第16話 【4月14日】◆メアリーのファーストキス◆
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メアリーはハイスクールの廊下を歩いていた。右を向けばカップルがいる。左を向いてもカップルがいる。勿論、正面にもカップルがいて、背後にもカップルがいた。プロムを目前にして、学校中がカップルで溢れていた。
──実に鬱陶しい光景だ。
(プロムまでに、全員別れてしまえ!!)
メアリーは、聖母マリアの様な微笑みを浮かべながら、心の中でそう悪態をつく。
(素敵なボーイフレンドが、空から降って来ないかしら……)
そんな馬鹿な事を考える。
エミリーとチェスターが付き合い出して、チェスターがメアリーに付きまとう事はなくなった……にも関わらず、未だにプロムに誘ってくれる男子生徒は現れない。
(誰か一人ぐらい、私に声をかけてくれてもいいじゃない?)
メアリーは腹をたてていた、しかし顔には出さない。
──あの日、チェスターの家から帰宅した後、メアリーはエミリーに言った。
『私、チェスターとはプロムに行かないわ』
そう言って、しかめっ面をする。
『何でよ!? 一緒に行けばいいじゃない。彼だってメアリーを誘う気だし』
『エミリー……貴女、チェスターの事が好きなのね?』
『えっ!?』
『……何その反応は? 好きだから一緒にいたんじゃないの? 少なくとも私にはそう見えたわ』
エミリーは困惑した表情でメアリーを見つめる。確かにチェスターと一緒にいて、心地好いとは思っていた。だがハッキリとした好意を抱いている訳ではない。あえて言うなら、恋する一歩手前にいた。
『エミリーは善意で言ったのだろうけど、私は妹のボーイフレンドとプロムに行く気は無いわよ。すごく惨めじゃない? いくらチェスターが行動を改めても、今、彼と一緒にいるのは貴女でしょ? 彼も、彼よ。何故もっと早く改めてくれなかったのかしら? そしたら……私だって……』
と言いかけて、メアリーは自室に駆け込んだ。エミリーは制止したが『今は話したくない』と突き放す。結局、この一件から姉妹は1週間も口をきいていない。メアリーがエミリーを避け続けているのだ。
カップルだらけの廊下を抜けて、メアリーは校舎の外に出た。廊下を抜ける最中、彼女は笑顔を崩さなかった。
内心は、苛つき、嫉妬でぐちゃぐちゃの状態だったが、決して態度には出さなかった。嫉妬に歪んだ醜い顔を誰にも見せたくはなかった。
メアリーの人生は波乱だった。父親が殺され、母親は病んだ。妹や祖父母がいてくれたが、それでも拭いきれない【寂しさ】が彼女を苦しめていた。メアリーは自分の人生に【不幸】を感じていたのだ。
これは解釈の問題だろう。災いが降りかかったからと言って、誰もが不幸に陥る訳ではないのだ。今ある幸運に感謝し、人生に幸せを見出だす努力をすれば良い。
しかし…………誰もが、そんな風に正しく生きられる訳じゃない。メアリーが、まさにそれだ。
(……自分でも結構美人だと思うし……スタイルも良いのに……皆、見る目が無いんじゃないかしら?)
