7話 甘い香りのしらべ
10月 7日。夜、10時 柚木と060号の部屋。
ガチャリ。
「……ん?何の音だ?」
060号が目を覚ますと、部屋のドアが開いていた。
(……本当に開いているのか?)
腹の上で寝ている柚木を起こさないようにどかし、060号はドアを確認する。
「…やっぱり開いてる。しかも誰もいない」
(少し…外を見るか)
060号は部屋の外に出て、薄暗い廊下を歩きだす。
「もしかしたら…停電なのか?」
コツコツコツ…と、誰かの足音がする。
「誰だ」
「ん~?ああ、その声060号か。こっちの部屋においで」
(聞いた事ない声だな。顔はよく見えない…か)
「……わかった」
060号は警戒しながら、誘われるまま部屋に入って行った。
「ん~、たしかこの辺にロウソクが……あっ、あった。あるだけ点けちゃえ」
たくさんのロウソクの明かりで部屋が明るくなり、ここは会議室だと分かった。
「自己紹介がまだだったね。おじさんは36才の和栗…ゲポっ!」
「うわっ!」
和栗は血を吐いた。
「あっはっは、また出ちゃった~」
「…また?」
「おじさん、中身をあちこち取られているから、体が弱くなっていて、すぐ血を吐いちゃうんだよ~。あっ、中身も外もだね。手足は義手だし、目は義眼だし」
(だからさっきから目線が定まってなかったのか…)
「あれ?おじさん、どっちの手、どっちの足、どっちの目が作り物だっけ?それとも全部かな?」
「知るか」
「あ~、下もちょん切られていたかも。あれ?チン○って義手みたいに作られるんだっけ?」
「知るか!」
「……じゃあちょっとおじさんのあれ見てよ!」
「断る!」
「ちょっと、ちょっと確認するだけでいいからさ!」
ジリジリと、和栗は060号に迫る。
「自分で確認しろ!」
「おじさん、思い出したんだ。片方義手で、片方神経がマヒしてるって。だから…君が触って確認してよっ!」
「だまれ変態!」
「変態じゃな…あ」
避けられた反動で和栗は転んでしまう。060号は少し心配したが、とりあえず様子を見る事にした。
「…そっか。おじさんハニーに会いに来たんだった」
「ハニー?」
「うんうん。思い出した思い出した。おじさんの恋人さ。もうHな事もしてるよ~、あっはっはっは~」
(こいつの恋愛話…どうでもいい。話を変えよう)
「…なんで、よく物事を忘れるんだ?」
「んー、あっ、おじさん、脳も少しいじられているんだよね~。だから物事をよく忘れるんだ~はっはっはっは~」
(さっきの変態発言も、それが原因か…?)
「あっ、そうだそうだ。君を見たら思い出した。ハニーのとこに行くの忘れてた。とりあえず、会えてよかったよ、060号…いや、要人君」
「なんで俺の名前を知っているんだ?」
「おじさん、何でも知っているんだ。インビジブル側の人間が誰か、ただ真相を知りたい側の人間は誰か、それ以外の目的を持った人間が誰か、何もかもね」
「……お前、何者だ」
「おじさんはね。元死刑囚。しかも、『死刑囚特別プロジェクト』の参加死刑囚だったのさ」
「……」
「そして、君と同じ冤罪の死刑囚なのさ」
「!……俺は…冤罪なんかじゃない。殺人鬼、インビジブルだ」
「なるほど、そう言われたんだね。本物に」
「違う!俺がインビジブルだ!」
060号は声を荒げる。
「……今の君を見たら…小夜ちゃんはどう思うだろうね」
「っ!なんで…小夜の事を…」
「おじさん、傍観者なのさ」
「傍観者?」
「ただこの物語を見ているだけの人物。おじさん、この物語は全部知っているんだ。何もかもね」
「……う…そだ。小夜の事は…あの事件は、もう誰も知らない…お前が知っているはずが…」
「排水溝に隠すのは、安直すぎたね」
「!あ、あぁ……」
ガチャ。
「おい、お前ら2人何をしている」
看守らしき人物が、懐中電灯を持って入ってきた。
「ん?その姿、死刑囚か。早く部屋に戻れ」
「今日はもうこれで終わりみたいだね。060号安心して。おじさんの敵は君じゃない。と言うか、おじさんは誰の味方でもない」
「……」
「死刑囚、早く部屋から出ろ!」
060号は無理矢理部屋から出され、扉が閉められた。
その扉を和栗はただじっと見ていた。
「…………あっ、ハニーのとこに行かなくちゃ。しかしまあ、彼、騙されている事に早く気付いてくれないかな…」
鼻歌交じりで、彼は匂いを辿りに想いの人を探し、暗闇に消えていく。