、アル?」
「なぁに、イェルカ」
「いつものマッサージ、して欲しいです」
「ああ、そうだね。うん、しよう」
ベッド脇にあるサイドテーブルから、アルが保湿油を持ってきます。わたくしはその間に、夜着の胸元を開けました。
「痛かったり変だったりしたら、ちゃんと言うんだよ」
「はい、分かっておりますわ」
アルが手のひらに保湿油を塗り広げ、ゆっくり優しく丁寧に、わたくしのお胸に触れられます。
「どう? 大丈夫?」
「はい、良い感じだと思います」
にこやかに、お胸をもみもみされていますと――
「イェルカ! 目が覚めたと聞いた、ぞ……」
「……おや、イェルカ姉上。やっぱ、いいおっぱいしてますね」
なんということでしょう、お父様とハーディ殿下がいらっしゃいました。
ちょっとお父様! ノックもせずに娘の寝室に入ってくるなんて非常識ですわ!
それにハーディ殿下。貴方様は目を逸らすとかいう配慮の心は持ち合わせていらっしゃらないのです? にやにやするのはおやめなさい!
あら、アルがわたくしにさっと上着を掛けてくださったわ!
わたくしのお胸は貴方様のものですもの、他の殿方に見せ続けるわけにはまいりませんわ。
ああ、アル。優しい! 大好きっ!
「シルベスター公爵、これは――」
「ああ、うん。そうだよな……知らぬ間に子どもまでいるくらいだ、うん。イェルカはいつの間にか僕の手の届かないところに行ってしまったんだな……うん、まあイェルカが幸せなら……うん……うん……」
お父様は何やらぶつぶつ言いますと、ふらふらと何処かに去っていってしまいました。ものすごくショックを受けたようでしたけれど……大丈夫かしら?
「あー……イェルカ。シルベスター公爵には明日ご挨拶に伺おうか。きっと君の元気な姿を確認したかったんだろう」
「ええ、そうですわね。ありがとうございます、アル」
今日のお父様は、ちょっと頭を冷やす時間が必要そうですものね。明日いろいろお話ししましょう。
「ああ。それでハーディは……いつまでそこに突っ立っているつもりなんだ? イェルカの胸はもうお前には見せないぞ?」
「あと三秒だけどうです? 兄上」
「却下だ。早く出ていけ」
「ちぇー。また見たかったんですけど。まあ大人しく帰りますよ。おやすみなさい、アルフレート兄上、イェルカ姉上」
色欲魔王が帰りまして、また寝室はふたりきりに戻ります。
いかがわしいことをしていたわけではありませんのに、なーんか気まずいですわ。
「……続き、しませんの?」
「しよう。イェルカと、この子のためだ。怠惰にしてはいけない」
アルは真面目な顔で、またわたくしのお胸をもみもみしはじめました。
そう、わたくしたち、真面目にこれをやっておりますのよ。
宮廷医にやり方を教えてもらったアルが毎日してくれているマッサージでして、お乳の出を良くしたり、子がお乳を含みやすい形にしたりするためのものですの。
「……イェルカ」
「はい、アル」
「子育て、一緒に頑張ろうな」
「……はいっ、頑張りましょう」
アルはきっと、今もとても不安なはずなのです。
ナディア嬢が媚薬を盛ったりしなければ、わたくしたちが親になるのはもっと先のことだったはずなのですから。
あの一夜で子ができて、わたくしもアルもとても驚きました。婚前交渉すらしないつもりでいたわたくしたちにとって、結婚前に親になるということは大変なことでした。
親になる決意のないままに子を身籠って、わたくしもアルも不安でたまりません。
お父様にはちょっと言い忘れてしまいましたけれど、わたくしは王宮では王妃殿下や侍女たちに、王宮から家に帰ったときにはお母様やメイドや下女たちに、出産や子育ての話をよく聞くようになりました。
アルも国王陛下やハーディ殿下――ちょっとハーディ殿下はたまに嘘つきですので心配なのですけれど――にお話を伺ったり、王宮の医師や薬師にいろいろと教えてもらったりして、日々わたくしの体のことやお腹の子のことを考え、良き父親を目指して頑張ってくれています。
「アル、心から愛しています」
「僕もイェルカを愛している。……誰よりも、何よりも」
不安が完全に消えることはありませんが、きっとどうにかなりますわよね。
アルはこんなにも優しくわたくしのことを思って、強く愛し続けてくれるのですから。
うまくいかない日もあるかもしれませんが、必ず。
子を大事に愛する、良いパパとママになりましょう。
そして、温かく幸せな家庭を築きましょう。
愛しい貴方と一緒なら、わたくしは何でも頑張れますわ。