第18話 【5月24日】【6月3日】柏木と山根の告白
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今年の体育祭には、ある変化があった。体育祭を目前にして、突如、吹奏楽が解散したのだ。その為、今年の体育祭に吹奏楽の出演は無かった。
理子の通う高校の吹奏楽部は他校に比べて余りにも脆弱だ。部員はたった7名。しかも今年は新入生の入部が無かった。
全国的に見ても、これ程発展していない吹奏楽は珍しいだろう。代わりに軽音楽部の発展は凄まじく勢いがある。一口に軽音楽部と言っても、単にギターやドラムと言った楽器以外に、和楽器や弦楽器、ボイスパーカッションをやってる生徒までいた。軽音楽部の部員は各々がチームを組んで、其々自由気ままに活動している。
体育祭でいつも応援に華を飾るのは、軽音楽部で吹奏楽の出番は元々少ない。
だから今年、吹奏楽が解散しても大した問題にはならなかった。
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──5月24日
「渚って、吹奏楽部の顧問じゃなかった?何で吹奏楽部は解散したの?」
理子がデート中、解散の件を柏木に尋ねた。訊かれて柏木は一瞬固まる。あまり、その件に触れて欲しくないよう
だ。
「うん……そうやねん。ちょっと残念やったけど、まあ皆続けてくのは難しくなったし……しゃーないかなって……」
「何があったの?」
「部員同士が仲違いして……修復不可能な状態になってん」
「原因は? 何だったの?」
柏木は2秒の間を空けて、微笑みながら一言発した。
「さあね」
理子は柏木が何かを隠していると感じたが、この件に関して自分は部外者なので、それ以上は追及しなかった。個人の事情が絡んでいる話を、根掘り葉掘り訊くような真似は、理子には絶対出来なかった。
誰にでも……言い辛い事はある。踏み込むべきじゃないと理子は考えた。
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雨上がりの少女は虎の檻に入る
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──6月3日
柏木は素顔を晒した状態で、音楽準備室にある長いソファーで昼寝をしていた。彼はここで理子を待っているのだ。
随分といいご身分であるが、受け持ちの授業が無ければ非常勤講師は基本的に暇なのだ。勿論、全ての非常勤講師が同じ条件下にいる訳ではない。柏木の場合は、顧問を勤めていた部活も事実上の廃部状態で、仮に帰宅したとしても、全く問題無かった。
そこへ、誰かが音楽室を経由して、準備室に向かって来る。侵入者は準備室の扉を開け、柏木のすぐ側まで接近した。
そして彼の顔を覗き込むと、ソファーに両手と膝をついて寝ている柏木に口づけをする。
……しかし、見事に唇を奪ったかと思いきや、気づけば柏木のしなやかな手が、寝込みを襲う不届き者の口元を優しく被っていた。柏木は寸前の所でキスを防ぐ。
「……こんな事したらアカンやろ? なあ……山根さん?」
「……すみません」
山根と呼ばれた女生徒は顔を真っ赤にして俯いた。
柏木は山根をソファーに座らせると、コーヒーを淹れ彼女に出した。そしてソファーの前にある、リビングテーブルに腰を降ろす。
「柏木先生……すみませんでした。私……先生の事……」
「……今更、告白?」
「え……駄目ですか?」
「駄目ちゃうよ、山根さんで最後や。多分」
「……それって……つまり……」
「そーゆー事……」
柏木は微笑んだ。その笑みには微々たる悪意が含まれている。
「あの……先生、聞いてもいいですか?」
「何?」
「吹奏楽部の解散……わざとですか?」
「……何が?」
「先生が原因ですよね?」
「何の事やら……」
「だって……」
「だって……? 何なん?」
山根は言葉に詰まる。まるで、檻の中で人喰い虎を相手にしてる気分だった。人喰い虎の柏木と、餌にも等しい山根。
山根は、以前、この造形美の整った獣に、喰われる事を渇望した時期があった。だが今は違う。彼女が欲しているのは真実だ。
しかし、虎が素直に白状してくれるとは限らない。不安に思いつつ山根は尋ねる。
「先生、教えて下さい。わざと皆を仲違いするように、仕向けましたよね?」
「……先生がそれを否定したら……山根さんは信じる?」
「いいえ」
「ほな……先生が原因やと思っとったらええやん?」
「理由が知りたいです。動機は何ですか?」
柏木はさも面倒そうな顔をしてから、山根を見た。山根は真剣だ。
柏木はこのまま黙っていようかと思ったが、何故かここで理子の顔が浮かぶ。それは彼の中の良心が、理子の姿を借りて出て来たのかも知れない。
柏木は溜め息を吐き、観念して白状する。
「そうや、わざとや。理由が知りたい? そんなもん無いよ。ただの暇潰しや。苛ついとったから……八つ当たりしただけや。ただ、それだけ……」
「……すごく手の込んだ八つ当たりですね」
「怒らへんの? 罵る権利ぐはいある思うで?」
「いいんです。先生が吹奏楽部をめちゃくちゃにしてくれたお陰で、私やっと自由になれたんです」
「何それ?」
「私だけの秘密です」
「ふ~ん……えらくスッキリした顔しとるやん」
「はい、スッキリしました」
「そ、……で? 山根さんはそれで満足?」
「はい大満足ですよ。ゲスな顧問のお陰で」
山根は皮肉をたっぷり込め、満面の笑みで言った。
「ぷっ……なんやそれ」
柏木がつられて笑う。
柏木は、理子が預かり知らぬ所で少々の悪事を働いていた。だが山根と言う少女には、それが良い結果をもたらす。
「先生……私、本当はお礼を言いに来たんです」
「お礼を言われるような事は一切してへんけどな……」
「いいんです」
山根は自信満々に言い切った。胸をすくような清々しい風が彼女に吹いている。
山根は颯爽と立ち上がり、リビングテーブル座っていた柏木の頬に手を添えて、今度こそ彼の唇を奪う。
柏木は両の手でマグカップを持っていたが、二度目の襲撃を防げなかった訳じゃなかった。彼はわざと防がなかった。
「……先生、大好きでした」
「……うん……ありがとう」
山根は柏木と付き合いたかったのでない。ただ己の思いを伝えたかったのだ。思いを遂げた彼女は、深々と一礼をして準備室を出る。
山根が出て行った後のリビングテーブルに、彼女が馳走になったマグカップが残されていた。
柏木はそれを眺めながら、手に持っていたコーヒーを飲む。
【作中解説】
小説の中に登場する吹奏楽部と軽音楽部は、ある学校の部をモデルにしています。
そこの学校は吹奏楽部より軽音楽部の活動が大変盛んで、小説の通り数名の部員しかいません。
対して軽音楽部の部員は100人以上います。
高校によっては、吹奏楽部そのものが無い高校も存在しますが、作者が調べた限りでは、その殆んどが専門学校でした。
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