5話 うつろうゆめ
10月5日。朝、柚木と060号の部屋。
『グッモーニーーン♪朝が来たから起きて♡』
「……朝からこのテンションかよ…」
桃谷からの通信で起きた060号は、見るからに機嫌が悪い。
「そして通信からのボク登場~!」
部屋に桃谷が入ってきた。
「…うざい」
「もう!ご飯持って来たのに!あーんして食べさせてあげな」
「よし、飯だけ置いて帰れ」
「冷たい!」
「……ごはん」
柚木も起きた。
「お、クソガキ、起きたか。……なんか顔赤くないか?」
「んん~?熱でもあるのかな?」
桃谷は柚木の額ひたいに手を当て、熱を測る。
「…少し熱いね。ご飯、別の物に変えて来るよ」
「もう2度と来るな」
「フフフ~♪」
「ごはん!」
ご飯が乗ったお盆を持って、部屋を出ようとした桃谷を見た柚木は、大声を出す。
「いや、あとでおかゆに変えて持ってくるよ~」
「ごはん!」
「……リサちゃん?」
「ごはん!」
「……060号」
「ん?」
「あとはまかせた!」
「早っ!」
桃谷は素早く逃げ、060号は後を追いかけようとする柚木を捕まえる。
「ご~は~ん~!」
「……俺の朝飯は置いてあるし、味気のない、スポンジみたいなパンでよければ食うか?」
「ごはん!」
「うおっ!」
(……あのクソガキのパンを取る時の目、完全に飢えた猛獣じゃないか…)
『もしもし、聞こえますか?』
「…梨東か。なんだ」
『リサちゃん、風邪引いたみたいですね』
「そうみたいだな。なんかいつもより目が死んでいるぞ」
『ちょうどいいですね』
「何が?」
『060号さん、あなたが柚木ちゃんのお世話をしてください』
「はぁ!?」
(あんなクソガキの世話なんて…)
『これは『死刑囚子育てプロジェクト』なんですよ。看病も子育ての一部なのです』
「……やればいいんだろ」
『ありがとうございます。では、また後程』
ブツッ!
通信が切れた。
(とにかく、やってみるか)
同日、数分後。 監視室。
「そういえば、あのデカ乳ババアどこ行ったんですか?」
「茄子宮さん…ちゃんと名前で呼んであげましょうよ」
「嫌です」
「……ホオズキさんは仕事で警察病院です」
「なるほど…」
今日休みなのは、ホオズキさん以外に苺島さんもか…。4人でできるかな?
同日、数十分後。 柚木と060号の部屋。
「もっと」
「いや、もうないぞ」
「もっと!」
「お前…風邪引いても食欲は変わらない…いや、増えるんだな」
「もっと!」
「……」
『今よろしいでしょうか?』
知らない女の声。誰だ?
『060号さんとは初めましてですね。後 朝子と言います。よろしくお願いします』
「おお…よろしく。それで、何の用だ?」
『リサちゃん、結構汗をかいているので、体を拭いてパジャマに着替えさせてください』
「……俺が?」
『私は仕事がありますので、あなたが』
(仕方ないからやるが……大丈夫なんだろうか。いろんな意味で)
『パジャマは棚に入っていますから。よろしくお願いします』
「…わかった」
ブツッと通信が切れ、060号は棚から柚木のパジャマを出す。
「いつものパジャマはこれだな」
そして060号は、汗ばんだ柚木の体を、清潔なタオルで拭いていく。
(……これは車か何かだと思えばいいんだ。そうすれば、このなんか変な雰囲気はどこかに行くだろう…)
体を拭き終わった060号は、今度は柚木の顔を拭く。
「…………ん?おい、お前の額ひたいにある、この横一文字の傷はなんだ?」
「……しらない」
「そう…か」
(ガキが知らないって言っているが……この傷…)
『060号さん、後です。労働と懺悔の時間です』
「…今いくよ」
060号は立ち上がり、部屋を出…。
「ん?どうした?」
柚木は、060号の服の袖そでを引っ張っていた。
「……いっちゃやなの」
「…嫌だっつても、俺が仕事すんのは法律で決められているんだよ」
「…や」
「……」
『後です。あなたが出かけている間、私がリサちゃんを見てます』
「わかった。後あとは頼む」
袖を掴んでいる柚木の手を無理矢理放し、060号は部屋を出る。
同日、数分後。特殊刑務所、廊下。
060号は、梨東と歩いていた。
「…………死んでいなかったんだ…」
「ん?何か言いましたか?」
「…いや、なんでもない」
「そう…ですか」
この時、まだ誰も気づいていなかった。060号の中で何かが変わり、全ての運命さえも変わっていることを…。
同日 某時刻。柚木と060号の部屋。
「まだ熱は下がっていないかのか?」
「先ほどよりは下がりましたが、まだ熱はありますね」
「そうか…」
「私はこれで失礼します」
「……わかった」
後うしろは部屋から出て行った。
