第6話 【3月10日】◆メアリーとエミリーとチェスター◆
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高校生のメアリーは、毎日しつこく言いよって来る同級生のチェスターに辟易していた。
『いい加減にしてちょうだいチェスター』
ハイスクールの生徒用ロッカーの前で、メアリーの声が響く。
チェスターはおどけて『そんな怒んなって』と彼女を宥める。
そこへ……メアリーの1歳下の妹エミリーが2人の間に割って入った。
『そんなんだからメアリーに嫌われるのよチェスター。諦めてあっちへ行ってよね』
3人のやり取りに段々周囲の目が集まる。カースト上位のチェスターにとって自分以下の生徒など、何人集まろうが大した問題では無かった。
だが教師は流石に面倒だ。余計に注目を集めて、教師に見つかる事は避けたい。そう考え、チェスターは渋々一旦退く。
残された姉妹の口から、やれやれ言わんばかりのため息が溢れた。
この姉妹、メアリーとエミリーはとても仲が良い。幼い頃に父親を亡くし、母親は夫の死をキッカケに、精神を病んでしまった。病んだ母親は、今も檻のついた病院で過ごしている。
両親を失った姉妹は母方の祖父母に引き取られ、惜しみ無い愛情を受けて育った。お陰で悲惨な過去にも関わらず、何も歪む事無く、平穏な青春を送る事が出来た。
ただ……チェスターを除いては……
チェスターは町の有力者の息子で、アメフト部に所属していてる。ルックスもまあ良い。しかし、その性格は最悪だ。
傲慢な彼は、常にカースト下位の生徒を威圧している。チェスターさえいなければ、メアリーの高校生活はどれ程良かった事か。
彼を恐れて、メアリーに近づく男子は殆どいない。
これから先に待ち構えるプロムに、メアリーを誘ってくれる素敵な男子は現れそうに無かった。絶望的だ。
そんな姉をエミリーが心配する。出来れば、最愛の姉が迎えるプロムを幸せなものにしたい。
(その為なら何だってするのに……)
エミリーはそう思い。そう願った。
後日、その願いを叶える為、エミリーはチェスターに直接文句を言いに行く決意をする。
その行動が、メアリーに運命の出会いをもたらすと知らずに……
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この国では16歳から車のライセンスが取得可能だ。その為、車で通学する生徒も少なくない。姉妹の天敵、チェスターもその1人。
自宅に帰ろうと、愛車に向かったチェスターは、エミリーに呼び止められる。
『メアリーにつきまとうのは止めて。迷惑してるのが分からないの?』
『分からないね。俺みたいな完璧な男に言い寄られて、一体何が不満だっていうんだ?』
傲慢な態度。人を小馬鹿にしたような話し方。チェスターの常だ。
『好きでもない男と一緒にいたくないの! 女の子は!!』
『俺といれば、その内好きになるさ。そうだ、お前からメアリーに俺と付き合えって言ってくれよ』
2人の言語は同じ筈だが、話が通じない。思考が全く違う。
エミリーは堪えきれず激怒した。
『あんたって馬鹿よ!! 話すだけ無駄だったわ!!』
エミリーは踵を返す。
──次の瞬間。
周囲の確認を怠った彼女は、走って来た車にひかれそうになる。
『エミリー!!』
チェスターは俊敏な動きで、エミリーを抱き寄せた。エミリーは間一髪の所で彼に助けられた。
『怪我は?』
チェスターがエミリーの顔を除き込む。
『だっ……大丈夫』
一瞬の出来事だが、まるで全力疾走したかの様な疲労をエミリーは感じた。それぐらい恐怖したのだ。彼女の心臓は爆発しそうな程に、バクバクと鼓動する。
『そうか……良かった。……ったく危ねぇだろ。……クソが』
後半の台詞はエミリーに対して言ったのではない。
乱暴な運転をした人物に言ったのだ。
チェスターは、まだ彼女に腕をまわしたまま離さない。エミリーは我に返り、感謝の意を伝える。
『ありがとう。もういいわ……だから離して……』
