9話 たまにひとり
10月9日。昼、柚木と060号の部屋。
060号は、風邪をひいていた。
「絶対安静だな。今日は休め。それより…柚木はどこに行った?」
「……知らん。俺にここで休めと言ったあと…どこかへ行った」
「だからお前は1人でベッドを占領しているのか。普通なら隔離室行きだが…柚木が休めと言っているなら仕方ない。お前はここにいろ。子供の気遣いを無駄にするな」
「……おう」
「じゃあ、私も行くか」
「…仕事…なのか?」
「いや、仕事ではない」
「なら…もう少しここにいろよ」
「えっ!?」
(い、いきなりなんてこと言うんだ…)
「いや…しかし…」
「やっほ―――――っ!インビジブル様―――――っ!ミカンが来ったよ―――――っ!」
大声を出しながら、佐十が入ってきた。
「……うるさい。頭に響く」
「あっ、ごめんなさい。てへぺろ☆」
「……帰れ」
「ん~~、じゃあ、インビジブル様にこれを食べて♡」
「いや、それはダメだ」
苺島が話に割って入る。
「基本、死刑囚には決まった物しか与えてはダメなんだ」
「え―――、つまんない―――」
「ダメなものはダメなんだ。ほら、帰れ」
「い―――や―――」
「帰れっ!」
嫌がる佐十を、苺島は無理矢理退出させる。
「迷惑な奴め……」
「……ごほっ」
「ん?大丈夫か?」
(熱が上がっているかもな。体温計……見当たらない。じ、じゃあ……)
苺島は、060号の額に手を当てる。
「……ま、まだ熱いな」
(む、無理だ…これ以上は恥ずかしくて死ぬっ!)
苺島がパッと手を放すと…060号はその手を掴んだ。
「な、何をする!」
「……お前の手…冷たくて気持ちいんだよ。もっと…触ってくれ」
「んな、何をふしだらな事を……」
動揺している苺島の手を、060号はしっかり握って離さない。
「おい、とにかく…離せっ」
(やばい…顔が……赤くなってるかもしれない……)
「…………」
「060号?」
「…………」
(…眠ったのか。よし、これで手を……離さ、ないっ!)
「…仕方ない。もう少しだけだからな」
(こんな日が…あと、どれだけ続くのだろうな……)
苺島は、060号の髪をかき分けながら、そんな事を考えていた。
10月9日。朝、柚木と060号の部屋。
「……かおまっかっか」
「…うん」
「かぜひいた?」
「そう…みたいだな」
「じゃあ、べっどつかって。わたし、あそんでくる」
(そうだ、ここをたんけんでもしよう)
「……お、ドアあいた。いってくるね」
「……ん」
柚木は部屋を出た。
同日、某時刻。職員用カフェテリア。
(まずはあさごはんをたべよ。たまにはもってきてくれるものいがいもいいよね)
「お、リサちゃん発見☆!」
「モモ!」
「うん、桃谷だよ☆!リサちゃん、こんなとこで何しているのかな~?答えないと襲っちゃうぞ☆」
「ごはん、たべにきた。モモ、なにたべた?」
「栄養補助食品。そこの自販機で買ってきたんだ♪」
「……いちごミルクある?」
「あるよ!」
「かえ!」
「おk!」
桃谷は柚木を抱き抱え、自販機の前に移動した。
「自分で押したいでしょ。はい、どうぞ」
「……ボタンおすのおもしろい」
「じゃあ、いっぱい押してもいいよ~。お金はいっぱいあるし、出したのはいっちゃんの机の上に置いておけばいいし~☆」
「わかった!いっぱいだす!」
「あっはっはっは~~~~」
数分後。
「いっぱい出したね~。持っていくのは1つでいい?あと、栄養補助食品いる?僕の食べさしだけどねw」
「それはいらない。1つでいい。じゃね」
「じゃあ~ね~」
同日、某時刻。職員用ジム。
「うまのしっぽ!」
柚木は茄子宮を見つける。
「はい、たしかにポニーテールは馬の尻尾と言う意味ですね。それがどうかしましたか?僕は子供が嫌いなので早くどっか行ってください」
「なにしてるの?」
「体鍛える以外に何があるんですか」
「んとねー、マラソン」
「……」
「あっ、お兄ちゃん。まだいたんだ」
ジムの女子用サウナから、後が出てきた。
「やっと出てきたね。帰ろうか」
「体鍛えなくていいの?」
「あれはただの暇つぶしだよ」
「……ねぇ、なんできょうだいなのに、みょうじがちがうの?」
「えっ?あっ、それは…」
「大人には大人の事情ってものがあるんですよ。さぁ、部屋に戻ろうか…」
「あっ…リサちゃん、またね」
「ばいば~い」
2人はジムから出ていく。
(……つぎはどこにいこうかな?)
