第3話 【4月19日】理子と合コンとミヒャエル
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──4月19日
「理子、お姉ちゃんの代わりに合コン行かない?」
理子にそう言ったのは、今年、新社会人になったばかりの姉だ。
「は?」
自室で数学の予習をしていた理子は、キョトンとして手を止めた。
「何で私が? まだ高校生だよ? 合コンって飲み会でしょ?」
「うん、そう。本当はお姉ちゃんが行きたかったんだけど……急用が出来てさ~」
「行けないなら、行けないで断ればいいじゃん」
「1人抜けたら誰か余るじゃん。だから代理って事でお願い!高校生って事は伏せてさ~。フリーターって事にしてさっ?」
(……呆れた姉だ。社会人とは思えない)
理子はそう思い、眉をひそめる。
「お願い理子~お礼もちゃんとするしさ~」
「お礼?」
理子はその言葉に思わず反応する。姉はニンマリと笑った。
結局……お礼につられ、理子は合コンへの参加を承諾する。
(……まあいっか。今日は金曜日だし、明日は学校も休みだし)
呆れた妹である。
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理子は、父親と姉の3人暮らし。母親は理子が小学生の時に亡くなっている。
現在、父親は出張中。帰りが遅くなっても咎められる心配は無い。
姉は理子と同じ高校の出身で、合コンの女性陣は全員が姉の同級生。つまり、理子にとって先輩方にあたる。
代理の件は、既に姉から連絡済みだ。いざとなったらフォローしてもらえるとの事だが……先輩方を差し置いて、目立つ行動は出来ない。
寧ろ、引き立て役を所望されているように思えた。邪推するならば、どちらかと言えば華やかさに欠ける姉も、引き立て役で合コンに呼ばれたのかも知れない。
しかしながら、相手が女子高生と言うだけで、興味の対象になる可能性もある。用心の為にも、本当の身分は絶対に明かしてはならない。先輩方も、理子と同じ考えだ。ひとまず、理子の正体を明かす人は、女性陣にはいなかった。
合コンの会場は家からそう遠くない。理子は電車で向かった。
繁華街とオフィス街の中間地点に、飲食店が多く建ち並ぶ一角があり、そこに会場である小料理店があった。内装は古民家風。入り口を入ってすぐの壁に、抽象的で鮮やかな色使いの絵が飾られていた。
理子は先輩達に誘導されて、店の奥へと進む。個室タイプのテーブル席。手前に男性陣3人、奥に女性陣4人で座る。
「あれ? 1人足りなくない?」
先輩が尋ねる。
「あー……大丈夫、大丈夫、もうすぐ着くから。ほっといて先に注文しよっか?」
男性陣の1人が言う。続いて、他の2人も「とりあえず自己紹介する?」と提案した。
それを先輩達も快諾。遅れている1人を待たずして、自己紹介が始まった。先輩達の視線を気にしつつ、理子も自己紹介をする。
「えーっと、理子です。カフェでバイトしてます。23歳です。」
年齢以外、嘘は言っていない。実際にカフェでアルバイトをしているのだから。
理子が拙い自己紹介を終えたところで、突然、個室の引き戸が開いた。全員の視線が開けた人物に注がれ、一斉に息を止める。
引き戸を開けた人物は、頭を鴨居にぶつけぬように、少し屈んで個室に入った。
背の高い白金髪の西洋人。美しい顔立ちに、長いまつげが良く映え。凛と立つその姿勢から、体幹が鍛えられているのが伺えた。
「ごめん。遅れた」
絹糸のような髪をした、端正な顔立ちの青年。理子を含む女性陣は目が釘付けだった。
突然現れたこの美青年は、理子の正面に鎮座した。空いてる席がそこしか無いのだから不可抗力なのだが……理子は横からの無言の圧を感じていた。先輩が笑顔でこちらを睨んでいる。
(後で席替えだな。これは……)
先輩方が白金髪の青年に質問を浴びせる。
「どこ出身?」
「日本語どこまで話せる?」
「名前は?」
すかさず男性陣が「まぁまぁ先に注文しよう」と遮った。促されて全員で注文する。未成年である理子は一瞬迷ったが、出来心でカシスオレンジを一杯注文した。
理子は未成年だが、飲酒経験が全く無いわけではなかった。父や、姉が買ってくる酒を、少し味見する程度の経験はあった。
(後で先輩方に本日の合コンの特等席を譲るのだから、これぐらいの【おいた】は目を瞑ってもらっても罰は当たるまい……)
理子はそう考えた。
注文を終え、落ち着いた所で、改めて白金髪の青年が自己紹介をする。
「ミヒャエル・ワーグナーです。ドイツ出身です。来日して5年になります」
かなり流暢な日本語だ。否、流暢過ぎると言ってよい。
「仕事は何?」
「日本の食べ物で苦手なものは?」
「カルチャーショックだった事は?」
先輩達のミヒャエルに対する質問は止まらない。彼以外の男性陣には面白くない展開だ。今夜の合コンにミヒャエルを呼んだのは、間違いなく失敗だっただろう。
こうなる事はある程度予想がつきそうだが……不思議な事に、ミヒャエルの参加に反対する者は誰1人いなかった。それどころか、呼ばなければならない気がしていた。その【原因】を彼等は一生知る事は無い。
コンコンと個室の戸を叩く音がして「失礼します」と店員が入って来た。注文の品か来たのだ。お酒の名称を1つずつ声に出しながら、店員は手際よく提供した。
「じゃあ乾杯しよ!」
「カンパーイ!」
それぞれがグラスを肩より少し高い位置に上げ、優しく音を鳴らし合う。
理子も乾杯してカシスオレンジを味わおうとした。しかし……ある妨害により、それは叶わない。理子が持つグラスの縁を、指を揃えたしなやかな手が覆っていた。ミヒャエルの手だ。
理子を含む全員が固まる中、彼は柔らかに微笑んだ。
「理子、君はまだ高校生だよね? お酒は駄目だよ」
ミヒャエルにそう指摘され、理子は目を剥く。
「えっ……違いますよ……日本人だから……若く見えるんです……」
理子は思わず嘘をつく。
「〇〇高等学校、2年B組鈴木理子。君はまだ16歳だ。未成年の飲酒は法に触れるよ」
ミヒャエルは諭すように言った。頭を殴られたかの様な衝撃が理子を襲う。
何故この青年は、自分の個人情報を知っているのだろうか?