「…かなと、かえってきてたの?」
「…ああ、帰ってきた。今日はもうどこにも行かない。だから…安心して眠れ」
「……ん」
柚木は安心したのか、深い眠りにつく。そして060号は、愛おしそうに柚木の頭をなでる。
「……ずっと…そばにいるよ…」
同日 深夜。??。
「……本当に、こんな所にあれがあるのかなぁ?」
コツと、足音が響く、
「誰!?…………なんで…君がここに?」
そして一発の銃声が響いた。
10月6日 早朝。職員寮 苺島の部屋。
プルルルルル。
「…………もしもし?」
部屋の電話がなり、 苺島は寝ぼけながら電話を取る。
「……えっ…?」
同日、某時刻。監視室。
バンッと勢いよく扉を開け、苺島が入ってきた。
「ホオズキ、さっきの電話はどういう事だ?…本当なのか?梨東が…」
「ええ、本当よ。昨日の深夜、梨東くんは…爆発事故に巻き込まれて死んだわ」
「…遺体を見せろ」
「無理よ」
「何故だ!」
「……彼の遺体は爆発による損傷が激しく、炭みたいになっているの。医者の私なら分かったけど、医者じゃないあなたじゃ分からないわ」
「……クソ!」
苺島は、近くにあったゴミ箱を強く蹴る。
「何故…梨東が死んだんだ!何故…」
「…後ちゃん、部屋に連れて行って、苺島が落ち着いたらまた来てちょうだい」
「分かりました。苺島さん、行きましょうか」
「…どうして…あいつが……」
2人は監視室から出て行く。
「私、用事があるから、少し部屋を出ていくわね」
険けわしい顔をしながら、今度はホオズキが部屋を出て行った。
「……2人きりになったね。茄子宮君♡」
「そうですね」
「ねぇ、この前コーヒーくれたよね」
「そして、疲れていた桃谷さんは眠ったんです」
「……本当に、ボクは疲れていたから眠ったのかな?」
モニターをジッと見て、キーボードを打っている茄子宮の視界に、桃谷が無理矢理入ってくる。
「……モニターが見えません。邪魔です」
「梨東君が死んだ時、君はどこにいたの?」
「自分の部屋です」
「ボクはさっき、監視カメラの映像を見てたんだ。すると……君は梨東君が死んだ時、自室にもこの刑務所内にもいなかった」
「何が言いたいんですか?」
「君が梨東君を事故に見せかけて殺したんじゃないの?」
「違います」
「じゃあ、君の表情が『軽蔑』と『動揺』になっている理由を答えてよ」
「……」
バン!、と茄子宮は勢いよく立ち上がる。
「…………桃谷さん」
「何?」
「深く知らない方がいいですよ」
「君は060号と同じスイッチ付き。だから君を殺すのは」
「スイッチを持っているのはあなたじゃない」
「持っているかもしれないよ」
「……」
2人が険悪な雰囲気の中、柚木と060号の部屋では…。
「……後、今の話本当なのか?」
「はい、昨日の深夜、梨東さんが死亡しました。私、苺島さんの様子を見に行くので、これで失礼します」
「ああ…」
後うしろは部屋から出て行った。
「ねぇ」
「ん?」
「なとうって、なっとうのひと?」
「そうだ」
「しんだの?」
「…そうだ」
「じゃあ、もうあえないの?」
「…そうだ」
「かなともしぬの?」
「……」
「かなとはいなくなるの?」
「…………いなくならないよ。今度こそ…」
「?」
同日 数時間後。監視室。
「全員いるようね」
「先ほどは取り乱してすまなかった…」
「もういいわ。それより、メンバーについてだけど…」
「たしか6人いなければダメなんですよね」
後が発言する。
「そう、最低でも6人必要。私はちょっと来るのが遅れたけど…」
「もしかして、新メンバーかい?」
今度は桃谷だ。
「そうよ。梨東君の代わりの子、紹介するわ。古藤君、入ってきて」
「……古藤?」
部屋に入ってきたのは、左目に眼帯をした若い男性だった。
「みなさん、初めまして。梨東さんの代わりにここで働くことになりました、古藤 鈴です」
「鈴…君」
桃谷は、過去を思い出す。
『初めまして、桃谷さん。古藤 鈴です』
『桃谷さんは微表情学だけじゃなく、犯罪心理学なども勉強しているのですか。凄いですね』
『えっ?教授になったんですか?凄いです!』
『こんな物で悪いですが、お祝いの腕時計、受け取ってくれますか?』
『本当に…こんな事があなたの研究に役立つんですか?』
『教授……何を…やっているんですか?』
『もう……こんな事、僕はしたくありません』
『教授…?ちょっ、何をするんですか!?やめてください!教授!』
「……もう、退院しても大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です。今日からお願いしますね。桃谷さん」
古藤は怪しげに微笑んだ。