エミリーを抱き寄せたままの状態に、チェスターも気づく。直ぐ様、両手を軽く上げ、彼女の身体を解放した。
体を寄せた時の感触や、意図せず嗅いだ相手の匂いが、お互い残る。数秒の間が流れ。やがて、チェスターが一呼吸してから口をつく。
『……家まで送る。乗れよ』
エミリーは戸惑ったが、彼の次の言葉を聞いて気が変わる。
『メアリーの事、ちゃんと話そう』
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ここはのどかな街だった。どちらかと言えば、間違えなく田舎に部類するだろう。かと言って何かが欠けている訳ではない。適度に、娯楽施設や商業施設があり、警察署や、消防署、病院等々、市民を守る為の設備もちゃんとあった。
世界的な水準で見れば、間違いなく最高クラスだが、この街で暮らす当の住民は、その事を自覚してはいない。
そもそも、世界の国々の大多数がアメリカ合衆国(USA)程、高い生活水準に達していないのだ。
しかし……環境が恵まれていると、そうでないモノに対して鈍感になる。この街の住民もそうだ。
自分達の住む土地を田舎だと嘆いては、若者達は余所へ行きたがる。
この街で一番裕福なのがチェスターの家だ。チェスターの父親は工場主で、彼の工場で働く住民は多い。
親の上下関係は直接子供にも影響する。故に、チェスターに逆らえない生徒が多数いた。
彼には取り巻きも多いが、彼に弄ばれた女の子の方がもっと多いと言われた。他所の街でガールハントを繰り返しているのも、有名な話だ。
そんな彼がエミリーを車に乗せ、彼女を家まで送っている。運転しているチェスターにエミリーが尋ねた。
『ガールフレンドが沢山いるのに、何でメアリーに固執するの?』
前を向いたまま彼が答える。
『……俺になびかないからだ。だから、振り向かせたくなる。自分の事を否定する奴がいたら、認めさせたくなるのは道理だろ?』
妙に納得する返答だった。
『動機は分かったわ。でも、メアリーは迷惑してる。あんたのせいでボーイフレンドもいないし、このままじゃ、誰からもプロムに誘ってもらえない』
『俺とプロムに行けばいいだろ?』
『素行の悪い男から誘われて、喜ぶ女の子はいません!! あんたは落第点よ』
『じゃあ、俺が合格点に達したら文句は無いのか?』
『……そうね』
そう言われてチェスターは考え込み、幾分の間を置いてから彼は切り出した。
『おいエミリー。お前しばらく俺の側にいろよ』
『はあぁ!?』
予想外の事を言われて、エミリーは調子外れの声を出す。
信号で車が止まる。チェスターはエミリーの顔を見つめ、続けて言う。
『お前が俺の側にいて、俺がメアリーに相応しい男だって確かめればいい。どうせ俺以外、誰も彼女をプロムに誘わないぜ。皆、俺にびびってるからな』
チェスターから発せられる圧に、エミリーは身動ぐ。
『実際に俺といて、やっぱり不相応だと判断するなら、俺はメアリーから手を引く。俺が引けば、誰かが彼女をプロムに誘うだろ? 逆に合格なら、俺がメアリーをプロムに誘う……どうだ?』
プロムとはプロムナードの略で、学年末に開催されるダンスパーティーだ。
参加するにあたって、条件が幾つかあり、最終学年の男女ペアが基本形態になる。このペアは、必ずしもカップルと言う訳ではない。従って、仮にエミリーと付き合っていても、チェスターはメアリーをプロムに誘えるのだ。
但し一般的には、カップルである女の子や、意中の子を誘う。その相手が違う学年であっても、誘う側が最終学年であれば問題ない。
チェスターからの申し出を受けて、エミリーは考える。
(確かに……チェスターが諦めるのであれば、メアリーをプロムに誘ってくれる男子が、出てくるかも知れない……)
『……良いわ。ただし私が一度でも落第だと判断したら、絶対に私達姉妹に近寄らないで頂戴!! 約束よ!!』
『OK決まりだ』
信号が青になった。チェスターは再び前を向く、車はエミリーの祖父母の家へと走る。
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