第67話 【7月10日】理子と狩人の真実(前編)
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──志摩と出会った晩。
理子はまた不思議な夢を見た。
夕暮れ時の波打ち際に、誰かが立っている。軍服のような衣装と帽子を被った白金髪の青年だった。
(渚? ……渚が渚にいる……て、ダジャレか!)
理子は、夢の中でそんな事を思う。
すると突然、海を眺める柏木らしき青年が、夢の中にいる理子の方を振り向く。
(!?)
理子は驚き、一瞬、心臓が跳ねる。彼と目があったのかと思ったが、よくよく、その視線を辿ってみれば、理子の背後に少年がいた。
その少年は、柏木らしき青年とは違うデザインの軍服を身に纏っていた。年齢は13歳前後に見える。
理子はその少年の顔に見覚えがあった。前回、夢で見た袴姿の青年によく似ていたのだ。あの青年を幼くしたら、きっとこの少年の顔だろう。
(誰だろう?)
理子がそう思っていると、辺りは一気に暗くなり──それと同時に少年の姿が変化する。
坊主頭だった髪は腰まで伸び、凛々しい顔立ちは面影を残しつつ、愛らしい少女のものへと変貌した。
呆気に取られていると、少女は柏木らしき青年のもとに駆け寄り、青年は少女を抱き上げた。
──夢はここで終わる。
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──7月10日、金曜日。
朝、理子は早くに登校して、柏木を待っていた。
後から到着した柏木は、職員用駐車場で理子が待ち構えいたので、思わずたじろぐ。
腹を立てている様子の理子を心配しながら、恐る、恐る、近づいた。
「えっ……と……おはようございます(あっ……これ絶対怒ってるヤツや)」
朝の挨拶をしつつ、内心、彼女の機嫌の悪さを警戒する。
柏木は理子の眉間のシワを見て、恐らくスマホが水没した後、理子からの連絡があったのだと推理した。
(ヤバい……)
「昨夜何してたの? 何で電話に出ないの? メール見た? ラインは? (マジ、ムカつく)」
理子は早朝から容赦なく追及する。
「(アカン……)えー……ごめん……スマホ水没してん」
「はっ? 何で? ふざけてる? 3台あるよね? 3台共連絡入れたんだけど? 3台共水没したの?」
「……3台共水没シマシタ(あー……不味いわ……)」
「はぁあ? フザくんな!!」
「(フザくんな? どこの方言?)……ごめん」
「……何で水没したの? (マジ何で?)」
「……水没させられた……知り合いに」
「……渚に食事提供してる女?」
「……うん(あっコレ、アカン流れや)」
「じゃあ……昨日、私を送った後……その女と一緒にいたんだね?(寝たんだ……ソイツと)」
「……ハイ(あー……次来るわ)」
「食事ってさ、最低4日に一回だよね? 2日連続取る必要無いよね? しかも昨日だよ? 別れたくないって言っときながら即コレですか? 柏木先生? (こん屑男)」
「(はい来ましたー! 痛いとこ突かれましたー!)ごめん! 理子の言う事はもっともや。食生活に関しては全面的に変える……その……控える」
「……私と付き合って直ぐに控えるべきだったね(マジそれな)」
「……うん……返す言葉が無いわ(てか、朝イチから喧嘩かい! 何で? 昨日のラブラブは何処へ?)」
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「……もういい……後で話す……今はこれ以上、話したくない(こん屑が……ペン100本ぶっ刺してやりたい……)」
「分かった……(あ……今、ペン100本ぶっ刺してやりたいとか思ってそう……)」
険悪なまま2人はその場を後にした。
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──昼休み、準備室にて。
「理子……昨日送ってくれた内容なんやったん?」
「……」
理子はいつものソファーに座りながら拗ねている。彼女は柏木の問いかけに答えず、白い目で彼を見た。
「大事な用事やんな
? ……なんやったん? 教えてくれへん?」
理子は睨みながら、お馴染みの台詞を言った。
「知りたい?」
「当然!」
柏木もお馴染みの答えで返す。
「……」
理子の気持ちは収まってはいない。しかし、いつまでも昨日の出来事を黙っておく訳にはいかなかった。
柏木の過去についても、聞かねばならない。理子は仕方無く昨日の話をする。
「……昨日、うちに志摩って名前の怪物が来たよ」
「!!」
柏木の表情が一気に変わる。
「志摩は最初、お父さんの体を乗っ取って……お父さんのフリをしてたの。でも……いつもと様子が違うお父さんを見て……私がお父さんじゃないって見破ったの。そしたら観念して正体を表したんだ」
