2話 君に多くの幸せがあらん事を
10月2日 『死刑囚子育てプロジェクト』2日目。 早朝、柚木と060号の部屋。
「もうやってられっか!」
静かな部屋に、060号の大声が響く。柚木は危険を感知して、ベッドの下に潜り込む。
『おい!何があった!』
突然の通信。060号は少し驚きつつ答える。
「お前誰だ?」
『苺島 叶。あー、私は女だが、私を女扱いしたらぶっ潰す!…で、何があった?』
「…このクソガキが俺の上で漏らしやがったんだよ」
『ああ。子供なんだから、お漏らしぐらい当たり前だろ。夜、トイレに連れて行ったのか?』
「……行ってない」
『じゃ、お前が悪い。そのくらいの子供は、夜寝る前にトイレに連れて行くのが常識だ。後で子育ての本を渡すから、それを見てがんばれ』
(…通信が切れた。まったく、どうしろっていうんだ…)
「…んしょ」
060号が静かになったため、柚木がベッドから出てきた。そして、柚木は060号をジッと見つめる。
「…なんだよ」
「……ごめんなさい」
「!…まぁ、謝るなら許すよ」
「…」
「うぉわ!」
(何だこいつ、いきなり俺の膝の上に乗ってきやがった)
「…どうすればいい?」
『とりあえず、頭撫でてみるのはど~う?』
(いつの間に交代したんだ…?)
とにかく、060号は桃谷の言う通り、柚木の頭を撫でてみる。
「さわらないで、へんたい」
「!!」
(このクソガキが…)
060号は、膝の上の柚木をすごい勢いで投げる。上手くベッドの上に着地した柚木は、状況が呑み込めず固まっている。
『あんまり乱暴しゃダメだよ~』
「あれくらいいいだろ。無傷だし」
コンコン、とドアをノックする音が聞こえる。
(ん?誰か来たのか?)
「失礼します」
入ってきたのは、梨東だった。
「梨東か。何の用だ」
「リサちゃんのお漏らし対策グッズを…」
「あんたなっとうっていうの?」
「僕は梨東 一多喜ですよ」
柚木は梨東をジッと見る。
「なっとう…しらたき?」
「ちっ、違います!梨東 一多喜です!」
「なっとうしらたきにしかきこえないわ」
「うっ…僕は、」
梨東と柚木はくだらない口喧嘩を始めた。しかしそれより060号が気になるのは…。
『アハハハハハ!やっヤバい!笑い死ぬ!なっ、納豆しらたきって!』
『クックック。面白いね~。いいあだ名出来たじゃん。納豆君♡』
(この2人、凄くうるせえ……。通信切って笑えよ)
「060号さん…これ、置いておきますね…」
口喧嘩に負けた梨東は、明らかにテンションが下がっている。
(梨東も気になるが、今はこっちだな。
さて、まずはこのオムツを穿かせてみるか)
「おい、これ穿いてみろ」
「……いや」
「可愛い柄だぞ」
「こどもあつかいしないで。あんたがはけばいいじゃない」
「…分かったよ。後でどうなっても知らないからな!」
『またこのパターンなの?』
「……」
その日の夜。
(やっぱり、俺がなんとかしないとダメなのか?ベッドは2つあるが、桃谷が一緒に寝ろってうるさいからな…)
『ねぇ、トイレ連れて行きなよ~』
「…おい、トイレ行くぞ」
「……」
(また無視かよ…)
「怖いのか?」
「怖くないもん。だいじょうぶだもん。へいきだもん」
(何かもんもんいってる…)
「一緒に行ってやるよ。ほら」
060号は手を差し出す。
「…」
「俺が、怖いんだ。ついてきてくれないか?」
「!し、しかたないわね」
戸惑いながら、柚木は060号の手を握る。
「よっと」
「な、なにすんのよ!」
060号はその手を引っ張り上げ、柚木を抱き抱えた。
「はなして!」
「子供は黙って大人に甘えていればいいんだよ」
「……バカ」
(おっ、やっと大人しくなった。今の内だな)
2人は部屋を出て目の前の、幼児用トイレに入って行った。
数分後。
「060号、元気~?」
廊下に突然桃谷が現れた。
「お前…桃谷か?」
「そう、190㎝の高身長で頭も良く、メガネがトレードマークでホモっぽいけど実はレズ好きの28才、桃谷 やなぎとはボクの事さ!さぁ、ボクにホレても…いいんだよ♡」
「ホレるわけないだろ、お前のメガネ叩き割るぞ」
「ひ~ど~い~」
クネクネと、桃谷は怪しい動きをする。
「そんな君にお知らせ。君の死刑執行日が10月31日に決まったよ」
「えっ?」
(いい顔してるな~。こんなにいい『驚き』の感情を見せてくれるなんて……やなぎ、ゾクゾクしちゃう♡
やっぱ今言ってよかったよ)
「このプロジェクトはどうなる?」
「君の成績にもよるけど、10月31日まで。10月31日に…君が死ぬ♡」
「そうか…」
(ん?この表情…。普通死刑宣告されたら、『驚き』と『怒り』か、『驚き』と『軽蔑』。なのに060号は、『驚き』と…『悲しみ』か『悔しさ』。1番分からないのは、そこに『安堵』の感情も少し混ざっている事。
この表情は、死刑囚ではなく冤罪者が無罪を勝ち取った時によく表れるもの。…060号はニセの殺人鬼なのか?
そして060号は…死にたがっているのだろうか?)
「……人間って、仮面を被って生きているんだよ。『甘えたい気持ち』を隠すため、『意地』の仮面を被っている人、『不良』の自分を隠すため、『優等生』の仮面を被っている人、『悪人』の本性を隠すため、『善人』の仮面を被っている人。ボクも…仮面を被って本当の自分を隠している」
「何が言いたい」
「君はどんな仮面を被っているんだい?」
「…」
(?『悲しみ』と『怯え』の表情?)
「……俺は…」
ガチャリと扉を開け、柚木がトイレから出てきた。
「柚木、1人で出来たか?」
「しらないトイレ、むずかしかったけど、なんとかできた」
「そうか。じゃ、部屋に戻るぞ」
コクリと柚木は自信に満ち溢れたかのような顔で頷く。
明らかに動揺している060号は、柚木を連れて部屋に戻って行った。
「フフフフフフ~♡おもしろいな~♡もっとイジメたくなるぅぅぅうあぁぁぁ、ボクの仮面が剥がれそうだ♡でも、ダメだよやなぎ♡ここで人を殺したら怒られちゃう♡あの時みたいに…☆」
「桃さん、こんな所にいたんですか。仕事してください」
桃谷の前に女性が現れた。
「やっほっほ~☆うっし~☆シスコンの君のお兄ちゃんはどこ行ったの?あと…ボクの話聞いてた?」
「私はうっしーではなく、後 朝子です。兄は今トイレです。あなたの話は最後の方だけ聞きましたが…ここにいる人はほとんど何か事件を起こしている人達なので、私は気にしません」
「君のお兄ちゃんも人殺しだもんね~」
「……」
普段無表情のうっしーも、これを言うと『悲しみ』と『後悔』が出る。本当に面白いな~♡
「桃さん、朝子に何しているんですか?」
「…兄さん。私は何もされてないから、仕事に戻りましょう」
「……」
(なっすんはボクに『怒り』と『嫉妬』の感情を向けて、仕事場に帰って行った)
「どんどん面白くなるな~。とりあえず、もう1回060号の事調べよっ☆ボクの苦手なあの人がここに戻って来るまで…」