チェスター以外に、メアリーに近寄る男子生徒はいなかった。いたとしても、全員がガールフレンド付きだ。
腹を立てたメアリーは、人がいないのを見計らい、植木の影で鬱憤を晴らす。
『このクソっ!』
『いでっ!』
『……えっ!?』
いつの間にか、目の前にマイケルが立っていた。
小石を蹴ろうしたメアリーの足は彼の脚を攻撃したのだ。
(あれっ? あれっ? 確かに誰もいなかった筈なのに……)
『やだっ! ごめんなさいマイケル! 気が付かなくて』
『いいよ気にしないで。それよりもここで何してたの?(今、思いっきりクソって聞こえた……)』
マイケルは彼女の醜態を見なかった事にする。
『えーっと……何でもないわ(うわぁぁぁぁ!!!! 蹴りを入れた上に、思いっきりクソって言っちゃったぁぁ!!!!)』
醜態を見られたメアリーは心の中で叫ぶ。
『……マイケル、何故ここにいるの?』
『僕は……えーっと……実は君に会いに来たんだ』
『私に?』
『ああ。でも、お邪魔だったみたいだ。帰るよ』
『待って! 私も貴方と話しがしたいわ。放課後会えない?』
『本当? じゃあ、僕を蹴ったお詫びとしてデートしてくれるかな?』
『ええ、いいわ。勿論よ!』
先程まで暗かったメアリーの表情が、晴天の如く明るくなった。プロムの誘いではなかったが、ようやく声をかけてくれる相手が現れたのだ。気分を良くした彼女は、満面の笑みで校舎に戻った。
マイケルはメアリーと約束を交わしてから、駐車場に向かう。
彼の車の後部座席に、男性が1人座っている。スーツを着た中年のアジア人。
「奴さん、どないや?」
彼は、日本のある地方の言語でマイケルに話しかける。
「上々」
マイケルは日本語で短く答えた。
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殺された11年生カップルを偲んでハイスクールの一画に、献花所が設けられた。白い花をあしらったリースの横に、亡くなった生徒2名の写真が飾られた。多くの生徒が2人の冥福を祈り、花やメッセージカードなどを供えた。
メアリーとエミリーも、亡くなったカップルを偲んで花を供えていた。
警察は全力で捜査を進めるが、容疑者の特定にはまだ至ってない。それどころか、先週、2組目のカップルが殺害された。連続殺人が噂され、街には不安が漂う。
(犯人はまだ捕まってないし……帰りが遅いと、おじいちゃん達が心配するかも知れないわ……)
そう思ったメアリーは、妹のロッカーにメモを貼りつけた。
Dear Emily,
I’ll be home late tonight, but don’t worry.
Please tell grandpa and grandma that.
Love,Mary
エミリーへ
帰りが遅くなるけど、心配しないで。
おじいちゃん達にもそう伝えてね。
メアリーより
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放課後、マイケルに迎えに来てもらったメアリーは、久しぶりの解放感を味わう。ここ最近はプロムの事で頭がいっぱいで、彼女の心は鬱々(うつうつ)としていた。人生、初めてのデートはそんな気分を吹き飛ばしてくれた。
マイケルの車で街を回り、最後に街を見下ろせる高台に車を止めた。ここはカップルがよく来る場所だが、今日は誰もいないようだ。おそらく、例の事件の影響だろう。皆、外出を控えていた。
車内で2人は話し始める。
『人生において不可欠なものは何だと思う?』
マイケルがメアリーに質問する。
『そうね……目標かしら?』
『恋だよ』
『恋?』
『生きていると時として辛い事が訪れる。それは自分の自尊心をズタズタに引き裂き、生きたまま焼かれた様な苦痛を与える』
メアリーはその台詞を聞いて、父親の事を思い出す。マイケルの話しは続く。
『でも誰かに愛され、誰かを愛する事が出来たなら、辛い事も乗り越えられる。人は……誰かを愛さずにはいられない様に出来ている。例え悲劇に終わったとしても、きっとまた誰かに恋をする。国、文化、民族、宗教、種族を越えて。皆、恋をするんだ』
『随分、ロマンチストなのね。えぇそうね……貴方の言う通りだと思う。どんな時も、人は恋をしたがるものだと思うわ』
メアリーは自分の本音を話し始める。
『……エミリーが羨ましいわ。私も誰かと恋がしたかったのに……いつもチェスターに邪魔されてた。彼ったら、ついこの前まで酷い事ばかりしていたのよ? そんな人を好きにはなれないでしょ?』
メアリーはそう言って(あっしまった)と思う。
『ごめんなさい。貴方のイトコなのに……悪く言って……』
『いいんだ。君の言ってる事は正しいよ……続けて?』
『エミリーとチェスターが急に仲良くし始めて、本当に2人共変わってしまったわ。チェスターは善人になって、エミリーは本気で恋をしてる。おまけに周囲はカップルだらけ……私だけが世界から切り離されたみたい』
『だから余計に恋がしたい?』
『……ええ』
『でも焦って、無理に恋をする必要は無いんじゃないかな?』
『どうして?』
『素敵な人が現れるのを待つのも大事だよ。君を大切にしてくれる人を』
『……例えば?』
『……そうだな、例をあげるなら……僕とかね』
メアリーの胸が一瞬苦しくなる。誰かにときめくのは、久しぶりだ。
『なるほど……そうね』
そう言ってメアリーはマイケルを見つめた。マイケルもメアリーを見つめ返す。自然と笑みが溢れた。
『…………じゃあ、そろそろ帰ろうか』
マイケルが車のエンジンをかけた、その時……隙をついて、メアリーが彼の頬にキスをした。
あっ……と思い、彼女の顔を見る。照れている表情や、些細な仕草が愛らしい。
今度はマイケルの方から、そっとメアリーにキスをした。
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