聞いて柏木は動悸が激しくなる。それでも何とか動揺を押さえて、理子の説明を聞く。
「でね? 志摩が言うには、志摩には自殺願望があって……自殺する為に【血】を探してるんだって……【狩人】の【血】を……」
【血】と言う単語が出た時、柏木は頭に上った血が下に降りて行くのを感じた。
「……理子」
柏木は片手を理子の頬に添えて、彼女と目線を合わせる。
柏木の表情を見た理子は、心臓が凍りつくかと思った。
それは闇の底にいるような──暗い表情だった。
理子はつい先日、この顔を見ている。
──火曜日、内海のマンションからの帰り……
理子の問いかけを無視して、運転する柏木の横顔。
理子と目を合わさぬまま、冷淡に──低く、威圧的な声で言い放つ彼……
【だから……別れろって言ったろ?】
【降りろよ】
柏木はあの時そう言った。何故かその時のイントネーションは標準語だった。
でも理子は、そんな事よりも彼の冷淡さに恐れを感じた。
そして、また……
「……渚?」
理子は不安になり、柏木の名前を口にする。
「続けて理子……それで志摩とはその後どうなったの?」
柏木は暗く低い声で理子尋ねた。イントネーションがまた標準語に変わっていた。
「(あれ? 標準語?)えっと……志摩は私がその狩人だと言ってた……【予知】の力で私を探し出したって……私は違うって否定したけど……疑っていて……それで渚に確認したいって……」
理子がそう言った時、志摩本人の声がする。
「そう……僕は貴方に確認したい」
準備室の隅から、眩い光と共に志摩が現れる。柏木は理子を背に庇い、志摩から距離を取った。
「君が志摩?」
柏木の問いに志摩は答える。
「そうだ、僕が志摩。件の一種だ。渚……君の恋人について是非確認したい事がある」
柏木は志摩を睨み、彼に言う。
「そうか……それは良かった……実は僕も君に確認したい事があるんだ」
(僕……? また標準語?)
理子は状況も気になるが、柏木が標準語なのが引っ掛かった。
「志摩って言ったかな?」
「ああ」
「野鼠達の監視をよくかい潜ったな……」
「野鼠? 何の話だ?」
この返答に柏木は驚く。野鼠達には理子の家の監視を依頼していた筈だ。なのに志摩は野鼠達の事を知らない。
そして、柏木自身も野鼠からの連絡を受けていない。
推察するに、柏木の知らぬ所で何か不測の事態があったようだ。これは早急に確認する必要があった──が、今は目の前に志摩がいる。
柏木は一先ず、志摩の問題を解決しなければならない。
「君……理子の事を誰かに喋った? 他に誰が理子の事を知っている?」
「……誰も……僕だけだ」
「本当に?」
「ああ」
「誓う?」
「誓う、理子の事を知っているのは僕だけだ」
「……そっか。それは良か────
柏木は言葉を言い切る前に、志摩の体を押し倒し、太い首に腕を回す。
そして、そのまま脇に抱える様にして、その首の骨を折った。重く鈍い音が部屋に響く。
理子は柏木を制止する間も、悲鳴をあげる間もなかった。
彼女は呆然として柏木に尋ねる。
「渚……何を……?」
「……」
柏木は答えないで志摩の体を見つめる。それは冷酷で残忍な姿だった。
理子が知らない柏木の別の一面だ。
「志摩……君も不死身なんだろ? 起きろよ」
すると志摩の首が折れた時と同じ位、耳障りな音を立てて回復した。理子は首が治る音に鳥肌が立つ。
「何て酷い挨拶だ……理子、君の恋人は酷い男だ…別れた方がいいと思うよ」
首の直った志摩が理子に助言した。
「……志摩、もう一度聞くけど……他に誰がこの事を知っている?」
柏木は尚も疑う。これは脅しだ。素直に白状しなければ、何度でも首をへし折る──そう言いたいのだ。
「本当に僕しか知らない。僕はずっと死ぬ為に狩人を探していた。管理人達にいくら血を欲しても……彼ら僕の望みは聞き入れてはくれなかった。だから僕は……自分の能力と呪いを駆使して、半世紀かけて理子を探し出したんだ」
「……志摩、何故死にたがる?」
柏木の質問に、理子も反応する。理子も、この解答内容には興味があった。志摩は答える。
「恋だよ」
「「??」」柏木と理子は首をかしげた。
「恋をしたんだ……僕は……死に別れる運命の相手に恋をした」
「それは……相手は人間かい?」
柏木は恋の相手について訊き、志摩は素直に答えた。
「いや、馬だよ?」
((……ですよね!!))柏木と理子の脳内感想が一致した。
理子は口を挟むようにして尋ねた。
「志摩は死んだ恋人の後を追いたいの? (あれ?恋人? 恋馬?)」
「そうだね……そうとも言える。甘く切なく満ち足りた恋をしたんだ……もう十分に生きたと思う。だから……次に旅立ちたい。次は短い生涯でいい……謳歌した一生であれば、どんな宝より尊いと僕は思う」