理子同様、混乱している先輩達に対して、ミヒャエルは続けて言い放つ。
「君達は、彼女が未成年だと言う事を最初から知っていたのかな? 未成年の飲酒を黙認して、罪に問われる覚悟はある?」
ひきつった声が聞こえそうな程、先輩達は青ざめた。全員が声を出せないでいた。
ミヒャエルは財布から万札を数枚取り出し、テーブルに置いた。
そして有無を言わさず理子の手を引き、食店の後にする。
残されたメンバーは、ただただ互いの顔を見合わせ、酷く困惑していた。
理子を連れ出したミヒャエルは、そのまま表通りに行きタクシーを止めた。どこへ連れて行くのかと、理子がそう質問するよりも先に、彼は言う。
「すみません〇〇〇〇〇までお願いします」
ミヒャエルが運転手に指示した場所は、紛れもない理子の住所だった。
「ちょっと待って!? 何で私の家を知っているの!? 初対面でしょ!?」
理子は焦る。ミヒャエルは少し考えてから口を開いた。
「どうしてか知りたい?」
「当然!」
後部座席のただならぬ雰囲気に、運転手が困惑する。それを直ぐ様、察したミヒャエルが発車を促す。
夜の街並みを走るタクシーの中で、ミヒャエルは静かに理子に話し始めた。
「理子、僕達は初対面ではないよ。僕の事を忘れちゃった?」
そう言われて理子はますます混乱する。こんな美青年と面識があるなら、忘れる筈は無い。だが全く覚えが無い。
「人違いじゃないですか?」
「なら、どうして僕は君の個人情報を知っているの?」
「それは……そんな事言われても……全然覚えて無いし……分かりません」
理子は弱々しく答える。それを聞いてミヒャエルは少し間を置き、
「……そっか、分かった。無理を言った様だね。ごめん理子」
そう言って、悲しげに微笑んだ。
「……ズルい。そんな顔されたら、まるで私の方が悪いみたい……」
「……ごめんね」
ミヒャエルは、申し訳なさそうに微笑みながら謝罪する。
暫くしてタクシーは理子の家に到着した。理子がタクシーを降り、ミヒャエルもそれに続く。ミヒャエルは運転手に待つ様に頼み、運転手は快く料金メーターをそのままにして待つ。
家の前に立つ理子に、ミヒャエルが話しかける。
「理子、髪に何かついてるよ」
そう言うと彼は、長い指を理子の耳元に伸ばす。次の瞬間、そのしなやかな指は小さな薔薇の花を掴んだ。マジックだ。何も無い所から、コインを出すマジックの応用だろう。
「えっ!? すごっ」
理子は素直に驚く。テレビ等でありがちな手法ではあるが、それでも実際目の前でされると嬉しいものがある。
「良かった喜んでもらえて。子供騙しだと言われたらどうしようかと……」
ミヒャエルは少しはにかんで笑った。その顔を見た理子も、つられて「フッ」と笑う。
緊張が少し緩んだところで、理子は改めて尋ねる。
「ねぇ、私やっぱりミヒャエルの事を思い出せないよ……私達、どこで会ったか教えてよ」
ミヒャエルは、また少し考える。そして唐突に、人差し指を理子の口元に当てた。理子は戸惑うが、ミヒャエルは構わずに言う。
「理子、今夜の事は絶対誰にも教えてはいけない。約束だよ」
言われて理子は、奇妙な感覚に襲われる。何らかの力に支配されている気がした。理子自身、理解が出来なかったが、不思議と反抗する気が起きない。ついつい素直に「分かった」と言ってしまう。
「今度連絡するから、日を改めて話そう」
そう言うとミヒャエルは、待たせていたタクシーに乗り込み去って行く。ほうけたままの理子は、タクシーのテールランプが小さく見えなくなるまで、そこに立ち尽くしていた。
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