同日、某時刻。監視室。
「あれ?リサちゃん、何でいるの?」
突然の柚木の来訪に、古藤は驚いている。
「がんたん!」
「えっ?」
柚木の不思議発言に、古藤は首をかしげる。
「ああ、眼帯の事かな?」
「がんたん!」
「がんたいって言うんだよ」
「……がんたい!」
「…そう」
「じゃね」
「えっ?何しに来たの?」
「たんけん!」
「ちょっと待って。桃谷さんに連絡と…もういないし…」
同日、某時刻。懺悔室前。
(ここはなんかいやなおとがする。はやくべつのばしょにいどうしよう)
「ん?なぜあの子供がここいる?」
「ハゲまめ!」
「ハゲではない!剃っているのだ!」
「…………ハゲまめ!」
「ぬぐ…!おい!誰かこのクソガキを早くどっかにやれ!」
(お、これはヤバい。にげよう)
「逃げるなこのクソガキが!」
同日、某時刻。軽犯罪者用カジノ。
(……クルクルまわってる)
「おい、なんでここに子供がいるんだ?」
「もしかして例のプロジェクトの子供じゃないのか?」
「誰か看守呼んで来いよ」
突然の柚木の訪問により、周りはざわざわしている。
「あれ?リサちゃんじゃん。何してるの?」
「ミカン!クルクル!」
「うん。スロットクルクルだね。でもさ…ここにいるとまずいから移動しよ」
「わかった!」
2人はカジノを後にする。
同日、某時刻。軽犯罪者女子専用遊戯室。
「や~かわいい~♪」
「この子って例のプロジェクトの子でしょ?」
「プリン食べる♡?」
「たべる!」
柚木は女性人に人気だ。
「ここはなに?」
「ん?ああ。ここはね、軽い罪を犯した女性の遊び場よ。カルタとか、あやとりとか、お手玉とかあるわよ」
「ヒモほしい!」
「……持って行ってもいいのかな?」
佐十は皆に質問する。
「いいんじゃない?」
「今なら看守いないしね~」
「別にあやとりぐらい持って行っても怒られないわよ」
「だってさ」
「ありがと!またね~」
嬉しそうにあやとりをもって、柚木は部屋を出て行った。
同日、某時刻。職員寮 苺島の部屋前。
(なんだかとおいところまできてしまった…。あっ、いちごがいる。なにをみているんだろう?)
「……ふむ…なるほど……いや、ここはもっとグッと行った方が…」
「なによんでいるの?」
「うぉわッ!な、なぜ柚木がここにいる!」
「たんけん。で、なによんでいるの?」
「……恋愛小説だ。その…勉強にな」
「…………かなととなにかあった?」
「な、何もないぞ!?」
「……」
(かおあかいし、うそだ)
「ん?電話だ、ちょっと待て」
部屋の前で柚木と話をしていた苺島は部屋に戻り、電話を取る。
(……うっすらこえがきこえるな。よし、きこう)
「古藤か、なんだ?柚木?今外にいるぞ。……わかった、連れて行くよ。もう060号の熱もほんの少しだが下がっただろうしな」
(…うぬ……ここにいるとつかまる。にげよう)
「柚木、そろそろ帰…あれ?どこ行った?……しょうがない、探しに行くか」
同日、某時刻。特別共同墓地。
柚木を探して、苺島は特別共同墓地にやってきた。
「……どうして、ここにいるんだ?」
「……なんとなく」
「そ、そうなのか…」
(なんとなくで辿り着いたのか…凄いな)
「…ねぇ、ここはなに?」
「ここは…その……墓だ。わかるか?」
「はか……おかあさんとおとうさんは?ここにいるの?」
「…いや、ここじゃない」
「…あいたい……いしでもいい。…あいたい―ッ!う―――っ!」
「ちょ、泣くな!」
(どうすればいいんだよ…)
「あ…うう……その……11月になったら墓参りに行こう!」
「……ほんとう?」
「なんとか上と相談して、つれていってやるよ」
「…やくそく、してね」
「ああ、約束するよ」
「へへ…ありがとう」
「よし、指きりだ」
「うん!」
2人は指切りをして。
「…帰るか」
「ねぇ、きょうはいっしょにごはんたべようよ」
「お、そうか。じゃあ、上に言って頼むよ」
「やった!」
「じゃあ、戻るぞ」
「うん!」
2人は手を繋いで帰っていった。
そして、何人もの名前が彫られた墓の中には、梨東の名前が彫られていた事に、2人は気付かなかった…。