「……志摩は輪廻転生を信じるのか? なら次も怪物に転生するかも知れないよ?」
柏木は茶々を入れるように言った。
「それでも件よりマシだ。件の予知能力……本来の使い方を知っているか?」
「ああ……災いを予知するんやろ?」
柏木の口調はいつもの大阪弁に戻った。理子は時折変わるイントネーションを奇妙に思う。
志摩はそんな事など気に留める事無く、話を続けた。
「そう……災いの予知……でも、予知は出来ても回避は難しい。回避出来ない災いをただ見ている事しか出来ない……それがどんなに辛い事か分かるかい?」
「……」
柏木はそれに答えない。
代わりに理子が、志摩に素朴な疑問を投げかける。
「予知した内容は全く回避出来ないの? 災害とかなら……回避出来るんじゃない? 台風みたいに……」
「理子は、去年の台風で一体何人の犠牲者が出たか知っているかい?」
志摩が理子に逆に尋ねた。
「いや……知らない」
「去年だけでも500人以上だよ。自然災害の中で最も予測が出来るのが台風等の嵐だ。にも拘らず、500人以上が死んだんだ。勿論、避難に成功した人間もいる……でも、皆が皆、災害を回避出来る訳じゃない。予知なら尚の事困難なんだ。台風と違って……情報が断片的にしか分からないからね」
「……」
志摩の話を聞いて柏木は震災当日に思いを馳せる。
──酷い揺れだった。
立っていられない程に地が揺れた。その前々日も揺れたが、その比ではない。
激しい揺れの中で、柏木は津波を気にしたが、そこまで深刻にとらえてはいなかった。
一昨日の3月9日に発生した津波の規模が小規模だった為、今回もそうだと高を括ったのだ。
それを、一刻もせぬ内に激しく後悔させられた……
【出来ればあの日をやり直したい】……柏木はそう何度も願う。
だが、もし柏木があの日に戻れたとしても、知り合い全員を救えたかは分からない。
怪物の能力は万能ではないのだ。必ず短所や欠点が存在する。
志摩の能力も同じだ。いくら予知出来ても、それが直前だったり、断片的であれば全員を救うのは限り無く不可能に近い。
──歯痒く、──悔しく、──泣きたくなる程に残酷だが、──人間も怪物も、自然の前では無力なのだ。
ここで柏木は志摩に質問した。
「志摩の予知は断片的なんやな? ならどうやって理子を見っけてん?」
「……」
もっともな質問だ。一体どんな呪いと組み合わせて、不完全な予知を完璧なまでに補ったのか疑問だった。
「……これのお陰だ」
そう言うと志摩は床に「ふー」っと息を吐いた。志摩が吐いた息は光の粒になり、やがて1つの形を形成した。
「!?」
それを見て柏木は驚愕する。
それはルービックキューブの様な立方体だった。配色もルービックキューブそっくりだが、切り込みが無く完全な箱の状態だった。
「志摩!! 何でお前がこれを持ってる!! どこで手に入れた!?」
柏木は声を荒らげ、志摩に詰め寄り、志摩の鬣を掴む。
志摩はいきなり感情的になる柏木に戸惑う。
「おっ……落ち着いて渚。これは譲り受けた物だ」
「誰に!?」
「西洋の怪物だ、彼にもらった……今から20年位前の事だ」
「そいつの名前は? 特徴は?」
「名前は知らない……偶然出会ったんだ……特徴と言われても……美形の青年で、翠色の目ぐらいしか覚えていない」
──翠色の目……ハインツだ。柏木は瞬時にそう思った。
(やっぱり……アイツは知っていた……理子が【狩人】だと言う事を…………だが20年前!? 理子が生まれる数年も前じゃないか!? どうなっている?)
「渚っ!!」
ここでやっと、理子が尋ねる。
「……理子?」
「……渚、さっきから思ってたんだけど……」
「何を?」
「何で……何で……私が狩人じゃないって否定しないの? 何で……否定しないまま話を進めるの? これじゃまるで……まるで……」
狩人である事を肯定しているみたい──そう理子は言いたかった。
でも最後まで言えない。言うのを躊躇った。
だが、最後まで言わずとも、柏木は理子が何を言いたいのか理解していた。
柏木は──悲しそうな、寂しそうな、困った様な表情をして、理子を見つめる。
理子も柏木を見つめ返した。柏木が口に出さなくても、理子は分かってしまう。
「そうなんだね?」
そう彼女は尋ねた。柏木は苦しそうに答える。
「……そうや」
認めたくない事実を柏木は認めた。
チャイムが鳴り、休み時間の終わりを告げた。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
貴方の今日の残り時間を楽しんで下さい。
Thank you for reading so far.
Enjoy the rest of your day.




